脳とシワの関係性

ヒトの脳の表面がシワだらけであることは、たぶんほとんどの人がご存じかと思います。また「賢いひとは脳にシワが多いの?」と聞かれることが多いように、脳のシワに興味がある人は多いのではないでしょうか? しかし、興味を持つ人が多いわりには、このシワについては意外にもわかっていないことが多いのです。

「脳」と言うと、専門的には脳の中でも「大脳」を指すことが多いようです。大脳は、脳の中でも特に大きく、重要な働きをしています。大脳の表面部分には神経細胞が多く集まっており、この部分は「大脳皮質」と呼ばれます。神経細胞が多く集まっていることから想像できるように、大脳皮質は高度な脳の機能にとても重要です。

この大脳の表面に、シワが見られます。シワがあると大脳の表面(=大脳皮質)の面積が大きくなります。ヒトの頭の大きさは限られているので、その中に大脳皮質の神経細胞を多く詰め込もうとすると、シワを作り大脳の表面積を大きくする必要がでてきます。すなわち、大脳の表面にシワができたことにより、大脳皮質の神経細胞をたくさん持つことができ、高度な脳活動を行うことが可能になったと考えられています。ちなみにシワのなかで、飛び出している膨らみの部分は「脳回」、凹んでいる溝の部分は「脳溝」と呼ばれます。

脳のシワに関する病気もあります。滑脳症はシワができなくなり、大脳の表面がスベスベになる病気です。またシワが異常に増えてしまう多小脳回症もあります。滑脳症や多小脳回症では、精神発達遅滞やてんかんなどの症状があると言われます。また自閉症や統合失調症の患者さんではシワの形が正常とは違いがあるという報告もあります。

なぜ、脳にシワができる仕組みは解明されていないのか?

このように、脳のシワは重要な働きを持つと考えられていますが、シワが脳表面にできあがる仕組みや、滑脳症や多小脳回症などでシワに異常が生じる仕組みは、まだ驚くほどわかっていません。

「がんを起こす遺伝子を発見」などの見出しを新聞で見ることもあるかと思います。がんの仕組みを理解するためには、原因となる遺伝子を見つけることが重要なのです。同じように、脳にシワができる仕組みを解き明かすためには、脳にシワをつくる遺伝子を見つけることが重要になってきます。

たとえば、注目する遺伝子Xを人為的に働かなくした場合にシワがなくなれば、遺伝子Xは脳のシワをつくるために必要な遺伝子であると言えます。逆に、遺伝子Xを人為的に増やした場合にシワが増えれば、その遺伝子Xはシワを新たに作る能力を持つ遺伝子と言えます。このように、注目する遺伝子を人為的に増やしたり減らしたりする技術が、身体の仕組みを解明するためには必要です。医学や生物学の研究にマウスが多く用いられているのは、マウスではこの技術が使用可能であるためです。

ところが、マウスには問題がありました。ヒトの脳に比べてマウスの脳は発達が悪く、大脳にはシワがありません。そのため、マウスを使ってシワができる仕組みを研究することは難しくなります。では、マウス以外の動物はどうでしょうか? マウス以外の動物で脳にシワを持つ動物はいろいろいるのですが、これらの動物では、遺伝子を人為的に増やしたり減らしたり操作する技術が整備されていませんでした。これが、シワができる仕組みやシワに異常がある病気の仕組みがあまりわかっていない理由です。

フェレットを利用して、シワ形成の仕組みに迫る

私たちは、i)脳にシワがある動物で、ii)人為的に遺伝子を操作できる、という二つの条件が満たされれば、脳のシワに関する研究を進めることが可能になると考えました。そこで私たちが着目した動物が、フェレットです[1]。フェレットは、イタチ科の動物でマウスに比べて脳が発達しており、大脳にはシワも見られます。欧米を中心として研究にも使われていることから、研究の基礎となるデータもそろっていました。ところがフェレットにはii)の人為的に遺伝子を操作する良い技術がなかったため、私たちはこの技術開発から始めました。試行錯誤の結果、マウスで用いられていた「子宮内エレクトロポレーション法」という方法をフェレット用に改変することで、フェレットの大脳での遺伝子の人為的操作ができるようになりました [2, 3]。

