「こども」から「おとな」へシフトするメカニズム – ショウジョウバエの成長と成熟を司る神経間ホルモン・リレー
「こども」と「おとな」の違いとは?
皆さんは、国民的人気を誇るアニメ「名探偵コナン」の決め台詞「見た目は子供、頭脳は大人」をご存知でしょうか。現実にはあり得ない設定である外見(こども)と中身(おとな)のギャップが、私たち読者を楽しませてくれます。では、「こども」と「おとな」の違いは、生物学的に何でしょうか。また、「こども」から「おとな」への変化には、どのような生物学的な仕組みが必要なのでしょうか。
人に限らず、多くの生物の発生過程には、「生殖能力を有さない幼若期(こども)」から「生殖能力を有する成体期(おとな)」へと移行する成熟ステップが設けられています。この成熟ステップでは、次世代に子孫を残すために体内の生理状態が大きく変化します。この変化には、「成長」の過程、すなわち体サイズ(身長や体重)の変化と、「成熟」の過程、すなわち生殖機能の発達の2つの側面があります。
こうした成長と成熟の制御を担う主要な生体分子のひとつが、ステロイドホルモンです。ステロイドホルモンは、個体内外の環境に応答して、適切なタイミングで生合成されることが重要です。しかしながら、どのような神経経路がその生合成調節機構の役割を担っているのか、不明な点が未だ多く残されています。この問題に挑むために、私たちのグループは昆虫を研究材料とした研究を行っています。
昆虫の脱皮と変態を司るエクジステロイドの生合成調節の謎
昆虫のなかでも完全変態昆虫は、卵から幼虫、幼虫から蛹、そして蛹から成虫という段階的な成長と成熟の過程を経ます。この過程で、幼虫が外皮を脱ぎ捨てる「脱皮」と、幼虫から蛹になる「蛹化」、蛹内部で成虫へと体のつくりを大きく変える「変態」を司るのが、昆虫ステロイドホルモンである「エクジステロイド」です。
エクジステロイドは、前胸腺と呼ばれる特殊な器官で生合成されます。エクジステロイドが、いつ、どのくらいの量が合成されるのかは、脳神経系から分泌される神経ホルモンによって支配されています。特に、中心的な役割をするのは、前胸腺刺激ホルモン(Prothoracicotropic hormone、PTTH)という神経ホルモンであり、名古屋大学農学部の石崎宏矩博士と東京大学農学部の鈴木昭憲博士のグループによって、1990年代に世界に先駆けて報告されました。
私たちのグループでは、モデル生物であるキイロショウジョウバエを用いて、エクジステロイド生合成調節機構を遺伝子レベルで調べています。ショウジョウバエ幼虫の発生過程では、体内エクジステロイド量が増減を繰り返され、高い濃度(ピークレベル)のエクジステロイドが成熟を促進する一方、低い濃度(基底レベル)のエクジステロイドは、成長を抑制することが報告されています。
しかしながら、ピークレベルと基底レベルの2つのエクジステロイド生合成に対して、PTTHを産生する神経がそれぞれをどのように調節し分けるのかはまったくわかっていませんでした。
コラゾニン産生神経の機能に着目
そこで私たちは、PTTH産生神経の活性を制御する上位の神経の存在について、脳神経系を可視化した画像データベースを利用して広範に解析しました。そして、コラゾニンというホルモンを産生する神経に着目しました。コラゾニンは、さまざまな昆虫の生理機能を調節するペプチドホルモンのひとつです。興味深いことに、コラゾニン産生神経は、PTTH産生神経と前胸腺の両方に対して神経連絡を持っていました。
そこで、この神経によるエクジステロイド生合成の調節を期待し、コラゾニン産生神経の機能を阻害する実験を行いました。ところが予想に反して、コラゾニン産生神経の機能を阻害しても、成熟(幼虫蛹化)のタイミングはまったく遅れませんでした。
一方、蛹の体サイズは通常よりも増大しており、幼虫の成長速度が上がっていることが示唆されました。しかし当時の私たちは、エクジステロイド生合成の抑制による成熟タイミングの遅れを予測していたので、予想外な体サイズの変化を起こす他の要因を究明するため、実験手法の検討などを行っていました。
転機となったのは、2017年にデンマークのグループにより発表された論文でした。その論文では、基底レベルのエクジステロイド生合成の阻害により、蛹の体サイズが普通よりも大きくなる一方、成熟のタイミングは遅れないことが報告されていました。
