不均一系の「ムラ」をどう定量的に評価するか?

不均一な系において、さまざまな要因で発生する「ムラ」を定量的に評価することは、基礎科学のみならず工業的にも重要です。近年では、不均一系の局所粘度を定量する技術として、機能性の蛍光プローブ(微視的な環境に依存して蛍光特性を変化させる分子)を対象物質に分散させ、蛍光を解析するアプローチが研究されています。

しかし、このアプローチでは対象物質に蛍光分子が理想的に均一に分散するとは限らないため、局所的な分子の濃度が多少変わっても局所粘度を確実に定量できるパラメータとして「蛍光スペクトルの形(蛍光強度比)」と「蛍光寿命」がしばしば注目されています。

これらの特性を利用する環境応答蛍光プローブは、レシオメトリック型および蛍光寿命型に分類されます。レシオメトリック型の蛍光粘度プローブでは、微視的な粘度の変化に伴って2つの異なる波長における蛍光帯の蛍光強度の比が変化し、蛍光スペクトルの形と局所粘度の値が対応します。

一方、蛍光寿命型の蛍光粘度プローブでは、蛍光スペクトルの形は変化しないものの、蛍光寿命(パルス光をあてて分子を励起した後、観測される蛍光が弱くなっていくのにかかる時間)が粘度に依存して大きく変化します。代表的な蛍光粘度プローブとしては、DCVJやBODIPYと呼ばれる分子が用いられています。これらの分子構造には回転可能な結合が存在し(後述)、微視的な粘度の違いに応じて、光励起状態における回転運動が影響を受けることにより蛍光特性が変化します。

局所粘度を感じとる「羽ばたく蛍光分子」

私たちは、FLAPと総称する「羽ばたく蛍光分子」を独自に開発し、FLAPが「回転」ではなく「羽ばたき」運動によって局所粘度を感じとれることを示してきました。アントラセンイミドを骨格にもつFLAP1は最初に報告したレシオメトリック型の蛍光粘度プローブです。この分子は、中央に位置する8員環が柔軟にコンフォメーションを変化させるため、羽ばたき運動を示します。

基底状態ではV字型構造が最安定である一方、励起状態ではV字型構造から平面型構造への自発的な構造変化が起こり、平面型から基底状態へと失活する際に緑色の発光を示します。粘度が高い環境では、構造平面化が抑制され、V字型構造のまま青色の発光を伴って基底状態へ失活します。これら緑と青の2つの異なる波長における蛍光強度の比から、2.2-100 cPの範囲で粘度の定量が可能であることを明らかにしました。なお、cP(センチポアズ)は粘度の単位であり、mPa·sと同じです。

このように分子の羽ばたきを利用して粘度を定量する試みは一定の成果が得られていましたが、従来のFLAPは可視領域の光吸収効率が低く、励起するにはエネルギーの高い紫外光を用いる必要がありました。加えて、強い光を連続的に当て続けることによるFLAP分子の分解が重要な課題となっていました。

(a)羽ばたき運動で粘度を感じとる蛍光プローブFLAP1の構造
(b)基底状態(S0)と励起状態(S1)におけるエネルギー図と二色発光の原理
(c)粘度に依存する蛍光スペクトルの変化
(d)2波長の蛍光強度比の対数を粘度の対数に対してプロットした検量線

羽ばたく蛍光分子の課題を解決する「Perylene FLAP」

上記の課題を克服するべく、私たちは新たにペリレンイミドを骨格にもつFLAP(以下、Perylene FLAP)を開発しました。ペリレンイミド類は染料や顔料にも用いられる有名な色素であり、光安定性が高く、強い蛍光を発します。そのため、ペリレンイミド骨格を含むPerylene FLAPは、光による劣化を克服し、より高い時空間分解能の光技術へ応用できると考えられます。

加えて、Perylene FLAPは従来のFLAPで課題となっていた可視領域の光をよく吸収するうえ、羽ばたき運動に必要となる自由体積がアントラセンイミドよりも大きく、より敏感な粘度応答を期待できます。実際に、開発したPerylene FLAPは光に対して非常に安定になりました(後述)。

