2016年2月に発表された「重力波初検出」のニュースは世界中の物理学者を興奮の渦に巻き込みました。さらにその重力波の起源は「連星ブラックホール」であることが分かりました。本記事では、初検出された重力波の起源が宇宙初期に生成された「原始ブラックホール」であるという説を提唱した、最新の研究について紹介いたします。

We did it.

2016年2月11日(米国時間)、とてもエキサイティングなニュースが世界中を駆け巡りました。米国を中心としたLIGO-Virgoチームが、ついに重力波を捉えた、と発表したのです。”We did it.” LIGOチームの責任者であるライツ氏のこの言葉をあのアインシュタインも聞きたかったことでしょう。

実験の詳細は省略いたしますが、宇宙から届く重力波の信号は極めて小さく、検出することは容易ではありません。今回、米国にある2台の巨大な重力波検出器が同時に小さな信号を2015年9月14日(米国時間)に捉え、数多くの研究者により詳細な解析が行なわれた結果、99.99995%の信頼度レベルでその信号が重力波であることが確かめられました。

重力波の起源は? ― 連星ブラックホール ―

そもそも重力波とは、簡単に言うと、「時空のさざ波」です。アインシュタインの一般相対性理論に基づけば、質量を持った物質が運動すると時空が波立ち、それが空間の伸び縮みとして伝わっていきます。舟が通った後、水面を波が伝わっていくようなイメージです。しかし、我々の身近にあるような物質が運動しても非常に微小な波しか生成されません。そこで重力波を実験で捉えるために、非常に重くコンパクトなものを源としてターゲットにする必要があります。それが、中性子星やブラックホールといった宇宙空間に存在する「天体」です。さらに、水面をやさしく叩くより、激しく叩いた方がより振幅の大きい波が立つように、天体の激しい運動の際により大きな重力波が放出されます。そのような激しい天体の運動のひとつとして、「天体同士の合体」が考えられます。

そして今回検出された重力波は、下図のように、ブラックホール同士の合体の際に放出されたものだと分かったのです。さらに、合体する2つのブラックホールが互いの重力によって引き合い、互いの周りを回転運動(スパイラル運動)しながら近づいていったことも重力波の詳しい解析により分かりました。このような回転運動をしながら近づいていってやがて合体するような天体を「連星」と呼びます。宇宙空間には、もちろん太陽のような天体同士の連星もありますし、中性子星同士の連星、中性子星とブラックホールの連星、そして今回発見された連星ブラックホールなどがあります。

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© LIGO Scientific Collaboration

さて、ひとつ言っておきたいのは、もちろん今回の重力波と連星ブラックホールの発見は実験に携わった研究者の方々の努力の賜物であることは言うまでもありませんが、「どのような重力波が連星から放出されるのか」を詳細に計算してきた理論研究者の方々の存在も忘れてはいけません。彼らによって詳細に計算された重力波のパターンに関する理論予測があったからこそ、今回検出された重力波が連星ブラックホール起源であることが分かったのです。

重いブラックホールの存在?

そもそも、今回重力波検出を通じて発見されたブラックホールは、どのように形成されたのでしょうか? もちろん一般的によく知られているブラックホール形成のシナリオは、「星が一生を終えた後に残ったもの」かと思います。星は核融合反応を起こすエネルギー源を使い果たすと、もともとの星の質量によって、白色矮星、さらに中性子星やブラックホールという最終形態をとることになります。だいたい元々の星が太陽質量の約30倍以上だとブラックホールになると考えられています。ただ、星の進化の段階で恒星風と呼ばれる、星が放出する「風」によって質量の大部分を失うことで、ブラックホール自体の典型的な質量は太陽質量の10倍程度になると考えられています。これまで、ブラックホールはX線の観測によってもその存在が示唆されており、この観測で発見されたブラックホールもだいたい太陽質量の10倍程度でした。

