染色体凝縮とは?

私たち生命の遺伝子DNAは、細胞核の中に染色体として納められています。たとえば、ヒトの染色体は46本あり、染色体に含まれるDNAを足し合わせた全長は、2メートルにもなります。非常に細長いDNAが直径わずか数マイクロメートル(1/1000000000メートル)の球状の細胞核の中に納められており、細胞核の中は非常に混み合った状態にあります。このように、混み合った状態にありながら、染色体は正確に複製され、娘細胞に正確に分配されるのは驚きです。この染色体が複製され、娘細胞に分配される過程を細胞周期と言いますが、細胞周期の中で最も顕著な現象として、染色体凝縮があります。

間期(複製期)において染色体は、糸状のクロマチン繊維といわれる状態で細胞核内に広がり、互いに絡まり合った状態にあります。それが分裂期に入ると、クロマチン繊維は凝縮して固有の棒状になることで、絡まりがほどけて互いに分離します。この染色体凝縮という細胞内で起こるダイナミックな現象は、130年以上前に観察されて以来、人々の興味を引きつけてきました。しかしながら、この過程にどのようなダイナミクスが働いているかは長年不明なままでした。最近になり、染色体凝縮に関わるタンパク質複合体「コンデンシン」が発見され、さまざまな実験を通してコンデンシンがどのように染色体凝縮に関わっているかが徐々にわかりつつあります。

凝縮した染色体の形と分離には関係があるか?

凝縮した染色体の写真を見たことはありますか。以下の図は、間期、分裂期、それぞれにおける染色体の写真です。間期において、球状の細胞核内に広がっていた染色体が、分裂期になると細長い棒のような凝縮体を形成します。一般に、一個の細胞核に複数本の染色体がありますが、染色体に含まれるDNAの長さはさまざまです。そのため凝縮した染色体の長さもさまざまになります。それにもかかわらず、凝縮したすべての染色体において太さが一定に保たれているのは、大変驚きです。なぜ、染色体は一定の太さを保つ必要があるのでしょうか。太さを一定に保つことで、何か利点があるのでしょうか。

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間期(左)と分裂期(右)における染色体の様子。間期において細胞核内に広がっていた染色体は、分裂期になると棒状に凝縮する。バーは10マイクロメートル(染色体凝縮(wikipedia)より引用)

さらに、染色体の形に関する面白いこととして、受精後の胚発生初期から成体になるにつれ、凝縮した染色体の形が変化することがあります。細胞分裂が活発な発生初期は分裂速度が速く、染色体は成体の染色体に比べてより細長い形をしています。また、人工的に太くした染色体は、分裂に長い時間が必要だという報告もあります。これらのことから、凝縮した染色体の形と分離には何か関係があるのではないかと思い、本研究をスタートさせました。

染色体分離をシミュレーションする

染色体の形と分離の関係を解析するためには、さまざまな形の染色体を用意し、それが分離する過程を追えばいいのですが、実験的にさまざまな形状の染色体を準備するのは困難です。一方で、染色体は高分子であり、高分子が互いに密に絡み合った状態から互いの絡みがほどけて分離した状態に変化するダイナミクスは、高分子物理学の観点からも長年研究されてきました。そこで私たちは、染色体の凝縮と分離のダイナミクスについて、高分子物理学の観点からの解明に挑みました。

さまざまな形に凝縮した糸状高分子が互いに絡まり合った状態から、それがほどけて互いに分離するまでの様子をシミュレーションしました。染色体分離のダイナミクスの物理的側面を捉えるために、簡単なモデルを作りました。染色体同士の絡まり合いをほどく分子トポイソメラーゼと染色体を凝縮させ形作る分子コンデンシンを考え、この2分子の機能を近似的にモデルに組み込んで計算しました。下図はシミュレーション結果の一例です。

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分子動力学シミュレーションを用いた高分子分離の例。2本の糸状高分子(赤と青)が棒状に凝縮し、互いに絡まり合っている状態を初期状態とした。時間が経つにつれて、分離していく様子がわかる。最終的に2本の高分子は、もつれ合いがほどけて分離が完了する。Dは太さ方向、Lは長さ方向を表す

その結果、棒状高分子の分離時間はその太さDに大きく依存し、下図のように、Dの約3乗に比例することが分かりました。一方で、分離時間は棒状高分子の長さLには全く依存しないことが分かりました。この依存性は、分離のダイナミクスが棒状高分子の長軸に垂直な面で起こるため、長軸に沿った長さの影響は受けないためだと考えられます。また、これらシミュレーションの結果を理論的に説明し、「凝縮した高分子の形と分離時間を関係付ける方程式」を導き出しました。

棒状高分子の太さと分離時間の関係。分子動力学シミュレーション(赤と青)では、棒状高分子の太さDが大きいほど分離時間が長くなることが示された。つまり、分離時間は太さに大きく依存する。理論計算(破線)では、分離時間は太さの3乗に比例して大きくなることが予想された
棒状高分子の太さと分離時間の関係。分子動力学シミュレーション(赤と青)では、棒状高分子の太さDが大きいほど分離時間が長くなることが示された。つまり、分離時間は太さに大きく依存する。理論計算(破線)では、分離時間は太さの3乗に比例して大きくなることが予想された

その結果から、棒状の各染色体の長さがさまざまなのに対して太さが一定であるのは、“分離時間を一定に保つため”だと考えられます。また、細胞分裂が活発な発生初期の染色体が細長い形なのは、“太さを小さくすることで分離時間を短くしている”のだと考えられます。

今後の展望

凝縮した高分子の形と分離の関係を明らかにした本研究は、染色体の凝縮と分離という生命現象には互いに関係があり、それらは物理学の視点から捉えられる可能性があることを示しています。

最近、染色体凝縮に関わるタンパク質複合体コンデンシンの機能については、実験により明らかになりつつあります。また、凝縮した棒状の染色体の形と分離のダイナミクスに関する謎も、コンデンシンを用いた実験によりわかりはじめています。長さ数メートルのDNAがわずか数マイクロメートルの棒状染色体に100億倍凝縮する染色体凝縮は非常に複雑な現象であるため、実験を通した分子機構の解明とともに、シミュレーションなど理論的手法を用いた解析が現象を理解するうえで必要になります。

現在、コンデンシンを発見した平野達也さんの実験グループと共同研究でコンデンシンのダイナミクスを取り入れた染色体凝縮のシミュレーションの研究を行っています。近い将来、染色体凝縮の生物学的分子機構が明らかにされ、染色体分離のダイナミクスを物理的視点でより正確に解明することが可能になるかもしれません。

参考文献

  1. Controlling segregation speed of entangled polymers by the shapes: A simple model for eukaryotic chromosome segregation, Y. Sakai、M. Tachikawa、A. Mochizuki、Physical Review E 94、2016

この記事を書いた人

境祐二
境祐二
理化学研究所理論科学連携推進グループ(iTHES)の特別研究員です。博士課程では理論原子核物理学を専攻し、宇宙初期や中性子星内部といった超高温・超高密度における素粒子クォークの性質について研究していました。理化学研究所に来て心機一転、理論生物学の研究をスタートさせました。原子核から細胞核へ。だいぶ趣の異なる研究に見えますが、同じ”Nucleus(核)”。複雑な現象から重要と思われる要素を切り出し、理論的に考えるという点においては同じですし、シミュレーションという解析手法も同じです。私が所属しているiTHESも学際的研究を推進しており、今後も様々なことに興味を持って研究していきたいと思います。