はじめに

国民の約4割が罹患しているといわれ、大きな社会問題となっている花粉症に対して、画期的な対策として無花粉(雄性不稔)スギが注目されています。2022年に無花粉スギの研究に対するクラウドファンディングを実施し、全国の92名(団体)の皆さまから総額964,900円のご支援をいただきました。

この資金により、これまでに試験地に植栽した無花粉スギの形質調査を進めることができ、新たな品種開発に成功しました。また、各種の育苗資材をそろえることができ、次の試験用苗木の育成を行っています。普及活動としましては、林業用種苗の生産者に試験的に苗を作ってもらうことや、浜松市天竜区の林地に無花粉スギの苗を植栽すること、パンフレットの作成などに資金を活用しました。これらの品種開発、育成活動、広報活動を通して、無花粉スギが脚光を浴びることになり、ありがたく思います。無花粉スギの生産と植栽が増大することを期待して、これまでの取り組みについて紹介します。

研究成果と将来に向けた取り組み

静岡県農林技術研究所森林・林業研究センターでは、他機関の協力を得て、 2019年度までに花粉症対策品種の無花粉スギとして、「静神不稔1号」「三月晴不稔1号」「三月晴不稔2号」を開発してきました。2022年度には、これまでに蓄積した成長や材質に関わるデータに新たな調査結果を加えて、神奈川県自然環境保全センター、富山県農林水産総合技術センター森林研究所、東京都農林総合研究センター、森林総合研究所林木育種センターとの共同で「三月晴不稔3号」(みつきばれふねんさんごう)を開発することができました(図1)。これらの品種は無花粉であることに加えて、成長や材質面でこれまでに植栽してきたスギと同等以上の形質を有することが確認できています(表1)。そのため、造林用の苗として生産することが可能で、環境と産業の両面に貢献できる優良な品種です。
新品種の三月晴不稔3号のほか、同1号、同2号の3品種は、挿し木により増殖したクローン苗を共同開発機関で共有しており、今後の種苗生産の母樹や研究材料として活用していくことになっています。このうち、森林総合研究所林木育種センターでは「原種園」で苗を育成しており、今後の種苗の普及のために、林業種苗法におけるスギの種苗配布区域第三区(14都県)に穂木を配布できることになっています。

樹木の場合、このような品種開発は一朝一夕にできるわけではなく、形質評価のために長期間に渡り試験林を整備しておく必要があります。また、山林に植栽する樹木は気象害や病虫害のリスクを軽減するために遺伝的な多様性も確保する必要があります。そのため、数十年先の調査研究を見据えて、作出した各種の無花粉スギを静岡県内に植栽し(図2)、これらの整備と若齢期の形質評価も地道に続けています。これにより、新たな品種開発や無花粉スギが壮齢期に入った際の形質評価が可能になります。

左:図1 花粉症対策品種「三月晴不稔3号」 愛称 MU-FUN(むふん) 右:図2 無花粉スギ試験地(浜松市天竜区)
表1 三月晴不稔3号の形質データ

普及活動

無花粉スギの研究開発や苗木生産、山への植栽を加速化させるためには、その存在を広く一般の皆さまにも知ってもらうことが重要です。そのため、新たに開発した「三月晴不稔3号」について、愛称を公募しました。Twitter、新聞各誌、懸賞や公募のウェブサイトをとおして2022年12月~2023年2月に募集したところ370件もの応募があり、静岡県の選定委員会による協議の結果、愛称を「MU-FUN」(むふん)に決定しました。

普及パンフレットとしましては、「花粉症対策に朗報! 無花粉スギ優良品種」を発行し、普及用PDFファイル「あたらしい林業技術 花粉症対策無花粉スギ優良品種の開発」も近日中にWeb公開されることになっています。また、森林遺伝育種学会に記事として「クラウドファンディングによる無花粉スギ研究」を投稿し、2023年7月号に掲載される予定です。さらに、サイエンスカフェの開催、動画配信など無花粉スギに関する積極的な広報活動も行いました。

一方、実際の種苗生産の先駆けとして、種苗生産組合に委託して無花粉スギの挿し木コンテナ苗を育苗してもらいました。さらに、三月晴不稔3号を含むこれまでに開発した無花粉スギ品種のコンテナ苗を2022年11月に天竜森林管理署とともに瀬尻国有林に植栽しました。

2023年の春は例年よりも花粉飛散量が多かったこともあり、このような積極的な広報活動や育成作業は、地上波テレビ、ケーブルテレビ、インターネットニュースなどから取材を受け、無花粉スギを広く国民や県民に紹介することができて嬉しく思っています。

おわりに

無花粉スギの品種開発と普及活動を進めてきた中で、クラウドファンディングや愛称募集をとおして多くの御支援や励ましの声をいただき、無花粉スギに関する国民や県民の期待が想像以上に大きいことを実感しました。国や都道府県による林業振興と花粉症対策の方針にも、無花粉スギ活用が盛り込まれるようになり、今後の普及が加速していくと予想されます。より優れた無花粉スギの開発とそれを活用した造林事業を大きな目標として、林業の発展と花粉症の緩和の両面に貢献していきたいと思います。

謝辞

津村義彦様、斎藤真己様、中村健一様、奈良雅代様、高橋誠様、海野真司様、柚木孝文様、山田真弓様、西村和也様、中村泰敏様、齋藤央嗣様、大坪計右様、松野公一様、金原征子様、引佐町森林組合様、榛村航一様、濱田美亜様、静岡県山林種苗協同組合連合会様、石原久司様、新井昌宏様、阿天坊智様、Yukino Tsutsui様、カローナ2号様、石野宏明様、森町森林組合様、加藤公彦様、松下佐恵子様、上野真義様、川口典孝様、A.I様、和子様、廣瀬裕一様、フェムトラボ梅谷様、太田誠様、村山保裕様、S.K.様、磯田圭哉様、掛川市森林組合様、安藤隆幸様、尾崎友昭様、人見琢也様、春野森林組合様、オールスタッフ株式会社様、ウィリアムズゆり様、鈴木定巳様、北野恭行様、平岡裕一郎様、さんちゃん様、吉田彩子様、杉山嘉英様を始めとする92名の皆様からクラウドファンディングにより多大なるご支援をいただき、心からお礼を申し上げます。

この記事を書いた人

袴田哲司
袴田哲司
1963年静岡県磐田市生まれ。東北大学大学院修士課程修了後、1989年4月静岡県入庁。試験研究機関の在籍が長く、マツ材線虫病抵抗性クロマツ、少花粉スギ・ヒノキ、無花粉スギ、コンテナ苗などの研究に従事。2017年2月名古屋大学で博士号(農学)取得。現在は静岡県農林技術研究所森林・林業研究センター森林資源利用科長。専門分野は林木育種、育苗、造林。森林遺伝育種学会編集委員。