ところが、今回発見された連星ブラックホールは、太陽質量のなんと約30倍の質量をもったブラックホールであることが分かりました。前述のとおり、通常の星の一生の最終形態として考えるには、重すぎるのです。このような「重い」ブラックホールを星起源で説明するひとつの可能性として、重元素が標準的なものに比べて少ない星「低金属星」があります。このような低金属星では、質量損失の大きな要因であった恒星風が抑制されることで、もともとの星の質量を保ったまま重いブラックホールになることができます。重元素は、星の内部で作られ超新星爆発などによって宇宙空間にばらまかれるので、宇宙の進化とともに重元素の量は増えていくと考えられます。つまり最近できた星はもともと重元素を含むことになり、一方で宇宙の初期にできた星は重元素をほとんど含んでおらず低金属星であると考えられ、今回の重力波は宇宙初期の星形成に重要な情報を与えると考えている研究者もいます。

原始ブラックホール

では、我々が提唱した「原始ブラックホールシナリオ」の話に移ります。実は前述の「宇宙初期にできた星」は、宇宙初期と言っても誕生から数億年経った宇宙で形成されたと考えられています。しかし「原始ブラックホール」は宇宙誕生後、数秒のうちに形成されたブラックホールです。

現在の宇宙は膨張しているということはどこかで耳にしたことがあるかと思いますが、膨張しているということは、時間を遡れば宇宙は初期に向かってどんどん収縮していきます。よって誕生後数秒の宇宙は高温高密度状態にあり、星や銀河といった現在の宇宙で見られる豊かな構造は存在せず、言ってみればドロドロのスープ状態にあったと考えられます。そのような時期に、密度の濃淡(ムラ)がありその中でも周囲に比べて特に濃い領域は、その領域が重力で縮もうとする力が宇宙の膨張に勝り、一気に重力収縮(重力崩壊)を起こします。こうして形成されたブラックホールが「原始ブラックホール」です。

このように前述の星起源のブラックホールとは大きく形成過程が異なり、ひとつの特徴としてさまざまな質量を持ったブラックホールが形成される可能性があるということが挙げられます。簡単にいうと、密度の特に濃い領域の大きさとその時の宇宙の大きさとの関係でブラックホールができるかどうかが決まるので、形成した時期と質量(=密度×大きさの3乗)に対応関係があり、太陽質量の30倍程度の原始ブラックホールとなると、宇宙誕生後約1万分の1秒の時期に形成されたと考えられます。

標準的な宇宙モデルでは、このような原始ブラックホールが数多く生成される程度の大きな密度の濃淡は生まれませんが、誕生後1秒未満の宇宙を記述する理論モデルはいまだ確立しておらず、原始ブラックホールの存在を予言する理論モデルも少なからずあります。こういった意味でも、宇宙論研究者にとって原始ブラックホールは初期宇宙を解明する鍵として重要な研究対象となっています。さらに、後でも述べるように、このような原始ブラックホールは重力的相互作用のみをする「物質」として現在まで残存している可能性もあり、いまだ分かっていない、いわゆる「暗黒物質」の候補としても考えられています。

連星原始ブラックホールと検出された重力波

今回の研究では、具体的な初期宇宙モデルについては言及せず、太陽質量の30倍の原始ブラックホールが初期の宇宙で形成され、それらが空間的にランダムに点在していたという仮定を出発点としています。ブラックホール同士の平均的な距離はその存在量で決まりますが、ランダムに点在していたとすると確率的に平均距離よりも十分近くで隣接するブラックホールのペアが存在します。そのようなペアは、宇宙膨張によって引き離される効果よりも互いの重力によって引き合う力が勝り、重力で束縛された状態になります。このときこのブラックホールのペア以外に重力を及ぼすものがないとすると、双方が引き合う重力のみが働くので、やがて正面衝突し、いわゆる連星の形成には至りません。しかし、ランダムに原始ブラックホールが点在していたという仮定に基づけば、このペアから少し離れたところに第3の原始ブラックホールが存在し、そこからの重力によりいわゆる潮汐力を受けることになります。その潮汐力により、ペアとなったブラックホールは正面衝突ではなく離心率が1に近い楕円運動を持つ連星となる、というのが我々の連星形成シナリオです。