その一方で、予想に反し、Perylene FLAPの溶液は微弱な蛍光しか示しませんでした。具体的には、ヘキサン(C6H14;粘度0.3 cP)の溶液中で蛍光量子収率(励起された分子のうち、蛍光を発する分子の割合)が2%であり、蛍光寿命が120ピコ秒(ps:1兆分の1秒)でした。一般的なペリレンイミド化合物の蛍光量子収率が90%を超えることを踏まえると、かなり小さいといえます。

しかし、同じ直鎖アルカンで粘度が少しだけ高いヘキサデカン(C16H34;粘度3 cP)の溶液中では蛍光量子収率が8%に向上し、蛍光寿命は560psまで長くなることがわかりました。さらに、高分子であるPMMA(ポリメタクリル酸メチル)の薄膜に分散させて測定を行ったところ、蛍光量子収率は18%まで上昇し、蛍光寿命は1.6ナノ秒(=1600 ps)まで長くなることが判明しました。

このように周囲環境の変化によって無蛍光やそれに近い物質が蛍光を増大させる性質はフルオロジェニックと呼ばれ、ペリレンイミドの系で発現した例はほとんど報告されていませんでした。また、3 cP以下の粘度の違いを蛍光寿命の違いによって区別できることから、レーザー顕微鏡技術と組み合わせることで、従来の蛍光粘度プローブでは難しかった「超低粘度領域における定量的な粘度分布のイメージング」の実現が期待されます。

Perylene FLAPがフルオロジェニック特性を示すメカニズムは、励起状態における分子の挙動を考えることで理解できます。低粘度媒体中で励起された後、ほとんどの分子は速やかにV字型構造から平面構造へと形を変え、平面構造から基底状態へと失活します。平面構造からの失活過程ではFLAP1とは異なり蛍光を発さないことがわかっています。

一方で、励起状態における安定構造として、平面構造だけではなくV字型構造も存在することがわかっており、V字型構造から基底状態へ失活する際には蛍光を発します。つまり、Perylene FLAPの周囲の粘度が上昇することによってV字型から平面型への構造変化が抑制され、蛍光を発するV字型構造からの失活の割合が増加した結果、蛍光量子収率の増加につながることが明らかとなりました。

(a)ペリレンイミドを骨格とするFLAP(Perylene FLAP)の構造
(b)周囲の粘度上昇に伴って蛍光強度が増大し、蛍光寿命が長くなる様子
(c)基底状態(S0)と励起状態(S1)におけるエネルギー図と、高粘度環境で蛍光が増大するメカニズム

羽ばたき運動により、回転する蛍光粘度プローブ以上の機能を実現

さらに私たちは、炭素数が異なり粘度の異なる一連の直鎖アルカン溶媒にPerylene FLAPを溶解させ、同様に蛍光量子収率と蛍光寿命を測定しました。結果、Perylene FLAPは、3 cP以下という極めて低い粘度領域であっても蛍光寿命の値から局所粘度が定量できる蛍光粘度プローブとして機能することが明らかとなりました。

蛍光粘度プローブとしてよく用いられる、回転運動によって粘度を感知するBODIPY-C12と比較しても、極低粘度領域ではより鋭敏な応答を示すことがわかりました。Perylene FLAPおよびBODIPY-C12を炭素数6(ヘキサン)から16(ヘキサデカン)までの異なる粘度の直鎖アルカン溶媒に溶かして蛍光を測定したところ、ともにスペクトル形状の変化はほとんど見られませんでしたが、アルカンの粘度上昇に伴って蛍光量子収率は増加し、蛍光寿命は長くなりました。それぞれの蛍光粘度プローブを各溶媒に同じ濃度で溶かしたときの蛍光スペクトルを示します。

各溶媒における蛍光スペクトル
(a)は羽ばたく蛍光粘度プローブPerylene FLAP、(b)は回転する蛍光粘度プローブBODIPY-C12である。蛍光強度の表示にあたっては、各溶媒における蛍光量子収率を考慮している。

