老化細胞は周囲の細胞に悪影響! 老化細胞の除去治療に注目

老化は細胞レベル、臓器レベル、個体レベルで共通してみられる現象ですが、それぞれの特徴的な現象がどのように関連しているかが少しずつわかり始めています。実験室で培養細胞を継続して観察を続けると、細胞が死滅しないまま増えなくなる「細胞老化」が起こることが知られています。このように老化細胞は、分裂を停止して増殖しない状態にあり、Senescenceと呼ばれています。

細胞にさまざまなストレスがかかりDNA損傷が蓄積することによって、Senescenceが促進されることが明らかとなっています。近年、この老化細胞から炎症性サイトカインなどが多量に分泌されることで、周辺の細胞に悪影響を及ぼし、細胞老化を促進している現象が報告されています。この現象は「老化関連分泌現象」(senescence-associated secretary phenotype:SASP)と命名されています。

細胞老化(Cellular Senescence)

遺伝子改変マウスを用いて、老化細胞を生体から除去するモデルマウスを作成した結果、寿命の延長や加齢に伴うさまざまな症状が抑制できたことから、老化細胞を除去することによる抗老化治療の概念(senolysis)が提唱されるようになりました。現在、さまざまな手法を用いて世界中で老化細胞除去治療法が開発されています。

免疫システムの制御によって標的細胞のコントロールを目指す

私たちの研究グループは、生活習慣病・難治性疾患を標的として抗体産生誘導を主眼に置いた治療ワクチンの研究開発を行ってきています。そして今回、治療ワクチン開発の新しい試みとして、標的の細胞除去を目的としたワクチンを開発しました。ワクチンによる免疫応答は、体内で活性化された免疫細胞が主体となる「細胞性免疫」と、体内で産生される抗体による「液性免疫」の2種類に大別されます。今回私たちが開発したワクチンは、細胞性免疫を立ち上げることなく、液性免疫だけを活性化し抗体産生を誘導することが特徴です。

細胞性免疫は病原体に感染した異常細胞を攻撃・排除するために、細胞傷害性T細胞やマクロファージが細胞を直接攻撃する免疫反応です。ヘルパーT細胞である「Th1細胞」は、樹状細胞が提示する抗原を認識してサイトカインを産生し、そのサイトカインによって、マクロファージや細胞傷害性T細胞などが活性化されます。一方、液性免疫はB細胞と抗体が中心となる免疫反応で、ヘルパーT細胞「Th2細胞」の産生するサイトカインによってB細胞が刺激されると、大量の抗体が体内で産生されます。

抗体が抗原に結合した後の反応を惹起する「エフェクター機能」として、ADCC(抗体依存性細胞傷害)やCDC(補体依存性細胞傷害)が知られています。ADCCは標的細胞に特異抗体が結合し、その抗体にマクロファージやNK(ナチュラルキラー)細胞が結合して引き起こされ、標的細胞の細胞傷害や細胞死をもたらします。CDCは、抗体が細胞表面の抗原と結合した後に、補体を呼び寄せて複合体を形成し、細胞膜に穴をあけることで細胞傷害を与え、細胞を死滅させるプロセスです。

このように免疫応答において、抗体やマクロファージなどの作用を補完する「補体」も重要な役割を果たしています。補体の活性化の程度は、産生される抗体のサブクラスで異なることがわかっています。

ヒト抗体(IgG)には4つのサブクラス(IgG1、2、3、4)があり、ヒトではサブクラスIgG1が抗体の60-65%を占め、補体系の活性化作用が強いことが知られています。一方、ヒトのサブクラスIgG2は20-25%を占め、補体系の活性化作用は低いことが知られています。一方、マウス抗体(IgG)では逆にサブクラスIgG1が補体系の活性作用が低く、サブクラスIgG2が補体系の活性化作用が強いことが知られています。

「アジュバント」による抗体産生の選択性を活用

さらに、ADCCやCDCなどのエフェクター機能の強さは、抗体のサブクラスによって異なり、また特定のIgGサブクラスをより多く産生するために、「アジュバント」の選択が重要であることがわかってきました。アジュバントとは、薬物による効果を高めたり補助したりする目的で併用される物質・成分の総称であり、抗原抗体反応を活性化させる非特異的免疫賦活剤のことです。

