迫りくる大地震の監視に小さな地震が役に立つ?

日本を含み、世界の地震国で起きる直下型の大規模地震は、その地域の社会生活に大きな影響を与えます。たとえば、2016年に起きた熊本地震で、人的な被害や建物の被害は甚大だったことを覚えている方も多いと思います。熊本県を中心として相次いで発生した地震は、最大のマグニチュード(M)が7.3でした。一連の地震活動において、震度7が2回観測されたことからもわかるように、震源地付近で激しい揺れに何度も見舞われたことが甚大な被害の要因のひとつでした。その他にも、最近の日本では2018年の大阪北部の地震(M 6.1)や同年の北海道胆振東部地震(M 6.7)、2019年の山形県沖地震(M 6.7)が起きており、防災の大切さを改めて痛感させられます。

もし大地震の危険度の高まりが事前にわかるならば、警報につながるような確度の高いものではないにしても、避難場所・経路を再確認したり、家具の固定の具合を再確認したりして、日ごろの防災に対する心構えを持つきっかけになるはずです。これまで大地震の危険度は過去の大地震の繰り返し間隔を基に評価するのが一般的でしたが、今回紹介するのは、小さな地震が大地震の注意喚起に役立つ可能性が出てきたという研究です。

小さな地震から地震の起きやすさを解析するには?

この研究で着目したのは、 小さな地震と大きな地震の発生数の割合を示すb値という指標です。このb値は地震学で古くから知られていましたが、研究が進むにつれて、地殻内に大きな力がかかっていると大きな地震の発生数が相対的に増え、b値が低くなる傾向が知られるようになりました。

b値は地下の構造や力のかかり具合を反映している可能性があるとされ、たとえば大地震が切迫しているときには、地殻内やプレート境界に大きな力がかかってガチガチに押さえ付けられると、小さな地震が起きにくく、b値の低下がみられると考えられています。もしこの考えが正しいならば、力の状態をモニターするb値は地震の起きやすさの指標となるということです。

実はこの考えが正しそうだということは以前から指摘されていたのですが、従来から問題がありました。それは、信頼性が高いb値を求めるために必要な、小さい地震まで漏れなく収録されているデータセットを準備することが難しいことです。そのデータセットの作成には、日々良質な地震のデータを記録する高感度の地震観測網が安定的に運用されたていることが前提となるわけです。

近年、どの地震多発域でも、観測網が充実して多くの微小地震を捉えられるようになってきましたが、b値の研究に見合うだけのデータセットが利用できる地域は世界でみても限られています。日本はそのひとつの代表地域で、もうひとつはカリフォルニアです。日本の内陸であればM 1程度の地震はほぼ漏れなく観測できますし、カリフォルニアでも同程度に観測できます。つまり、揺れを感じないような小さな地震が常時観測されているのです。

今回の研究の出発点は、昨年カルフォルニアで起きた大地震において、b値の解析に耐えうるだけのデータセットが利用可能であると気づけたことにあります。

(a) リッジクレスト地震の鳥瞰図。現地時間の2019年7月4日にM 6.4の地震が起きた(右側の星印)。その後の約30時間の地震活動は非常に活発で、くの字のように分布した(青点)。その活動の北西端で、M 7.1の地震の破壊(左側の星印)が開始した。M 7.1の地震の後の12時間に起きた地震をプロットしたものが、赤点である。これはM 7.1の地震でずれた断層をおよそ示しており、その長さは約50kmに達する。M 7.1の地震の断層にそった断面図を (b) ~ (d) に示す。(b) 非常に力がかかった所で(b値が低い所で)、M 6.4の地震が起きた。(c) その後、力のかかる場所が変わり、そこでM 7.1の地震が起こった。(d) 2つの地震が起こったことで、四角で囲った別の所に現在力が強くかかっている(b値が低くなっている)。

カルフォルニアの地震を解析

昨年の独立記念日の7月4日にカリフォルニアで直下型の大地震が起きました。最初にM 6.4の地震が起き、その約30時間後にM 7.1の地震が続発して、今もなお活発な地震活動が続いています。

