謎に包まれた”ホムンクルス”の正体

生殖細胞は、次の世代の個体を作り出す不思議な能力を持っている細胞です。生き物を個体のレベルでみると、体を作っている体細胞が主役で、生殖細胞はなくても一生を全うできます。その一方で、生き物を種のレベルで見ると、生殖細胞があるからこそ、さまざまな生き物が時間を超えて命をつなぎ、進化することができたわけで、生殖細胞が生き物の主役であるようにすら思えます。それでは、生殖細胞のどのような仕掛けによって、個体を作り出せているのでしょうか。

中世のヨーロッパでは、錬金術が盛んに行われました。錬金術とは、価値の低い物質に操作を加え、より価値の高い物質を造りだす試みです。残念ながら、その本来の目的を達成することはできませんでしたが、そこで行われたさまざまな試行が、その後の近代科学の発展に寄与したとされています。この時代を生きた医師のパラケルススは、精子に操作を加えて人間を創成したとされ、その結果できあがった人間をホムンクルスと呼びました。その後、200年以上にわたり、一部の生物学者は精子や卵子の中にはホムンクルスが入っていると考えたようです。20世紀になると、ホムンクルスの存在を信じている人はいなくなりましたが、細胞の性質をさまざまな手法で解析し、分子のレベルでかなりのことが説明できるようになった現在でもなお、生殖細胞の性質を担っている”ホムンクルス”の正体は明らかになっていません。

精子のなかのホムンクルス

生殖細胞を遺伝子レベルで見てみると……

生殖細胞が他の体細胞とは異なる特徴を持っていることは、遺伝子のレベルでもわかってきています。DNA鎖はヒストンというタンパク質と結合し、コンパクトに折りたたまれて細胞の核内に収納されています。ただ、この折りたたまれかたは一様ではなく、DNA鎖の部位によって異なっています。一般にこの折りたたみが緩いと、その部分の遺伝子では活発に転写が起こりますが、強く折りたたまれた部分の遺伝子では、あまり転写は起こりません。この折りたたまれかたは、DNAやヒストンタンパク質のメチル化などの化学修飾によって制御されていて、エピジェネティック制御と呼ばれています。

最近の研究から、胎仔期の未分化な生殖細胞である始原生殖細胞では、このエピジェネティックな状態が普通の細胞とはかなり異なっていることがわかってきました。たとえば、DNAのメチル化や特定のヒストンタンパク質のメチル化が非常に低い状態になっていて、そのことが生殖細胞の次世代個体をつくる性質に関係していると予想されます。

現代版ホムンクルスをつくる!

私は、生殖細胞の仕掛けを解き明かすためのひとつのやりかたとして、現代版ホムンクルスをつくるということを考えました。体細胞に、遺伝子の導入や化合物を作用させて、生殖細胞のエピジェネティックな状態や遺伝子発現を再構成し、精子や卵子に分化する細胞を作ることができれば、生殖細胞の性質を中心的に担う構成要素が何かを言うことはできそうです。突拍子もないと思うかも知れませんが、iPS細胞ができる前は、皮膚細胞にたった4つの遺伝子を導入しただけで、それができるとは多くの人は考えなかったに違いありません。

私たちはまず、マウス胎仔の線維芽細胞を、生殖細胞のエピジェネティック状態に近づけるための操作を培養下で試みました。実際に行ったことは、DNAの脱メチル化を誘導するために、RNA干渉という方法でDNAメチル化酵素遺伝子の発現を阻害することと、いくつかのヒストンメチル化酵素に対する阻害剤を作用させることです。その結果、全体の3割程度の遺伝子が選択的に発現変動をおこし、そのうち発現が上昇した遺伝子のなかに、生殖細胞で特異的に発現する遺伝子が含まれていることがわかりました。一方で、神経系や免疫系遺伝子の一部も発現上昇し、また、生殖細胞特異的遺伝子でも発現しないものもありました(Scientific Reports 6:32932, 2016)。

この研究から、生殖細胞の性質を線維芽細胞に再構成するには、今回試みた条件では不十分であるものの、一部の生殖細胞特異的遺伝子の発現が選択的に誘導されたことから、さらに操作を加えることによって、精子や卵子に分化する細胞に変化させることも可能なのではないかと考えています。

マウス胎仔線維芽細胞に処理を加えた結果、生殖細胞で特異的に発現するタンパク質(赤)が検出できるようになった

その向こうには、何があるんだろう?

現代版ホムンクルスができたら、その次には何が見えて来るのでしょうか? 生殖細胞とは何かという学術的な問いかけに対して、ある程度の答えが得られるかもしれません。また、生殖細胞が上手くできないために起こる不妊の原因をつきとめることに役立つかも知れません。さらに、正常な個体ができることがはっきりし、またヒトの皮膚の細胞から精子や卵子を人工的に作るとことに対する社会のコンセンサスができるなど、倫理的な問題点がクリアされれば、不妊症に対する究極の解決策になるかも知れません。

もし、生殖細胞をつくる仕掛けがわかったとしても、受精卵がどうやって個体を作り出すのかというもうひとつの疑問が残ります。ES細胞やiPS細胞は、どんな細胞にも分化できる分化万能性を持っていますが、この細胞のみから個体ができることはありません。植物を見てみると、分化したひとつの組織細胞を特定のホルモンの存在下で培養してできるカルスという未分化細胞の塊は、分化しながら最終的には植物の個体をつくることができます。動物でも、無性生殖をするホヤなどは、成体の一部から出芽してできる20個程度の未分化細胞集団から個体全体ができます。カルスも出芽も、生殖細胞ではなく、未分化細胞の集まりです。こういった生き物では、未分化細胞の集団が、受精卵と同様に分化万能性に加えて個体形成能も持っていると言うことができます。高等動物の受精卵は大きなサイズで、発生の最初では卵割という、細胞の大きさが分裂ごとに小さくなっていく、秩序だった特別な細胞分裂をおこし、さらに受精卵の細胞質にはさまざまなタンパク質などが蓄積されていて、そういったことが個体を作るためには必要であると思われます。しかし、体細胞やES 細胞に”錬金術”を施すことにより、受精卵とは異なったやり方で、個体形成を始めることはないのだろうかなどと、あらぬ妄想が思い浮かんだりもします。

マウスのiPS細胞

 

この記事を書いた人

松居靖久
松居靖久

1988年東京大学薬学系大学院博士課程修了。現在は東北大学加齢医学研究所教授。30年近く前に米国に留学した際に出会った、始原生殖細胞を多能性幹細胞に再プログラム化する研究がきっかけで、それ以来、生殖細胞と多能性幹細胞がどんな関係にあるのかに興味を持って研究を行っています。