ホヤは私たちに近い動物?

ホヤは、私たちに比較的なじみの深い生きもので、聞いたことがある方も多いでしょう。ホヤは、いわゆる「ホヤ貝」等とよばれている食べものです。「貝」とよばれるように、ホヤの成体は外部に「被のう」という殻を形成し、また二枚貝のように岩などにくっついて動きません。指摘されなければ、見ただけではホヤが動物であることすらわからないかもしれません。

実はホヤは、貝とはかなり異なる動物で、最新の研究では、私たちヒトを含む脊椎動物にもっとも近縁の無脊椎動物であるとされています。大人(成体)のホヤをみてもそれを信じることは難しいでしょうが、ホヤの幼生を見ると両者の近縁性がよくわかります。

ホヤの幼生は「オタマジャクシ」の形をしていて、まるでカエルのオタマジャクシや魚の1種にみえ、成体とうって変わって活発に泳ぎ回るのです。それだけでなくホヤのオタマジャクシ型幼生には、脊索や背側中枢神経系など、脊椎動物との共通の特徴が備わっています。これらのことから、ホヤは脊椎動物と同じ「脊索動物門」に分類されている、我々に極めて近い動物なのです。

ホヤの幼生と成体。ホヤの1種で研究によく利用されるカタユウレイボヤの写真。幼生は約1mm。体の前方の付着突起で固着し、変態を始める。成体はひとつのシャーレ(直径約9cm)に9匹ほどが固着している。ホヤは、ナショナルバイオリソース事業により養殖されたもの。

ホヤのドラマチックな変態

ホヤの成体と幼生は非常に形が異なります。この形の変化をもたらすのが、ホヤの「変態」です。生物学での変態とは、一生のうちに、体の形などが大きく変化する現象のことで、昆虫やカエルの変態は皆さんもよくご存じだと思います。

ホヤも変態します。ホヤはオタマジャクシ型幼生として孵化して遊泳するあいだ、餌を食べません。消化管や口などが未発達なためです。泳ぎながら、ホヤは成体になる場所を探します。幼生の前方には、「付着突起」という、神経性の構造があって、これで岩などにくっつきます。するとその固着が刺激になって、変態が始まります。

ホヤの変態では、まず尾部が前方に吸収され、最終的にはなくなります。これを「尾部吸収」といいます。続いて残った体の部分(体幹部)が成長し、大人として生きていくために必要な構造、たとえば鰓(えら)、胃、消化管、心臓、血液などを作っていきます。これらの一連の変化を経て、ホヤは成体に近い「幼若体」という形になり、固着生活を始めます。固着生活を始めたホヤ幼若体は海水を濾過して餌を取り、成長して最終的に成体になります。

ホヤの変態の様子。変態ではまず尾部の細胞が前方へと移動して吸収される。続いて体の残りの部分(体幹部)が成長し、胃や鰓などの成体の器官が作られる。また入水口が開き、摂食を開始し成長する。

変態前と後で、ホヤは形がずいぶんと変わるだけでなく、自由な行動すら失って定住生活を送るようになるなど、生活スタイルまで変わってしまいます。ホヤの変態はそれほど激しい変化をもたらすのです。しかもホヤの変態は、孵化後わずか数日で完了します。期間が短いことは研究するのに非常に適した特徴です。

GABAがホヤの変態を開始させる

ホヤに限らず、動物の変態ではわずかな期間で体の作りが大きく変えられます。成体として必要な組織・器官が急速に発達する一方で、幼生期にのみ必要なものは破壊されて消失します。このような真逆の性質を持ったイベントが同時に、ひとつの体の中で生じるのが変態です。変態がどのような仕組みで開始されるのかが分かれば、その開始の刺激を受け取った各組織が異なる反応を示す仕組みなど、さまざまなことがわかります。

また、変態はホヤ、両生類、昆虫の他にもほとんどの動物群でみられる普遍的な現象ですが、変態を開始する仕組み、特に分子については動物群で異なります。変態の仕組みは昆虫や両生類のカエルで主に調べられていますが、脊椎動物に近いホヤがどのような分子を変態に使っているのかを明らかにし、これらの動物のものと比較することで、変態は果たして動物間で共通の何かがあるのか、それともそれぞれ独立に獲得されたのかなど、変態の進化の仕組みに迫ることができます。そのようなことを最終目標に見据え、私たちはホヤの変態の仕組みを解明する研究に取り組んでいます。

ホヤは付着突起による固着が刺激となって変態が開始されます。付着突起には神経細胞があるので、神経細胞が固着刺激を受け取って体の後方へと「固着した」ことを伝え、変態が開始されると予想されます。そこで、幼生を固着しないような条件で飼育し、その状態で幼生に神経細胞が情報伝達に使う物質(神経伝達物質)を与え、変態を引き起こすことができるかどうかを調べました。

神経細胞はそれぞれ特別な神経伝達物質を放出するので、その物質を人為的に与えることで、固着して神経細胞が興奮し、変態開始のための神経伝達物質を放出した状態を擬似的に再現する、という作戦です。その結果、GABAという神経伝達物質を与えたときに、ホヤ幼生は変態して幼若体になることがわかりました。GABAは我々ヒトにも存在する、ごく一般的な神経伝達物質で、ホヤもGABAを放出する神経細胞をもっています。

GABAが本当に変態開始に利用されているのか、さらなる確証を得るために、ホヤ幼生の神経細胞におけるGABAの作用を抑制する実験を行いました。GABAを体内で合成するタンパク質や、GABAを神経細胞から放出するのに必要なタンパク質はわかっています。遺伝子操作技術によってそれらのタンパク質が作ることができないホヤ幼生を作製しました。すると、これらの幼生は固着をしても、GABAがない、または神経細胞から放出されないので、変態を開始せずにいつまでも幼生のままでした。これらの一連の実験から、ホヤはGABAによって変態を開始することがわかりました。

GABAの下流で働くホルモンとは?