M 7.1の地震では約50kmの長さの断層がずれました。地下では震源付近で約5mのずれがあり、地表でも約2.5mのずれが観測されています。約20年ぶりにカリフォルニアで起きたM 7クラスの地震で、震源はロサンゼルス中心部から北北東へ約250キロの砂漠地帯でした。最も近い都市がリッジクレスト市であったことから、リッジクレスト地震と呼ばれています。同市では、建物からの落下物があたり、複数人が負傷したほか、ガス管の損傷も起きたとのことです。

M 7.1の地震が起きたときに生じた地表のずれ。断層を横切る道が約2.5mずれた。米国地質調査所Ryan Gold氏による撮影(Credit: Ryan Gold/USGS)。

本研究では、1980年以降に起きた膨大な数の大小の地震活動を統計処理し、M 6.4の地震の震源付近でb値が低かったことがわかりました。その後、力のかかる場所が変わり、新たなb値の低い場所でM 7.1の地震が起こりました。M 6.4の地震とM 7.1の地震の両方の震源付近で地震発生前に力が高まり、耐えきれなくなって、そこから地震が起き始めたというメカニズムが示唆されます。

また、2つの地震が起こったことで別の所に力が強くかかっていることがわかり、今後も推移を監視していく必要があることを論文では指摘しました。この力をため込んでいる所というのは、地元住民にとっては気になる場所です。その理由は、隣接する長さ約300kmのガーロック断層のそばだからです。この大断層は、地質学的調査で、大地震を起こしてきた形跡があるとわかっています。

もしb値の低下が今後も継続し、そこで地震活動が活発化すれば、ガーロック断層へ影響を与え、その断層で地震を誘発する可能性もあり得ると予想されます。リッジクレスト地震以降、ガーロック断層への影響が危惧されていましたが、本研究では科学的根拠に基づいてその可能性が指摘できた点で意義があると考えています。

一般的に地震を確度高く予知することは現状では困難と考えられており、この研究も地震予知ではありません。しかし、カリフォルニアの地元住民に、研究で明らかになった、いつもと違う異常を捉えつつあることを知ってもらい、防災対応の再確認を事前にしてもらうなどを促せるように情報発信したいという動機がこの研究を論文で発表した背景にあります。

小さな地震を使った研究の可能性

b値でよりきめ細かい解析をする研究スタイルは比較的新しく、これまでに南海トラフ巨大地震の想定震源域や熊本地震の地震後の断層帯でも同様の研究を行っていて、今回b値の有効性がさらに確認された格好になります。

また手法を改良することで、火山群や富士山の地下の監視などへの応用も期待できる可能性があり、現在プロジェクトが進行中です。地震や火山の正確な予知は難しくても、切迫度が小さな地震のデータから詳細にわかる手法を確立していき、事前の備えを充実させるなど被害の軽減につなげることができる研究をやっていきたいと思っています。

参考文献

  • Nanjo, K.Z. Were changes in stress state responsible for the 2019 Ridgecrest, California, earthquakes?. Nature Communications 11, 3082 (2020). https://doi.org/10.1038/s41467-020-16867-5
  • Nanjo, K.Z., Izutsu, J., Orihara, Y., Kamogawa, M., Nagao T. Changes in seismicity pattern due to the 2016 Kumamoto earthquakes identify a highly stressed area on the Hinagu fault zone. Geophysical Research Letters 46(16), 9489-9496 (2019). https://doi.org/10.1029/2019GL083463
  • Nanjo, K.Z., Yoshida, A. A b map implying the first eastern rupture of the Nankai Trough earthquakes. Nature Communications 9, 1117 (2018). https://doi.org/10.1038/s41467-018-03514-3

この記事を書いた人

楠城 一嘉
楠城 一嘉
静岡県立大学グローバル地域センター地震予知部門総括・特任准教授。
1973年岩手生まれ。1998年東北大学大学院理学研究科博士課程前期修了。2001年同大学院理学研究科博士課程後期修了。博士(理学)(2001年東北大学)。スイス連邦工科大学スイス地震局、東京大学地震研究所などを経て、2016年より現職。静岡大学防災総合センターと統計数理研究所リスク解析戦略研究センターで客員准教授を務める。東日本大震災・阪神淡路大震災を踏まえて、将来避けられない南海トラフ地震や富士山噴火の防災に資する教育・研究活動と啓発活動を実施している。