それはまさに、コラゾニン産生神経の機能を阻害した個体でみられた変化とよく似ていたので、私たちは大変驚きました。これまでエクジステロイド生合成調節に関わる研究のほとんどは、成熟を司るピークレベルの生合成に焦点を当てたものばかりで、基底レベルの生合成調節機構はほとんど知られていなかったのです。
そこで私たちは、基底レベルのエクジステロイドの生合成調節に注目して、実験デザインを大きく変更しました。その結果、コラゾニン産生神経はピークレベルではなく基底レベルのエクジステロイド生合成を調節することが明らかになりました。
基底レベルは極めて微量なため正確な測定は大変難しく、理化学研究所生命機能科学研究センターの西村隆史博士との共同研究によって、最新機器を用いて定量しました。また、試料調製においても最難度の注意と労力が必要でした。2年間の悪戦苦闘を経て、コラゾニン産生神経の機能を阻害した個体において、基底エクジステロイドの生合成のタイミングが約4時間遅れることを高い精度で示すことができました。
次に、私たちは、コラゾニン受容体がPTTH産生神経で発現していることを見出しました。しかも、コラゾニン受容体の発現レベルは、基底レベルのエクジステロイド生合成が始まる時期と一致して高くなっていました。そこで私たちは、幼虫の脳神経系を解剖して、顕微鏡下で培養する独自の実験系を立ち上げ、コラゾニン産生神経を強制的に活性化させるとPTTH産生神経が応答することをライブイメージング技術で検出しました。
この結果によって、成熟直前の時期において、コラゾニン産生神経からPTTH産生神経へ信号連絡(シグナル)が伝達されていることを示すことができました。
神経間でのホルモン・リレーが伝える「栄養」シグナル
では、コラゾニン産生神経は、どのような情報を、PTTH産生神経に連絡しているのでしょうか? その答えのヒントは、「栄養」ではないか、と私たちは予想しています。なぜなら、幼虫は、成長と成熟に必要十分な栄養分を摂取したタイミングで初めて蛹化し、成虫になることができるからです。
したがって、「十分な栄養が体内に蓄えられた」という情報がシグナルとなって、成長から成熟への舵切りをする神経経路が存在すると考えられます。実際に、昆虫の摂食や栄養感受の中枢と呼ばれる脳の領域において、コラゾニン産生神経は、オクトパミンという別の神経伝達物質を産生する別の神経と連絡していることを、私たちは見出しています。以上の結果を踏まえて、現在の私たちは以下のような仮説を提案しています。
まず、成熟に十分な栄養がシグナルとなって、オクトパミン産生神経を介して摂食中枢に入力され、コラゾニン産生神経が活性化されます。次に、コラゾニン産生神経は、PTTH産生神経に連絡し、成長の失速を司る基底エクジステロイド生合成を促進します。その結果、成長速度は徐々に抑制される一方、成熟(蛹化)に必要な仕組みの準備が始まります。
その後、別の神経群によって、PTTH産生神経は再度活性化されることで、ピークレベルのエクジステロイド生合成が開始されます。このような、2段階の異なるレベルのエクジステロイドの働きによって、成長から成熟への舵切り作業が完了し、幼虫は蛹化します。
本研究により、オクトパミン産生神経からコラゾニン産生神経、コラゾニン産生神経からPTTH産生神経、PTTH産生神経からエクジステロイド生合成、という一連のホルモン・リレーが、成長と成熟のバランスを調節することで、適切な成長抑制(体サイズ決定)と成熟のタイミングを図っていることが、明らかになってきました。
昆虫の発育から、人の思春期を考える
ヒトの成熟ステップである「思春期」では、脳の視床下部から分泌される性腺刺激ホルモン放出ホルモン(Gonadotropin releasing hormone、GnRH)が脳下垂体に作用し、性腺刺激ホルモンの分泌を促します。それらの神経ホルモンのリレーが生殖腺に受け渡された結果、生殖腺で性ホルモン(ステロイドホルモン)が合成されます。性ホルモンは、体のさまざまな部位に作用し、成人男女の体つくり(第2次性徴)を促すことが広く知られています。
近年、思春期の低年齢化が社会問題として認識されつつあります。体の成長が十分でない状況で成熟化が進めば、成人病や生殖器官のガン化のリスクが高くなると予想されています。すなわち、適切なタイミングで成長して成熟することが、生物種を問わず、私たちの身近な健康においても不可欠なのです。