では、GABAさえあればホヤの体は変態を開始するのでしょうか? 動物の変態のときに引き起こされるイベントはいろいろあります。ホヤでは尾部は吸収されて消失しますが、体の前方部分は成長して大人の体を作っていきます。このような違いはどのように生み出されるのでしょうか? それらの謎を解くためには、私たちはGABAがどのように他の細胞や組織に作用し、変態の各イベントを開始するのかを調べることにしました。

細胞がGABAを受け取るには、GABA受容体が必要です。GABA受容体遺伝子は、中枢神経系にあるいくつかの神経細胞で発現しています。すなわちGABAはこれらの神経細胞に受け取られて、反応を引き起こすことを示しています。さらに、それらのGABA受容体を持つ神経細胞には、ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)という、ペプチドホルモンを分泌する神経細胞が含まれていました。つまり、このホルモンがGABAの下で働いている可能性が出てきたのです。

ではGnRHが働かなくなったらホヤの変態はどうなるのでしょうか? GnRHが機能しないホヤを作製して変態させてみた結果、変態イベントのうち、特に尾部吸収が生じないことがわかりました。このことは、GnRHの受容体が尾部で特に発現していることとも一致します。

GABAとGnRHがホヤの変態開始に必要である。GABAが合成できないホヤは、対照実験の個体が幼若体になった時期でもまだ幼生のままで変態していない。GnRHが機能しないホヤは、固着後尾部が吸収しないが、体の成長が生じる。

ここで、ひとつ不思議なことがわかりました。GnRHが働かないと尾部吸収が起きないということは、GnRHは尾部吸収を促進するということです。これらのことから、GABAを受け取った神経細胞は活性化し、GnRHを分泌すると考えられます。しかしながら、GABAは通常、神経細胞の活性を「抑制する」作用があることが知られています。ホヤの変態では、GABAの機能が通常とは異なることが考えられます。このような「興奮性」のGABAの作用はいくつかの例で報告されていますが、ホヤの例は過去の報告と合わない特徴もあり、どのようにGABAがGnRHの分泌を促進するのかは大きな謎となっています。

本研究からわかったホヤの変態の仕組み

以上のことをまとめると、ホヤの変態では、まずホヤの固着により付着突起の神経細胞が興奮し、GABA神経を刺激します。その刺激によって放出されたGABAは下流の神経細胞を刺激し、一連の変態イベントを引き起こします。そのひとつが、GnRH神経からのGnRHの放出を促進し、尾部吸収を開始させる、というものです。今回はメカニズムにまではたどり着くことができませんでしたが、成体構造の成長は、尾部吸収とは別の機構で進行すると考えられます。

GABAを受け取ることができる神経細胞はGnRH神経以外にも存在しますので、GABAは他の神経を刺激し、成体構造を成長させる可能性が考えられます。いずれにせよ、GABAという神経伝達物質が中心となって、その下流にある分子を使い分け、「幼生構造の破壊(尾部吸収)」と「成体構造の成長・発達」という、まったく性質の異なる変態イベントが同時にスタートすると考えられます。

ホヤの変態では、GABAの下流の経路が分かれて、尾部吸収と成体構造の形成がそれぞれ進行し、変態が完了する。

変態の仕組みの解明を目指して

GABAが変態に使われている例は、ホヤ以外の動物でも報告されています。特にホヤと同じく、成体が定住生活を送る貝の仲間で報告があります。もしかしたら、動から静へ、というような変態を引き起こす共通の因子として、GABAが利用されているのかもしれません。逆にホヤに近く、同じように尾部吸収する両生類では、GABAやGnRHは変態に関与しているのでしょうか? これらの動物における変態の仕組みをさらに詳細に比較することで、動物の変態の共通性が見えてくるかもしれません。

そもそもなぜ動物は変態するのでしょうか? ヒトのようにいきなり成体に近い形で生まれてくる方が楽なように思いますが、そこにはそれぞれの動物の生存戦略が隠されているのです。動物変態の仕組みを解明することを通じ、2段階の発生システムを獲得するに至った進化の謎が明らかになれば、と期待しています。

参考文献
Akiko Hozumi, Shohei Matsunobu, Kaoru Mita, Nicholas Treen, Takaho Sugihara, Takeo Horie, Tetsushi Sakuma, Takashi Yamamoto, Akira Shiraishi, Mayuko Hamada, Noriyuki Satoh, Keisuke Sakurai, Honoo Satake, Yasunori Sasakura “GABA-Induced GnRH Release Triggers Chordate Metamorphosis” Current Biology 30, 8, 1555-1561 (2020) DOI:https://doi.org/10.1016/j.cub.2020.02.003

この記事を書いた人

笹倉 靖徳
笹倉 靖徳
筑波大学生命環境系 教授・下田臨海実験センター センター長
京都大学大学院理学研究科生物科学専攻 博士後期課程修了。博士(理学)。
日本学術振興会特別研究員を経て、2005年4月から筑波大学の講師として赴任、現在に至る。
現在の専門は発生生物学、遺伝学。ホヤの1種カタユウレイボヤにゲノム操作の技術を導入し、遺伝子機能を明らかにすることを通じて、発生や進化のメカニズムに迫る研究をしています。趣味は昆虫採集で、最近は昆虫の研究にも興味を持っています。研究内容に興味のある方は、以下のURLにアクセスされるか、メールなどでご連絡下さい。

http://www.shimoda.tsukuba.ac.jp/~sasakura/
sasakura@shimoda.tsukuba.ac.jp