生物の研究者なら顕微鏡や電動ピペット、数学の研究者なら紙とペン……? どの分野にも、研究者にとっての必須アイテムがあるはずです。本連載ではさまざまな分野で活躍されている研究者の方々に、ご自身の研究に必須となるアイテムをあげていただきます。

今回は、acadmistのプロジェクト「都会のリスは過労気味? 加速度センサーでその謎に迫る!」に挑戦中の内田健太さんが選ぶ研究必須アイテムをご紹介します!

1. 体力と気力

まず野外調査に最も必要なものは、何よりも体力と気力です。私は野外でのフィールドをベースに研究調査を行っています。1年の約3か月は、自宅のある札幌を離れて北海道十勝地方を中心にフィールドワークをしています。そのため、自宅のようにふかふかな布団があるわけでもないので、3か月寝袋に包まって夜を過ごします。さらに、エゾリスは日の出後数時間が最も活動する時間に当たるため、日の出とともに調査を開始しなくてはいけません。夜遅くまでデータ打ち込みやデスクワークをこなして、翌日は日の出前に起床する生活です。特に春の北海道の日の出時間は3:30ととても早いため3:00前には起きる必要があるため、あまり眠れません。そのため、日数が経つにつれて疲労が積もり、肉体が悲鳴を上げ始めます。さらに、いくら事前準備を綿密に行っていても、自然は予測不可能であるため、データサンプリングが上手くいかないこともしばしば起こります。そうなると、今度は精神的苦痛とも戦わなくてはいけなくなります。こうした肉体・精神的苦痛に耐えながら、最後まで集中して確実にデータを採取するためには、何よりも体力と気力(時に根性も)が必須です。ただ、最後の方にはフィールドワーカーハイになりあまり何も感じなくなることもあります。

2. 双眼鏡

エゾリスは、暗い森林に生息しかつ小動物であるため、彼らを見失わずに追跡して観察することは容易ではありません。特に、自然下のリスは非常に警戒心が強く逃避距離が長いため遠くから観察しなくてはいけません。そんな中でも、微小な行動や雌雄差といった外部の特徴を確実に観察するために一役買うのが高倍率の双眼鏡です。あまり軽いものではありませんが、野外調査には必ず携帯していきます。最近では、手振れ補正が付いているものまであります(私の双眼鏡は機能しない手振れ補正付きです!)。ただし、町の公園で熱心に双眼鏡を覗いていると、あらぬ疑いをかけられ職務質問をされる可能性があるので注意が必要です。端から見ると不審者に見えるそうです。

canon
先輩から頂いた双眼鏡.手をぶらさなければ手ぶれ機能もいりません!

3. 野帳とシャープペンシル

体力と気力、そして双眼鏡を駆使して観察して得られたデータは、全てシャープペンを用いて耐水性の野帳(手帳)に書き込みます。また観察結果だけでなく、観察中の発見や疑問といった些細なことも忘れないように書き記しておきます。朝の森の調査では、朝露をかぶってしまうことも多いので濡れても大丈夫なように耐水性の野帳とシャープペンを用いています。また、もし林内で落としてしまっても簡単に見つけられるよう、明るい色の野帳を使用します。そしてフィールドから帰ってきたら、いち早く野帳のデータをエクセルなどにデータ化します。なぜなら、これを怠ると後に重大な問題につながる可能性があるからです。野外ではゆっくりと丁寧に記帳することができず、野帳にはしばしば解読が難しい暗号が並びます。また、にわかには信じがたい数値が並んでいたりする場合もあります。記憶が新鮮なうちに、野帳の数値と記憶を照らし合わせながら正確なデータを残しておく必要があります。

14045491_1104693852951375_1255744284_o
野帳の1ページ。キレイとは言えません

 

4. 捕獲調査キット

現在私たちの研究チームでは、野外のエゾリスを捕獲して標識を着けることで個体識別をしています。これまでに累計50匹以上のエゾリスに耳標と首輪用いて識別してきました(照度計と加速度計はこの首輪に装着します)。標識を着けることで、外部形態では個体識別ができないリスたちを継続的に追跡調査することができます。また、捕獲の過程でイヤーパンチを用いてDNAの採取を行うことで、都会と自然下のエゾリス集団の遺伝構造や移動分散も調べています。一連の手順や用いる機器は、海外のリス研究グループを参考にしながらメンバーで試行錯誤を重ねながら最良の形を模索しています。また、野外で不手際の無いように、そして保定時のリスへの負担を減らすために機器のメンテナンスと管理を徹底しています。最初は機器の使い方に慣れだったメンバーも、今では早い時で一連の操作を10分以内に済ませられるようになってきました。

14060246_1104693856284708_2112585117_o
捕獲調査キット。左上からバネ測り、耳標装着器、ピンセット、イヤーパンチ、ピンセット、ニッパー、ハサミ、接着剤、首輪

 

この記事を書いた人

内田 健太
内田 健太
北海道大学環境科学院博士課程の内田健太(Kenta Uchida)です。私は今、身近な生き物がどのようにして人間が作り出した環境に適応もしくは順応しているのかに興味を持ち研究しています。街であれ森であれ、そこに生き物がいればついつい観察をしてしまいます。今はひたすらリスを追いかけ、時には剥製を近づけたり、ダンボールに身を隠して近づいたりと、泥臭くも好奇心の赴くままに研究をしています。身近な生物知られざる生態を明らかにし、多くの人とその感動を共有できたらと考えています。そして、将来的には人と野生動物との共存の一助となるような研究に繋げていきたいです。