いくつかの論文では、ヒトの早熟化が、幼児期の肥満や栄養過多、妊婦の喫煙と相関関係があると指摘しています。ただし、人での研究は簡単ではありません。元々、ヒトの思春期は個人差が大きく、長い時間をかけた大量のデータ収集が必要で、しかも実験的な検証が不可能だからです。
興味深いことに、コラゾニンは、進化的に保存されているGnRHの類縁分子ファミリーに属しています。すなわち、人においても昆虫においても、成熟を司る神経内分泌分子メカニズムにおいて、類似した神経ホルモン分子が関与していることを、私たちの研究は示しています。
このように、成熟の神経内分泌メカニズムを遺伝子レベルで追究することは、進化的に保存された分子機構を理解するのに重要な手がかりになるうえに、ヒトの思春期を考えるうえでも一石を投じる意義があります。近い将来、私たちの研究が、哺乳類を含む幅広い動物において、ステロイドホルモン生合成の制御メカニズムの解明に貢献することを願っています。
参考文献
- Niwa YS and Niwa R. “Neural Control of Steroid Hormone Biosynthesis during development in the fruit fly Drosophila melanogaster.” Genes & Genetic Systems 2014, 89(1): 27-34.
- Moeller M, Nagy, S Gerlach SU. Soegaard KC Danielsen ET, Texada MJ, Rewitz KF. “Warts Signaling Controls Organ and Body Growth through Regulation of Ecdysone.” Current Biology 2017; 27(11): 1652-1659. e4.
- Imura E, Shimada-Niwa Y, Nishimura T, Hückesfeld S, Schlegel P, Ohhara Y, Kondo S, Tanimoto H, Cardona A, Pankratz MJ, Niwa R. “The Corazonin-PTTH Neuronal Axis Controls Systemic Body Growth by Regulating Basal Ecdysteroid Biosynthesis in Drosophila melanogaster.” Current Biology 2020; 30(11): 2156-2165.e5. (DOI: 10.1016/j.cub.2020.03.050).
この記事を書いた人
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島田 裕子(画像左)
筑波大学 生存ダイナミクス研究センター(TARA)助教、JST・さきがけ(兼任)。
2006年 京都大学大学院生命科学研究科修了。ヒューマンフロンティアサイエンスプログラムフェロー(HFSP)としてYale大学医学部への留学を経て、2009年より筑波大学で研究に従事。生物が地球上のさまざまな環境に適応して生き延びる「妙技」を分子レベルで明らかにすることを目指しています。
井村 英輔(画像中央)
米国カリフォルニア大学リバーサイド校 Department of Entomology 研究員。
2020年 筑波大学大学院生命環境科学研究科修了。現在、米国カリフォルニア大学リバーサイド校にて研究に従事。個体内外の環境に応じて、ホルモンの合成・分泌がどのようにして調節されるか、ホルモンが発生・生理状態・行動をどのようにして制御するかを、モデル生物キイロショウジョウバエを用いて追究しています。
丹羽 隆介(画像右)
筑波大学 生存ダイナミクス研究センター(TARA)教授。
2002年 京都大学大学院理学研究科修了。日本学術振興会特別研究員SPD(東京大学)およびヒューマンフロンティアサイエンスプログラム長期フェロー(Yale大学)でのポスドクを経て、2008年に助教として筑波大学に着任。2012年 同准教授。2019年 同教授。ショウジョウバエと寄生蜂を主材料として、神経とホルモンを介した器官と器官の相互作用が生命のホメオスタシスとトランジスタシスの調節に果たす役割を研究しています。