二流体がつくる模様「Viscous fingering」とは?

みなさんは、原油が地中からどのように回収されるかご存知ですか? 地下の原油がとれる場所では、たくさんの岩や砂が多孔質媒質(スポンジのような小さな穴がたくさん開いているもの)をつくり、その空いた小さな穴に原油が閉じ込められています。原油は井戸を掘っただけではすべて採りきることができず、7割以上地下に残っているといわれています。

そこで、もうひとつの井戸をあけて、そこから水を注入して、水で原油を押し出して回収します(これは水攻法と呼ばれています)。しかし、この方法でも、ドロドロとした粘りのある原油の中を、さらさらしている水は通り抜けてしまうため、うまく回収しきれないという現状があります。水攻法の回収効率は一般に5割程度といわれています。

原油を回収する井戸(生産井)ひとつと、水を注入する井戸(圧入井)4つをあけ、原油を水で押し出している。しかし、粘りけが原因ですべてを回収しきることは難しい。それは、水のようなさらさらした液体はドロドロした原油の中でも、比較的通りやすい道(原油の中でも比較的粘りけの小さなところ)のみを進み、そのまま出口(生産井)まで通り抜けてしまうためである。この図はそれを模式的に示す断面図である。そうなると、すべての原油を回収することは難しくなる。これが水攻法で回収効率が5割程度になる理由である。

この地下にある多孔質媒質内の液体の流れを観察することはできるでしょうか? それは、2枚のガラス板でつくった狭い隙間で再現することが可能です。専門的にいうと、多孔質媒質内での流れと2枚の板で作った空間での流れを表す支配方程式が同じなので、両者は同じものと考えることができます。つまり、これで多孔質媒質での液体の流れを可視化することができ、粘りけが原因で原油の回収率が低下する様子を観察することができます。

その様子を下図に示しました。青く染色された液体が原油、透明な白い液体が水だと思ってください。実際は、青い部分はポリエチレングリコールという高分子の水溶液です。このように、水は青い部分をきれいに丸く広がるのではなく、指状の模様を呈するため、一様に原油を押し出すことができず、粘りけの大きな原油などを回収しきることができません。また、このように粘りけが原因で作られる指状の模様を「Viscous fingering(粘性指状体、VF)」と呼びます。この現象は石油回収以外にも、クロマトグラフィーなどでも生じています。

(左)多孔質媒質での流れを可視化できる装置。(右)左の装置を用いて、水が青色に染色したポリエチレングリコール水溶液を押し出している様子。円の直径は116 mm、ガラス板間の隙間は0.3 mm。右下の時間は、注入開始からこの写真を撮影した経過時間を示している。

部分混和系の界面に現れたトポロジカル変化

多孔質媒質内での流れの可視化は、どのような研究に役立てられるでしょうか? それを考えるには、溶液の性質を知る必要があります。

溶液はこれまで、特に流体力学分野では、水とはちみつのように溶け合う「完全混和系」と、石油と水のように混ざり合わない「非混和系」に分けられてきました。しかし近年、地下のような高温高圧条件での原油と水はお互いが少しずつ混ざり合う「部分混和系」であることがわかってきました。また、地中にCO2を圧入して貯留する場合にも、CO2と地下水が部分混和系であることがわかっています。

完全混和系では初期に用意した2相が次第に混ざり合い、最終的には1相になる。一方、非混和系では、初期の2相がその組成のままで、時間が経過しても変化することはない。しかし部分混和系では、初期の2相が次第に混ざり合うが、時間とともに新たな組成の2相にわかれて、その後その2相の組成・体積のまま変化しない。つまり、部分混和系の最終的なものは非混和系と同じ扱いになる。

そこで私たちは、この部分混和系を常温・常圧の条件で実現し、多孔質媒質内での流れを可視化することで、石油回収効率やCO2貯留などを高精度に予測することを目的に実験しました。

すると下図のように、部分混合和系に現れるViscous fingering(VF)の模様は、指状ではなく、液滴になって動き回るという結果を得ました。この現象は注入直後から見られ、指状のパターンから液滴のパターンのように、VFがトポロジカルに変化することがわかりました。これは、今までに観察されたことのなかった変化でした。

(左)完全混和系:青く染色したポリエチレングリコール(PEG)水溶液を水で押し出している様子(中)非混和系:PEGと硫酸ナトリウム、水を用意し、1日静置すると上相と下相に相分離する。青く染色したその上相を下相で押し出している様子。(右)部分混和系:青く染色したPEG水溶液を硫酸ナトリウム水溶液で押し出している様子。

トポロジカル変化のメカニズムとは?

