葉のギザギザはどうしてできるの?

植物の「葉」と聞いて思い浮かべる物は、人それぞれだと思います。多くの人は、サクラ、カエデ、シソなど観賞用や食用の葉を思い浮かべるかもしれません。そしてその縁をよく見てみると、ギザギザになってはいないでしょうか。もちろん中には、ギザギザでない形の植物もあります。しかし、この鋸歯(きょし)と呼ばれる葉の縁のギザギザは、実に広範な植物種に見られます。タンポポの葉にも、コナラなどの木の葉にも、鋸歯があります。ヒイラギやアザミの鋸歯は固いトゲとなっていて、触ると痛い様子から魔除けの装飾に用いられたり、悲しみや痛みの象徴として神話に登場したりと、古来より人の関心を引いてきました。

この鋸歯が「どうして」存在するのかという疑問は、些細な疑問かも知れませんが、私には気になって仕方がない疑問のひとつです。この疑問には、二つの観点から答える必要があります。ひとつは鋸歯が存在することのメリット、もうひとつは鋸歯の形を生み出すしくみです。この両方とも、研究の前例はありますが、実は現在まで科学的に解明されてない点が多いのです。今回私の研究から、後者の鋸歯を生み出すしくみの一端がわかってきました。

EPFL2という物質がギザギザを作る

私と研究室の仲間たちは、EPFL(正式名称:EPIDERMAL PATTERNING FACTOR-LIKE)という物質の働きを知るための研究を続けてきました。EPFLとは、植物が持つペプチドの一グループで、最近見つかった物質ですが、非常に多くの植物にさまざまなEPFLが内在しています。シロイヌナズナという実験によく使われる植物では、互いに少しずつ異なる11種類のEPFLが内在することがわかっていました。しかし、存在はわかっていても、どんな働きをしているのかは一部のものを除いてあまりわかっていませんでした。

今回、シロイヌナズナのEPFLのうちのひとつであるEPFL2という物質の機能を知るため、EPFL2を作れない株(変異株)を作製して、普通の株(野生株)との違いが何か見られないか、詳しく観察しました。その結果、野生株の葉には鋸歯があるのに、変異株の葉は鋸歯の無い滑らかな形をしていることに気づきました。つまり、EPFL2はギザギザした形を生み出す働きがあるとわかりました。

シロイヌナズナ野生株の葉(上)とEPFL2を作れない変異株の葉(下)。それぞれ右側に緑の拡大像を示してある。スケールバーは1mm
シロイヌナズナ野生株の葉(上)とEPFL2を作れない変異株の葉(下)それぞれ右側に縁の拡大像を示してある。スケールバーは1mm

EPFL2を受け取る分子(受容体)の発見

生物になんらかの影響を及ぼす物質は、ホルモンでも何でも、一般に「受容体」と呼ばれる分子によって受け取られて作用します。特定の物質には特定の受容体があり、必ずセットで働くので、その関係は言わば鍵と鍵孔です。EPFL2の受容体はわかっていませんでしたが、今回の研究でERf(正式名称:ERECTA family)という分子がEPFL2を受け取る受容体であることがわかりました。

このERfという受容体は、実は以前から知られていて、茎の背丈の成長や、ガス交換をする気孔の数を決める物質の受容体としても働くことがわかっていました。こうしたさまざまな効果のある異なる物質たちを、同じ受容体が受け取って、どうやって異なる現象を調節しているのか、現時点では不明です。もし今後、その仕組みを解明できれば大きな発見となるでしょう。

植物ホルモン・オーキシンとEPFL2の関係

生まれたばかりの1ミリメートルに満たない小さな葉は、楕円形に近い単純な形をしているので、縁の一部が大きく出っ張るように成長しなければ、縁のギザギザは作られません。このとき、出っ張りの先端にだけオーキシンという植物ホルモンが蓄積して、先端部以外(裾野部分)ではオーキシンが蓄積しないという濃淡が生じます。このオーキシンの濃淡がなければ出っ張らないことが知られていたのですが、濃淡がどういう仕組みで生まれているのかは、完全には解明されていませんでした。

