ダークマターとは?

ダークマターや暗黒物質という言葉をどこかで聞いたことがあると思います。ダークマターの日本語訳がそのまま暗黒物質ですが、日本ではカタカナでダークマターというのも一般的です。その名前の通りに考えてしまうと黒い物体のようにイメージしてしまうかもしれませんが、ダークマターは目では見えない透明な物質です。さらにダークマターは物質をすり抜けてしまうので、私たちの体を通り抜けても何も感じられません。目の前にあるかもしれないのに、見えないし捕まえられないもの、それがダークマターです。

しかしダークマターは重さを持っていて、万有引力の力を通して我々の銀河の構造などに影響を与えています。銀河というのは沢山の星が集まったもので、たとえば我々の銀河のような円盤状の渦巻銀河は、その円盤の構造を天の川として見ることができます。しかし実はこの円盤状の構造というのは不安定で、それだけではすぐに潰れてしまうことがわかっています。銀河を構成している星々は互いの万有引力を通して銀河の構造を保とうとしているのですが、いくつかの星の動きを少しずらすだけで他の星の動きにも影響が現れ、簡単に全体の形が歪んでしまうのです。

そこで、銀河全体が何か見えない物質の中に存在していると考えると、この円盤状の渦巻銀河も安定に存在することができます。この場合は見えない物質の万有引力によって星の動きが決まっており、全体の形を歪めるような不安定性が現れないのです。この、銀河を含むように存在している見えない物質というのが、ダークマターです。我々の銀河のような構造は、ダークマターのおかげで保たれているということです。これはダークマターの存在を示すひとつの例ですが、その他のさまざまな観測結果からもその存在が確かめられています。

ダークマターと宇宙の関わり

しかし、ダークマターがどのような粒子なのか、どのようにして作られたのか、粒子だとしたらどのような重さを持つのか、他の物質とどのように相互作用するのか、などの詳細な性質はまったくわかっていません。たとえば我々がよく知っている電子というのは、重さもわかっていますし、それが動くと光をどれくらい放射するかということもわかっています。一方でダークマターは未知の素粒子であろうと考えられていますが、そういった重要な性質がまったくわかっていません。

もしダークマターの詳細な性質がわかると、宇宙の歴史のなかでダークマターがどのようにして生成されたのか、ということを考えることができます。それがわかると、宇宙がどのようにして始まったのか、ということを解明することに繋がります。

このように、銀河や宇宙について考えているとダークマターという未知の素粒子を考えることになり、そしてその詳細がわかるようになると宇宙の成り立ちに迫ることができます。宇宙という広大なシステムが、素粒子という小さなものの理論と密接に関係していることが、初期宇宙論という研究分野のおもしろいところです。

ダークマターの直接観測実験「XENON1T」が捉えた信号とは?

ダークマターの性質を調べるためにはそれを直接検出する必要があり、そのための実験が世界中で行われています。そのひとつが、XENON1Tと呼ばれる実験です。

XENON1Tは、イタリアのグラン・サッソ国立研究所の地下に設置されているダークマターの検出器です。XENON1TのXENONはキセノンと呼ばれる原子の英語読みで、1Tはダークマターの検出に使われているキセノンの量を表しています。XENON1Tの実験装置には3トンものキセノンが使われており、そのうちの3分の1ほどの部分がダークマターの検出に使われているので、キセノンが1トンという意味のXENON1Tという名前が付けられています。

2020年の6月に、XENON1Tの実験グループが実験装置の中で電子が何かに弾き飛ばされたという信号を捉えたということを発表しました。これはダークマターによる信号なのではないか、ということが世界中で議論されています。そうだとすると、ダークマターはある程度の確率で電子を弱く弾き飛ばしていることになります。これはつまり、ダークマターは非常に軽く、電子と弱く相互作用するような粒子であることを示唆しています。

このような性質を持つような素粒子として、「アクシオン」と呼ばれる新粒子が考えられています。これは物理学の究極理論と考えられている超弦理論でその存在が予言されている未発見の粒子の一種で、非常に軽く、電子と衝突すると非常に小さい確率で電子に吸収されるという性質を持つ粒子です。これはまさにXENON1Tの実験結果が示唆しているものと合致します。

XENON1Tで捉えた電子のエネルギーごとの電子反跳イベント数のデータ(黒い点、縦の線は不定性)。アクシオンがダークマターとして存在していた場合のシグナルが点線で予言されており、それと背景事象を含めたものである実線がよくデータを説明している。アクシオンは電子に吸収されるため、観測された電子のエネルギーがそのままアクシオンの質量として読み取ることができる。(参考文献1より引用)

