光触媒で太陽光エネルギーを効率的に変換するには?

現在の我々の生活は、石油や天然ガスなどの化石資源を主なエネルギー源として利用することで支えられています。しかし、化石燃料の枯渇や大気中の二酸化炭素濃度の上昇による地球温暖化の問題が深刻化しており、クリーンかつ無尽蔵なエネルギー源である太陽光エネルギーを、我々が利用可能な化学エネルギーに変換する反応に注目が集まっています。

「半導体光触媒」を用いた水分解反応は太陽光エネルギー変換技術のひとつであり、地球上に豊富に存在する水と太陽光エネルギーから、二酸化炭素を排出しない次世代のエネルギー媒体として期待される水素を作り出すことができます。特に半導体光触媒粉末を用いたシステムは、その簡便さや大規模展開への可能性を背景に広く研究されています。

半導体光触媒粉末を用いた水分解反応のメカニズムを下図(左)に示します。半導体には電子により占有された価電子帯と、電子が空の伝導帯が存在し、そのエネルギー幅をバンドギャップと呼びます。半導体はバンドギャップよりエネルギーの大きな光を吸収することで、価電子帯の電子が伝導帯へ励起され、伝導帯に電子が、価電子帯に正孔が生成します。このように半導体粒子中に生成した電子と正孔は光触媒表面へと移動し、最終的に電子が水素イオンを還元し水素を、正孔が水を酸化し酸素を発生させます。また光触媒表面における水素発生や酸素発生反応を促進するために、助触媒と呼ばれる金属や金属酸化物のナノ粒子を光触媒表面に修飾するのが一般的です。

このような半導体光触媒を用いた水分解反応の研究は1970年代以降盛んに行われ、TiO2に代表される金属酸化物を中心とした数多くの材料が、水分解反応に活性を示すことがわかっています。しかしながら、金属酸化物光触媒の多くはバンドギャップエネルギーが大きく、太陽光に約3%程度しか含まれない紫外光しか利用することができません。より効率的な太陽光エネルギー変換を実現するためには太陽光の約50%を占める可視光を利用する必要があり、可視光を効率的に利用できる光触媒の開発が活発に行われています。

金属酸化物半導体(左)と色素増感型光触媒(右)の水分解反応メカニズム

このような金属酸化物光触媒の欠点を補うため、可視光を吸収できる色素分子を金属酸化物上に吸着させた「色素増感型光触媒」が提案されています(上図右)。色素増感型光触媒では可視光を吸収して励起状態となった色素から半導体に電子注入が起こり、その電子が水素発生反応に利用されます。このような色素増感型光触媒は半世紀にわたり研究が行われてきましたが、効率の向上が課題となっていました。

ナノシートと色素分子による新材料を開発

我々は色素増感型光触媒の金属酸化物部位として「ナノシート」と呼ばれる材料に注目しました。酸化物ナノシートは、層状構造を有する金属酸化物の層を剥離することで得られる厚さ数ナノメートル程度のシート状の物質です。ナノシートはこれまでの研究から、色素から注入された電子の移動に優れていると考えられています。また、ナノシートの表面積は広いため多くの色素を吸着することができます。

さらに別の研究で私たちは、KCa2Nb3O10の組成をもつ酸化物ナノシートの積層空間をPtナノ粒子で修飾する方法を開発し、このPt修飾KCa2Nb3O10複合体が紫外光照射下で効率的な水分解光触媒として働くことを見出していました。これらの理由からナノシートは色素増感型光触媒に適した材料であると考えました。

層状HCa2Nb3O10と層剥離により生成したナノシート

実際にPtナノ粒子により修飾したHCa2Nb3O10ナノシートに対して、色素分子としてRu錯体を吸着させた複合体を水素発生光触媒に用い、WO3系の酸素生成光触媒とヨウ素系電子伝達剤(I3/I)を組み合わせることで、可視光により水を水素と酸素に分解することに成功しました。さらにHCa2Nb3O10ナノシートの表面をAl2O3により修飾することで、水分解活性が大幅に向上することも見出しました。

種々の最適化を行ったところ、触媒活性を表す値であるターンオーバー頻度は1960(毎時)となり、これまでに報告されてきた類似の色素増感型の水分解光触媒と比較して200倍以上も大きな値となりました。また触媒耐久性を表す値であるターンオーバーナンバーも過去に報告されている値の約9倍の4580となり、耐久性の向上にも成功しました。これらの値は世界最高値であり、酸化物ナノシートが色素増感型光触媒として有望な材料であることを示しました。

Al2O3修飾Pt/HCa2Nb3O10ナノシートとWO3光触媒による水分解反応の模式図

レーザー分光でAl2O3の修飾効果を調べる

HCa2Nb3O10ナノシートを用いた色素増感型光触媒において、高い活性を得るためにはAl2O3による修飾が必要不可欠でした。我々はその理由に非常に興味をもち詳しく調べることにしました。この色素増感型光触媒の詳しい電子移動メカニズムを下図に示します。はじめに可視光を吸収したRu色素からHCa2Nb3O10ナノシートへ電子注入が起こり、Ru色素は電子がひとつ不足した状態になります。ナノシートに注入された電子は主に以下の2つの方法によって消費されます。