マウス脳(左)とフェレット脳(右)

上で述べた2つの条件がクリアできたので、シワをつくる遺伝子Xを探し始めました。大脳皮質のなかで脳回(シワの膨らみ部分)が作られる場所に集積している遺伝子を探したところ、「Tbr2」という遺伝子が候補に挙がってきました。Tbr2は脳回が作られる場所に多く集積していたので、脳回を作るために重要な遺伝子ではないかと考えたのです。この考えを検証するため、フェレットの大脳でTbr2の働きを抑制し、シワに影響があるか調べてみたところ、Tbr2が働かないと脳のシワがうまく作れないことがわかりました! この結果は、Tbr2がシワを作るための重要な遺伝子であることを意味しています [4]。現在、Tbr2の働きを抑制したフェレットを用いて、シワができるための仕組みを詳細に調べています。

また、これまで解析が難しかった病気の成り立ちも調べています。上で述べたように、多小脳回症は脳のシワが異常に多くなる病気です。患者さんから脳をいただくわけにはいかないため、病気の成り立ちを調べるときには、この病気を持つ動物を作成し、調べることが不可欠です。ところが上で述べたように、マウスには大脳にシワが見られないことから、多小脳回症をもつマウスの作成が困難でした。過去に他のグループの研究から、多小脳回症をもつ患者さんでは「FGFR3」という遺伝子に異常があり、FGFR3の働きが過剰になっているとの報告がされていました。そこで私たちは、FGFR3を活性化するFGF8遺伝子をフェレットの大脳に導入してみました。すると、フェレットのシワが異常に増え、多小脳回症を再現できることがわかりました![5]。この動物の脳を詳しく調べてみると、おもしろいことにTbr2が増えていることがわかりました。やはり、Tbr2はシワをつくるための重要な遺伝子だと思われます。

右大脳に多小脳回を作成

おわりに

私たちは、発達した脳を持つフェレットに着目して、遺伝子を操作する技術を確立してきました。そして、この技術により、これまで研究が難しかった大脳のシワができる仕組みや、シワに異常がみられる病気の成り立ちについて、研究することが可能になってきたのです。これまでに、Tbr2がシワに重要であることや多小脳回症の成り立ちがわかってきましたが、まだまだシワにはおもしろい謎がたくさんあります。「賢いひとは脳にシワが多いの?」という問いに対して、シワに異常がみられるとどのような症状が見られるのか、動物レベルでの研究をしていきたいと思います。また、多小脳回症以外のさまざまなシワの病気についても、詳細に調べていきたいと思います。

私たちは、このような研究を一緒にする大学院生や研究員の仲間を探しています。もし興味のある人がいらっしゃれば気軽に私までご連絡ください。なお研究室のホームページもしくは私のFacebookから研究室の様子はご覧頂けますので、興味があればぜひ!

参考文献

1. Kawasaki H, Crowley JC, Livesey FJ, et al. Molecular organization of the ferret visual thalamus. J Neurosci. 2004;24:9962-70.
2. Kawasaki H, Iwai L, Tanno K. Rapid and efficient genetic manipulation of gyrencephalic carnivores using in utero electroporation. Mol Brain. 2012;5:24.
3. Kawasaki H, Toda T, Tanno K. In vivo genetic manipulation of cortical progenitors in gyrencephalic carnivores using in utero electroporation. Biol Open. 2013;2:95-100.
4. Toda T, Shinmyo Y, Dinh Duong TA, et al. An essential role of SVZ progenitors in cortical folding in gyrencephalic mammals. Sci Rep. 2016;6:29578.
5. Masuda K, Toda T, Shinmyo Y, et al. Pathophysiological analyses of cortical malformation using gyrencephalic mammals. Sci Rep. 2015;5:15370.

この記事を書いた人

河崎 洋志
河崎 洋志
金沢大学 医学系 脳神経医学研究分野 教授/大学時代はラグビー部。4年間、神経内科で臨床診療をしたあとで、脳研究の道に入りました。一緒に実験をする仲間を歓迎していますので、私たちの研究に興味にある人は気軽にご連絡ください。