Perylene FLAPについて、粘度を定量できる上限の値を確認するため、さらに粘度を増加させた30 cP程度のミネラルオイルに溶解させたところ、蛍光量子収率は17%、蛍光寿命は1.3 ns(=1300 ps)まで向上しました。この結果は上記PMMA膜で測定した場合とほぼ同様の結果であったことから、粘度による応答は飽和しており、定量できる粘度の上限は30cP程度であるとわかりました。

さらに、蛍光寿命(τF)の対数を粘度の対数に対してプロットした検量線(Förster-Hoffmannプロット)の傾きを比較しました。Förster-Hoffmannプロットは以下の式で表されます。

    log τF =α log η + log z/kr

ここで、ηは粘度、krは輻射失活速度定数、α、zはそれぞれ定数です。

(a)蛍光寿命の対数を粘度の対数に対してプロットした検量線(Förster-Hoffmannプロット)
(b)トルエン溶液中で紫外光を照射した時の光退色の速さの比較

Perylene FLAPとBODIPY-C12のプロットは、0.3-3 cPという極めて低い粘度領域において、いずれも良い直線関係を示した一方で、検量線の「傾き」に注目してみると、Perylene FLAPの方が顕著に大きいことがわかりました。検量線の傾きが大きいほど、わずかな粘度変化に対しても大きな蛍光寿命の変化が現れることを意味するため、Perylene FLAPの蛍光粘度プローブとしての応答性はより敏感であるといえます。

BODIPYの粘度応答上限が1000 cPを超えることを考えると、BODIPYのほうがより広範囲の粘度に対応できますが、今回注目した「極低粘度領域」では、Perylene FLAPの方がBODIPY-C12より鋭敏に応答するというわけです。

また、色素分子を光技術へ応用する際、光安定性が重要であることは前述のとおりですが、Perylene FLAPでは長時間・高強度の光照射下でも退色がみられず、BODIPY-C12よりも光安定性が高いことがわかりました。

強い紫外光(365 nm)を溶液に長時間当て続け、吸光度の減衰を観察したところ、BODIPY-C12の溶液では、700 mW/cm2の紫外光を5時間照射後に吸光度が測定開始時の63%まで減衰したのに対し、Perylene FLAPの溶液では10時間までまったく減衰が観察されませんでした。この結果もPerylene FLAPの蛍光粘度プローブとしての実用性を示しており、レーザーを用いるイメージング技術への応用が期待できます。

蛍光粘度プローブの光技術への応用も視野に

今回新たに開発した「羽ばたく蛍光粘度プローブ」Perylene FLAPは、1)可視光領域に強い吸収をもち、2)長時間・高強度の光に対して安定であり、3)3 cP以下の微小粘度変化にも応答して、従来の回転型プローブ(BODIPY)よりも鋭敏に蛍光寿命を変化させるフルオロジェニックな性質があることが明らかになりました。

これらの特性を利用すれば、レーザー技術、特に蛍光寿命顕微鏡技術(FLIM)と組み合わせることによって、不均一系における局所粘度の定量や粘度ムラの可視化技術に応用できる可能性があります。具体的には、蛍光寿命の違いよって有機薄膜などの材料の硬さを非破壊的に評価することや、さらに将来的には、水溶性を付与することによって血漿粘度の定量や健康診断への応用も可能になると考えています。

参考文献

この記事を書いた人

木村 僚 , 齊藤 尚平
木村 僚 , 齊藤 尚平
木村 僚(画像左)
2019年 京都大学理学部 卒業
2019年-現在 京都大学大学院理学研究科化学専攻 修士課程在学

齊藤 尚平(画像右)
2010年 京都大学 大学院理学研究科 博士(理学)取得
2010-2016年 名古屋大学物質科学国際研究センター 助教
2012-2016年 JSTさきがけ研究者「分子技術と新機能創出」領域
2016年-2020年 JSTさきがけ研究者「光の極限制御・積極利用と新分野開拓」領域
2016年-現在 京都大学 大学院理学研究科 化学専攻 准教授