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さて、このコラムの始めの方で、質量を持った物体の運動により重力波が発生する、と言いましたが楕円運動をする連星からも重力波は放出されます。また離心率が1に近いとその放出はより効果的で、重力波放出によりこの連星系はエネルギーを次第に失っていきます。すると宇宙の進化とともに楕円軌道は次第に縮まっていき、最終的に合体へと至ることになるのです。

我々は、こうして形成された原始ブラックホール連星が現在の宇宙でどの程度の頻度で合体するかを一般相対性理論に基づき理論的に計算しました。一方でLIGO-Virgoチームは、太陽の30倍程度の質量を持つブラックホール連星が合体する頻度を今回の重力波検出をもとに実験的に見積もっています。両者を比較したものが下図です。

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この図において縦軸は合体頻度を表し、横軸は宇宙における原始ブラックホールの存在量を表します。暗黒物質の存在量に対する相対的な割合として表しています。実線が我々の理論予測で、色のついた帯がLIGO-Virgoチームによって見積もられた合体頻度の範囲です。この図から太陽質量の30倍程度の原始ブラックホールが暗黒物質のうち千分の1程度を占めているとするとLIGO-Virgoチームによる結果と無矛盾であることがわかります。つまり、今回検出された重力波が原始ブラックホール連星起源である可能性が十分考えられるわけです。

今後の展開

今後の展開としてまず考えるべきなのは、本当に原始ブラックホール起源なのかどうかを観測的に確かめることです。そのような観測的検証として以下のような手法が考えられます。

ひとつは、別の将来の宇宙論的観測による検証です。原始ブラックホールが存在すると、それはつまり、宇宙の初期段階からブラックホールが存在したということです。先に述べたX線によるブラックホール観測では、ブラックホールに物質が落ち込むことによって起こる膨大なエネルギー放出をX線で観測しています。宇宙初期からこのようなエネルギー放出が原始ブラックホールの周辺で起きていたとすると、標準的な宇宙モデルとは異なる状態となると考えられ、それは将来の宇宙論的観測で十分検証可能であると考えられています。宇宙マイクロ波背景輻射の黒体分布からのズレなどが考えられます。

もうひとつは、今後の重力波観測による検証です。今後数多くの連星ブラックホールが重力波を通じて発見されると期待され、統計的な議論が可能となります。具体的に言うと、たとえばどのくらいの質量を持ったブラックホールがどのくらいの頻度で合体するのかを実験的に見積もることができれば、連星ブラックホール形成シナリオが検証可能となります。さらに実験技術が進歩していけば、過去に合体した連星ブラックホールからの重力波も捉えることができると期待されており、宇宙におけるブラックホールの合体史が明らかになればこれも当然ブラックホールの起源の解明につながることでしょう。

このように、重力波検出を通じて原始ブラックホールの存在を明らかにし初期宇宙を探る、というのは非常に興味深く、まだまだ理論的にも発展していくと期待される研究分野であると考えています。

最後に、本記事を書くにあたって元となった研究の共同研究者である佐々木節氏、田中貴浩氏、須山輝明氏に感謝申し上げます。また、原稿に目を通し助言していただいた小川潤氏にも感謝申し上げます。

参考文献

B. P. Abbott et al., [LIGO Scientific and Virgo Collaborations],  “Observation of Gravitational Waves from a Binary Black Hole Merger,” Physical Review Letters  116, no. 6, 061102 (2016)

M. Sasaki, T. Suyama, T. Tanaka and S. Yokoyama,  “Primordial Black Hole Scenario for the Gravitational-Wave Event GW150914,” Physical Review Letters  117, no. 6, 061101 (2016)

この記事を書いた人

横山修一郎
横山修一郎
立教大学理学部助教。京都大学大学院理学研究科後期博士課程修了後、名古屋大学、東京大学宇宙線研究所研究員を経て、2014年より現職。インフレーションをはじめとする初期宇宙に関する理論研究を行なっている。