今回、EPFL2とオーキシンの関係性を調べたところ、EPFL2はオーキシンの蓄積を抑える働きがあることがわかりました。EPFL2は鋸歯の先端部では作られず、鋸歯の裾野部分でのみ作られるため、そこでのオーキシンの蓄積を抑えていたのです。つまりEPFL2を作れない変異株では、オーキシンが裾野まで広く蓄積するために、鋸歯が出っ張れないことになります。

オーキシンと鋸歯の成長の関係

オーキシンとEPFL2の相互の抑制

ここまでの話を聞いて、では、EPFL2はどうして鋸歯の先端部では作られず、裾野部分でだけ作られるのか、と問いたくなるのが人情かもしれません。実際にこの疑問を追究したところ、面白いことにオーキシンがEPFL2の作られる場所を決めていることがわかりました。オーキシンが蓄積すると、そこではEPFL2が作られないという仕組みになっていたのです。このため、オーキシンが蓄積している場所とEPFL2を作っている場所は、丁度写真のポジとネガのように反対の関係になります。

オーキシンの蓄積場所(左)とEPFL2が作られる場所(右)をそれぞれ青く染色(GUS染色)したもの。どちらも長さ約0.5 mmの小さな葉

このように考えると、オーキシンの蓄積する場所を決める仕組みと、EPFL2を作る場所を決める仕組みは、「卵が先かニワトリが先か」という問題のようになっていて、どちらが先に決まるとも言い切れない関係にあります。しかし、このように二つの物質が互いの働きを抑え合うような関係性は、「フィードバック制御」と呼ばれるしくみの一種で、生き物の形作りや体内時計などさまざまな場面で働くしくみであることがわかっています。

葉のギザギザを作る仕組みを解明することの意味

今回発見したEPFL2が鋸歯のギザギザした形を作り出すしくみは、実験植物のシロイヌナズナを用いてわかったことです。また、EPFL2の受容体も今回ERfであると明らかになりました。この鋸歯を作り出すしくみがほかの植物でも同様に働いているかどうかは、今後さらに調べる必要があります。少なくとも、EPFL2と同様の物質や、受容体ERfと同様の物質は、シロイヌナズナだけでなく、トマト、マメ、イネなど食用の植物や、ポプラなどの樹木、シダ植物にも存在することがわかっています。ひょっとすると、シロイヌナズナよりももっとギザギザした複雑な葉の形や、触ると痛いトゲトゲの葉もEPFL2によって作られているのではないかと、私は期待しています。

EPFL2のさらに興味深い点は、ほかの植物ホルモンのように、人工的に合成して投与できると期待される点です。たとえば、盆栽や他の観葉植物など、見て楽しむ植物や、レタスや水菜などの葉野菜にEPFL2を投与して形を変えることができるかもしれないと思うと、夢が膨らみます。

今回のEPFL2の研究の話を見聞きした人が、ふと道端の葉を目にしたとき、「きっとEPFL2とオーキシンが働いてこんな形が出来たのかな」と想像してみたり、「将来、もっと違う形の葉っぱを人工的に作れたらキレイだな」と想像したりできれば、その人の暮らしを少しだけ豊かにできたのではないかと私は思います。この記事を機に、多くの人に私の研究を知ってもらえれば嬉しいです。

参考文献

A Secreted Peptide and Its Receptors Shape the Auxin Response Pattern and Leaf Margin Morphogenesis. Tameshige T, Okamoto S, Lee JS, Aida M, Tasaka M, Torii KU, Uchida N. Curr Biol. 2016 Aug 31. pii: S0960-9822(16)30765-5. doi: 10.1016/j.cub.2016.07.014.

この記事を書いた人

爲重才覚
爲重才覚
京都大学大学院・理学研究科卒。博士(理学)。現在、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所・研究員。葉の発生とそれに関わるペプチドやホルモンについての研究を進めています。世の中には実にさまざまな形の葉がありますが、いずれも茎の先端で生まれたばかりの時期には、丸いシンプルな形をしています。これがどうやって、美しく時に奇妙な形へと成長してゆくのか、その過程と仕組みを解明したいと考えています。