私たちは、部分混和系の指状の模様「Viscous fingering」がトポロジカル変化を示すメカニズムを調べました。

まずこのトポロジカル変化は、「スピノーダル分解型の相分離」が生じる濃度領域で発生することが、系の自由エネルギーの硫酸ナトリウム濃度依存性を理論的に求めることでわかりました。スピノーダル分解型の相分離とは、化学熱力学的不安定性によって混合物が自発的に相分離することをいい、2成分混合系では自由エネルギーの濃度に対する2階微分が負となるとき、スピノーダル分解型の相分離と定義されています。

さらに、このスピノーダル分解型相分離の発生を裏付けるために、2溶液の接触後の界面張力の経時変化を測定すると、非混和系では経時的に一定であるのに対し、部分混和系では増加することを明らかにしました。この界面張力の経時的増加は、濃度勾配の経時的増加を意味し(界面張力は着目成分の濃度勾配の2乗に比例する)、スピノーダル分解型相分離が起きていることを示しています。

これまでの先行研究から、スピノーダル分解型相分離の際に体積力が発生し、それにより自発的な対流が生じることが報告されており、「Korteweg効果」と呼ばれています。私たちはこの液滴の自発的駆動挙動に関して、Korteweg効果を伴う液滴の流体力学の数値計算を行い、実験結果と良い一致を得ました。

これらの実験・理論・数値計算による検討から、Viscous fingeringのトポロジカル変化の起源は、部分混和系であることに起因して生じる「スピノーダル分解型の相分離」と、その相分離の際に自発的に生じる対流「Korteweg効果」であることを提示しました。

これまで、石油回収現場では、非混和系のように指状にはなるものの、ある程度石油を押し出せているものと考えられていました。今回の発見で、石油回収などを高精度に予測できるような研究、さらには流体力学と化学熱力学の学際領域の新たな分野の創出につながるものと考えています。

研究の夜明け

この研究は、アクティブマターに詳しい大阪大学 伴 貴彦講師の研究で扱っているシャーレの中の液滴が動き出す現象がおもしろいと思い、それを多孔質媒質での流れで再現したらどうなるかという興味のもとスタートしました。しかし、実験流体力学を得意とする東京農工大学のチームだけでは、現象の解明につながるメカニズムの証明はおろか、提唱することすらもできないほどに研究は難しく、苦難を強いられていました。

そもそも部分混和系の流れに関する研究は、シミュレーションを手法としたものは、2016年に初めて発表されてから、これまでに3報しか報告されていません。また、実験については、常温常圧という条件で、部分混和系を再現することが流体力学者には難しかったため、これまでに報告がありませんでした。

今回私たちは、偶然にも、常温常圧で部分混和系を再現できる系を発見し、それを用いてViscous fingering現象に応用したことが新規な点であり、難しい点でもありました。そこで、化学熱力学に詳しい大阪大学 伴 貴彦氏と、数値流体力学に詳しいインド工科大学Manoranjan Mishra氏の協力を得て、考察が進み、論文が完成しました。そして最終的には、流体力学と化学熱力学の両分野にまたがる新たな学際領域研究の創出につながりました。

本研究により、1950年代から始まったViscous fingering(VF)の研究において、VFの特性は非混和系と混和系に2つに大別されるという60年余りの共通認識が覆され、第3のカテゴリーとなる「部分混和系VF」の存在およびその重要性が決定的なものとなりました。今後、他の部分混和性を有する流体系での実験的検討、Korteweg効果を伴うVFの理論的検討および数値シミュレーションによる検討等を行い、この相分離を伴う「部分混和系VFダイナミクス」の完全理解を目指します。

また、多孔質媒質内での部分混和性を有する界面流動が、地層からの石油回収プロセスや地層へのCO2圧入プロセスで発生していることがわかっており、本成果は、それらのプロセスにおける現象予測の高精度化や、部分混和性を利用した当該プロセスの新たな制御法の創出へ寄与することが期待されます。

参考文献
・Ryuta X. Suzuki, Yuichiro Nagatsu, Manoranjan Mishra, Takahiko Ban “Fingering pattern induced by spinodal decomposition in hydrodynamically stable displacement in a partially miscible system”Phys. Rev. Fluids, 4, 104005 (2019) DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevFluids.4.104005
・Ryuta X. Suzuki, Yuichiro Nagatsu, Manoranjan Mishra, and Takahiko Ban “Phase separation effects on a partially miscible viscous fingering dynamics” Journal of Fluid Mechanics, 898 (2020) DOI: https://doi.org/10.1017/jfm.2020.406

この記事を書いた人

鈴木 龍汰, 長津 雄一郎, 伴 貴彦
鈴木 龍汰, 長津 雄一郎, 伴 貴彦
鈴木 龍汰(写真左)
東京農工大学大学院 工学府 応用化学専攻 システム化学工学専修 博士後期課程3年。現在、日本学術振興会 特別研究員DC2。

長津 雄一郎(写真中)
東京農工大学大学院 生物システム応用科学府 准教授、博士(工学)。
慶応義塾大学理工学研究科 博士後期課程 単位取得満期退学、名古屋工業大学大学院 工学研究科 助教、東京農工大学大学院 工学研究院 准教授を経て、現職。この間、日本学術振興会 海外特別研究員としてベルギーのブリュッセル自由大学に勤務、JSTさきがけ研究者なども兼務した。

伴 貴彦(写真右)
大阪大学大学院 基礎工学研究科 物質創成専攻 講師、博士(工学)。
名古屋大学 工学研究科 分子化学工学 修了、近畿大学分子工学研究所ヘンケル先端技術リサーチセンター 博士研究員、同志社大学 工学部 物質化学工学科 助教、同 理工学部 化学システム創成工学科 助教を経て、現職。