パーキンソン病は早期発見できるのか? – バイオマーカー「酸化DJ-1」から切り開く難病治療の未来
パーキンソン病はなぜ発症するのだろうか?
手足のふるえや姿勢が維持できなくなるパーキンソン病は、アルツハイマー病に次いで、患者数の多い神経変性疾患です。主なリスクファクターは加齢であり、60歳以上では100人に1人が発症することが知られています。これまでの研究では、反応性の高い酸素である「活性酸素」が、ドパミン神経に影響を与えることで、パーキンソン病の発症につながると考えられてきました。しかしながら、その詳細は明らかではなく、活性酸素を除去するパーキンソン病の治療法は確立されていません。
私たちの体内で消費される酸素の内、数%は反応性の高い活性酸素になることが知られており、体内では常に活性酸素が生じています。一方、体には活性酸素を除去する「抗酸化システム」が存在しており、生成する活性酸素を常に除去し、体を活性酸素から防御しています。特に、DJ-1遺伝子は、活性酸素から体を守る重要な働きをしており、もしDJ-1の遺伝子配列に変異が起こり、その機能が低下すると、遺伝性の「家族性パーキンソン病」を発症することが知られています。
また、活性酸素によりDJ-1が酸化されると、「酸化DJ-1」が生じることが知られています。酸化DJ-1レベルの増加は、活性酸素の増加を意味すると考えられており、これまでの私たちの研究から、パーキンソン病患者の脳内でも酸化DJ-1レベルが増加することが明らかとなっています(文献:Saito, Y. et al. J. Neuropath. Exp. Neurol. 73, 714–728, 2014より)。
パーキンソン病患者の血液中では酸化DJ-1が増加する
私たちの研究グループは、パーキンソン病と活性酸素、酸化DJ-1の関連性に着目し、酸化DJ-1に特異的に結合するモノクローナル抗体を作成して、酸化DJ-1の測定方法を開発しました。150名のパーキンソン病患者および33名の健常人について、血液中の酸化DJ-1レベルを測定した結果、治療を開始する前の早期パーキンソン病患者(未治療パーキンソン病患者)の赤血球中で、酸化DJ-1レベルが増加することを発見しました。
発症してからの年数と酸化DJ-1レベルをみると、酸化DJ-1高値の患者が発症してからの年数が短い時期に見られることがわかります。
さらに、赤血球中の酸化DJ-1レベルの増加は、パーキンソン病モデル動物として用いられる神経毒MPTPを投与したカニクイザルでも見られました。
以上の結果から、赤血球中の酸化DJ-1レベルがパーキンソン病の早期に増加することが明らかとなりました。
酸化DJ-1と20Sプロテアソームが相互作用する
さらに、赤血球中に検出された酸化DJ-1の分子量の大きさを測定しました。その結果、未治療パーキンソン病患者の赤血球中に、特徴的な高分子型の酸化DJ-1を発見しました。
高分子酸化DJ-1をさらに分離して、含まれているタンパク質を質量分析法により解析しました。その結果、タンパク質を分解する20Sプロテアソームが検出されました。この結果から、パーキンソン病患者の赤血球で生成した酸化DJ-1が20Sプロテアソームと相互作用していると考えられました。
最近、DJ-1が20Sプロテアソームと相互作用し、タンパク質分解反応を抑制することが報告されました(Nat. Commun. 6, 6609, 2015)。また、パーキンソン病患者の赤血球には、異常タンパク質が蓄積することが報告されています(Neurobiol. Dis. 33,429–435, 2009)。今回の私たちの発見と考え合わせると、赤血球中で生じた酸化DJ-1が20Sプロテアソームと相互作用し、タンパク質分解を抑制して異常タンパク質の蓄積に関与する可能性が考えられました。
パーキンソン病の早期診断・早期治療に向けた今後の展開
本研究により、早期パーキンソン病にあたる未治療パーキンソン病患者の赤血球中において、酸化DJ-1レベルが増加することが明らかとなりました。この結果から、パーキンソン病の早期において、活性酸素による生体分子の酸化が亢進していると考えられます。今回の結果から、酸化DJ-1レベルを指標(バイオマーカー)とした早期診断、さらに積極的に活性酸素を除去する抗酸化治療への発展が期待されます。
論文はこちら
“Oxidation and interaction of DJ-1 with 20S proteasome in the erythrocytes of early stage Parkinson’s disease patients”(早期パーキンソン病患者の赤血球中におけるDJ-1の酸化および20Sプロテアソームとの相互作用)
この記事を書いた人
- 同志社大学生命医科学部准教授。薬学博士。1973年宮城県古川市(現在、大崎市)生まれ。北海道大学大学院薬学研究科博士後期課程修了。2000年〜2002年、日本学術振興会特別研究員として、血漿セレン含有タンパク質の研究に従事。2002年〜2008年、産業技術総合研究所研究員(ヒューマンストレスシグナル研究センター)として、酸化ストレス・バイオマーカーの研究に従事。2008年、同志社大学生命医科学部専任講師。2013年より、現職。趣味:スポーツ観戦(アメフト)、剣道(3段)