  1. Ptナノ粒子へ移動し水素を発生させる。電子不足状態のRu色素は電子供与剤であるヨウ化物イオン(I)から電子を受け取る
  2. 電子不足状態のRu色素に戻る(逆電子移動)

(2) の逆電子移動は水素を発生させることなく元の状態に戻ってしまうため、反応の効率を低下させる原因となります。

Ru色素とHCa2Nb3O10ナノシート間における電子移動メカニズム

Al2O3はHCa2Nb3O10ナノシートからの逆電子移動過程、またはIからの電子供与過程のどちらかに影響を与えているのではないかと考え、レーザー分光を用いて詳細な検討を行いました。この測定ではレーザー光を吸収した色素分子の変化をナノ秒(10億分の1秒)という非常に短い時間スケールで観測することができます。

この測定により電子不足状態のRu色素を観測してところ、電子供与剤であるヨウ化物イオンが存在しない条件、すなわちHCa2Nb3O10ナノシートからの逆電子移動のみが進行する条件では、Ru色素が元の状態に戻る速度は一定であることがわかりました。つまりAl2O3は (2) の逆電子移動を抑制する効果はないと考えられます。

一方、ヨウ化物イオンが共存する条件では、Al2O3の修飾により電子不足状態のRu色素が元に戻る速度が速くなることがわかりました。すなわち、Al2O3は電子不足状態のRu色素がヨウ化物イオンから電子を受け取る反応を促進しており、これにより水素発生活性が向上したと結論づけました。

これまでの色素増感型光触媒では、Al2O3の表面修飾が逆電子移動過程を抑制して活性を向上させるという報告はありましたが、電子供与剤の反応を促進する効果を観測できたのは初めての例です。レーザー分光測定は簡単な測定ではなく、試行錯誤しながら実験を進めましたが、最終的にこのような興味深い結果が得られ大変嬉しく思います。

色素増感型光触媒のさらなる向上を目指して

本研究では酸化物ナノシートを用いることで、過去最高の色素増感型光触媒を開発することに成功しました。しかしながら、将来的に水分解により作った水素をエネルギー源として用いることを考えると、活性と耐久性のさらなる向上が必須です。

酸化物ナノシートや色素分子には異なる組成や構造を有するものが数多く存在します。これらを用いることで水素発生反応や電子注入に対する駆動力、ナノシートから色素への逆電子移動速度など、種々の重要なパラメーターを制御することも可能であると考えられます。今後、ナノシートと色素分子を緻密に設計することで、活性および耐久性のさらなる向上を目指します。

参考文献
Takayoshi Oshima, Shunta Nishioka, Yuka Kikuchi, Shota Hirai, Kei-ichi Yanagisawa, Miharu Eguchi, Yugo Miseki, Toshiyuki Yokoi, Tatsuto Yui, Koji Kimoto, Kazuhiro Sayama, Osamu Ishitani, Thomas E. Mallouk*, and Kazuhiko Maeda* ”An Artificial Z-Scheme Constructed from Dye-Sensitized Metal Oxide Nanosheets for Visible Light-Driven Overall Water Splitting” J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 18, 8412-8420
https://doi.org/10.1021/jacs.0c02053

この記事を書いた人

大島 崇義, 西岡 駿太, 前田 和彦
大島 崇義
Max Planck Institute for Solid State Research 博士研究員。
2019年、東京工業大学理学院化学系にて博士(理学)の学位を取得。日本学術振興会特別研究員(DC1)、東京工業大学博士研究員を経て、2019年より現職。2020年、Humboldt Research Fellowship for Postdoctoral Researchersに採用。触媒科学、無機固体化学、電気化学を専門とし、ナノ材料を用いた光エネルギー変換の研究に従事。

西岡 駿太
ペンシルベニア大学化学科 博士研究員。
2019年、東京工業大学理学院化学系にて博士(理学)の学位を取得。 同年5月より日本学術振興会特別研究員としてペンシルベニア大学へ留学。2020年4月より現職。 専門は不均一系光触媒。ナノ秒過渡吸収分光システムを用いて、色素増感光触媒の光励起キャリアダイナミクスを研究している。

前田 和彦
東京工業大学理学院化学系 准教授。
2007年東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻博士課程修了。博士(工学)の学位を取得。日本学術振興会特別研究員(DC2)、ペンシルベニア州立大学博士研究員、東京大学助教を経て2012年8月より現職。2010〜2014年、JSTさきがけ研究者を兼務。専門は光触媒・光電極を用いた水分解、二酸化炭素固定化反応。