核酸アジュバント(DNA、RNA、CpG)は、Th1細胞が誘導するサイトカインにより細胞傷害性機能を活性化させ、一方、アラム(アルミニウム)などのアジュバントは、Th2細胞が誘導するサイトカインにより細胞傷害性の低い中和抗体の産生を誘導することが知られています。

上段:CDC補体依存性細胞傷害
下段:IgGサブクラスによる機能の違い

ワクチン開発においては、体内で産生を目指す抗体の種類に応じて、アジュバントを使い分けることが重要です。主としてターゲットタンパク質に結合して中和するような中和活性を有する抗体の産生を目指す場合は、誘導するIgGサブクラスとしては、エフェクター機能を有さないIgG2(マウスではIgG1)抗体の産生が望ましく、Th2活性を高めるタイプのアジュバントであるアラム等を用います。

一方、膜タンパクなどを抗原とする治療ワクチンの場合は、逆にCDC活性を有するIgG1(マウスではIgG2)抗体の産生を主に誘導するために、核酸アジュバント(DNA、RNA、CpG)を用います。それによって産生された抗体は、標的細胞(今回は老化細胞)に傷害を与え、生体から除去することが可能になると考えられます。

糖尿病マウスへのワクチン投与で病態が改善

老化T細胞はPD-1陽性/CD153陽性の特徴を持っています。私たちは、老化T細胞の表面分子CD153を認識する抗体産生を誘導するワクチンの有用性を確かめるため、モデルマウスを用いた実験を行いました。マウスを高脂肪食で飼育して糖尿病モデルマウスを作成し、その病態における老化細胞除去の影響を検討しました。

内臓脂肪での老化T細胞の割合は、通常食で飼育したマウスの6.8%と比べて、糖尿病モデルマウスでは16.0%に増加していました。そして、糖尿病モデルマウスに対して、老化細胞除去のためのワクチンを投与すると、老化T細胞の割合は7.6%までに増加が抑えられたことがわかりました。

さらに、ワクチンを投与しながらマウスに高脂肪食を与えて、細胞除去ができたワクチンと、エフェクター機能が異なるため除去ができなかったワクチンで耐糖能を比較してみたところ、老化細胞を除去したマウスの方が糖負荷試験において低血糖という結果が得られました。また、脂肪での炎症の起点となるマクロファージの浸潤も抑制されていたことがわかりました。

FACSを用いたマウス内臓脂肪に存在する老化T細胞の解析

今回の成果は、世界中で開発が進んでいる老化細胞除去治療のツールとして、ワクチンを用いた世界初の研究成果であり、これまで感染症予防やがん治療に主として用いられてきたワクチンの新しい適応の可能性を示したものです。

開発した治療ワクチンの細胞殺傷能力はそれほど強くはありません。しかし、がん細胞や細菌・ウイルスと比較して老化細胞の数はそれほど多くなく、かつ老化は慢性的な経過を示すため、私たちの研究グループのコンセプトである抗体を主とした液性免疫プロセスの誘導により、ゆっくりと持続的な効果を目指す治療標的として最適であると考えられます。

老化T細胞は、糖尿病だけでなくさまざまな老化関連疾患への関与が考えられるため、臓器別の治療法だけでなく複数の疾患にまたがった治療法への応用も期待されます。

参考文献
Shota Yoshida, Hironori Nakagami*, Hiroki Hayashi, Yuka Ikeda, Jiao Sun, Akiko Tenma, Hideki Tomioka, Tomohiro Kawano, Munehisa Shimamura, Ryuichi Morishita, Hiromi Rakugi, “The CD153 vaccine is a senotherapeutic option for preventing the accumulation of senescent T cells in mice” Nature Communications 2020 May 18; 11(1): 2482. doi: 10.1038/s41467-020-16347-w.

*責任著者

この記事を書いた人

中神 啓徳
中神 啓徳
岐阜県生まれ、岐阜高校卒業。1994年に奈良県立医科大学を卒業後、自治医科大学内科および循環器内科、大阪大学医学部老年科、愛媛大学医学部医化学第1を経て、2001年から米国ハーバード大学医学部ブリガムアンドウイミンズ病院で血管内科での研究に従事。帰国後、大阪大学医学部附属病院未来医療センター特別研究員、大阪大学大学院医学系研究科遺伝子治療学助手(助教)を経て、2000年より連合小児発達学研究科健康発達医学寄附講座教授、2005年より現職。