ただし、電子と相互作用するようなアクシオンは、一般に量子アノマリーと呼ばれる現象を通してX線に崩壊します。この量子アノマリーというのは、量子力学でしか現れない特殊な現象で、アクシオンの性質が量子力学という小さい世界の不思議な現象に従っていることを反映しています。

そしてこのアクシオンがダークマターとして宇宙に存在しているとすると、アクシオンがたくさん溜まっている銀河の方向から、その崩壊によって放射されたX線が見えるはずです。しかしそのようなX線は、これまでに観測されていません。そこで我々は、この量子アノマリーがちょうど0となるような性質を持つアクシオンであれば、XENON1T実験の結果を説明しつつX線の観測と矛盾しない、ということを示しました。

アクシオンがX線に崩壊するプロセスを与える量子アノマリーのダイアグラム。一般には量子アノマリーを通してアクシオン(a)と2つの光子(γ)が結合しており、アクシオンはX線に崩壊することができる。しかし、量子アノマリーを持たない特別なアクシオンを考えることで、X線の観測結果と矛盾せずにXENON1T実験の結果を説明することができる。(© 殷文)

アクシオンによって「白色矮星の冷却異常」が説明できる

さらにおもしろいことに、このアクシオンはまったく別の天体観測で知られていた不思議な現象も同時に説明できることがわかりました。その不思議な現象というのは、白色矮星の冷却異常です。

白色矮星というのは、太陽のような恒星が寿命を迎えて行き着く先の星の形態です。この白色矮星は我々の銀河系にもたくさん存在しており、それらを観察することによってどのように進化をしていくのか、どのように冷えていくのか、ということがわかります。しかし、白色矮星の理論上の冷える速さに比べて、実際に観測されている白色矮星の冷える速さが少し早い、ということがわかっています。これを白色矮星の冷却異常と呼びます。この冷却異常を説明することができる可能性のひとつとして、アクシオンの影響が考えられています。

もしアクシオンが存在していたとすると、白色矮星の内部における高温高圧の環境でアクシオンが生成されて外に放射されます。この過程を通してアクシオンが白色矮星からエネルギーを持ち出すと、白色矮星がより早く冷えることになります。この効果で白色矮星の冷却異常を説明することができるのです。

我々は、さきほどのXENON1Tの結果を説明するアクシオンが宇宙全体のダークマターの約10%を構成している場合には、この白色矮星の冷却異常も同時に説明することができる性質を持つということを発見しました。これは非常におもしろいことで、2つのまったく異なる実験と観測の結果を、アクシオンというひとつの新粒子で説明することができる、ということになります。ひとつの証拠だけではなく、2つの証拠によって、このアクシオンという新粒子の存在が示唆されているということになります。

数年以内にアクシオンが発見される?

しかし、残念ながらこれら2つの実験と観測事実だけでは証拠が不十分で、まだアクシオンが発見されたとはいえません。XENON1Tの実験結果はダークマターを捉えたといえるほど確定的なものではなく、ランダムなノイズの統計的な揺らぎである可能性も捨て切れていませんし、考慮されていない通常の粒子の効果によるものである可能性もあります。今後の実験のアップデートによってこれらの可能性を排除することができれば、ダークマターを本当に捉えたということができるようになります。

数年以内にXENON1TをアップグレードしたXENONnT実験が結果を出す予定ですが、その結果によっては今回捉えられた信号は大発見の兆候であったのだ、ということになるかもしれません。そのときには、ここでお話したようにアクシオンという新粒子がダークマターの最有力候補のひとつになる、ということを思い出してください。

参考文献

1. E. Aprile et al. (XENON Collaboration), “Excess electronic recoil events in XENON1T”, Phys.Rev.D 102, 072004 (2020) DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevD.102.072004

2. Fuminobu Takahashi, Masaki Yamada, and Wen Yin, “XENON1T Excess from Anomaly-Free Axionlike Dark Matter and Its Implications for Stellar Cooling Anomaly”, Phys. Rev. Lett. 125, 161801 (2020) DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.125.161801

この記事を書いた人

山田 將樹
山田 將樹
東北大学 学際科学フロンティア研究所 助教
平成23年 東京大学理学部物理学科卒業
平成28年 同大学院理学系研究科博士課程修了
その後、東北大学 日本学術振興会特別研究員、Tufts University ポスドク研究員、マサチューセッツ工科大学 海外特別研究員を経て、令和2年より現職。素粒子理論を駆使して宇宙の成り立ちの謎に迫る研究を行なっています。