海洋物質循環の起点である窒素固定生物の生存戦略とは?

微細な海洋の植物プランクトンは海洋の食物連鎖の起点であり、その一次生産は地球全体の一次生産の約半分を担います。また、植物プランクトンは大気中に蓄積した二酸化炭素を吸収し生物ポンプを介して炭素(C)を深層に貯蔵することにより、海洋の炭素や窒素(N)など生物活動に関わる元素の循環を駆動しています。

海洋の一次生産の多くは窒素により律速されていることから、将来の海洋生産性を明らかにするためには植物プランクトンを介した窒素の収支を明らかにすることが重要です。海洋の窒素固定生物は多くの植物プランクトンが利用できない大気中のN2ガスを利用可能なアンモニア(NH4+)に還元して植物プランクトンに供給するため、海洋生態系とそれを介した生物地球化学循環の起点といえます。

しかし、海洋の窒素固定の推定値および分布に関してはいまだに活発な議論が続いています。分類学的に多様な窒素固定生物は広域に分布しており、必要なエネルギーを賄うために異なる環境では異なる戦略を持つと考えられますが、それらの生理学的戦略が生態学的ニッチにどのように影響を与えるのかについてはまだ多くの謎が残ります。

窒素固定を休むという選択を新たに発見

我々は2種の単細胞性窒素固定能を持つ海洋性シアノバクテリアCrocosphaera watsonii PS0609およびCyanothece sp. ATCC51142のクローン株に同位体ラベルした15N2ガスおよびH13CO3イオンを取り込ませて二次イオン質量分析計NanoSIMSで解析し、これらの元素が細胞内に取り込まれる様子を調べました。

窒素固定を担うニトロゲナーゼは酸素と接触することで不可逆的に失活してしまうため、これら単細胞性の窒素固定者は昼間に光合成を行って炭素を細胞内に蓄積し、夜間に呼吸を介して細胞内の酸素濃度を下げると同時にATPを生成し、生成されたATPを使って窒素固定を行います。この解析から13Cや15Nの取り込みの活性が細胞ごとで異なること、全体の約20-40%の細胞は15Nを取り込まないこと、15Nを取り込まない細胞でも13Cを取り込んでいることがわかりました。

Crocosphaera watsoniiの窒素-炭素代謝の日周変化を示すNanoSIMS画像:Crocosphaera watsoniiは暗期に窒素固定、明期(1-12L)に光合成を行う。暗期には窒素固定を活発に行う細胞と活性のない細胞(青色矢印、暗期)が存在した。窒素固定を活発に行う細胞には窒素貯蓄物(白色矢印)も観察された。暗期に窒素固定を行わなかった細胞(青色矢印、明期)でも活発な光合成が認められた。

さらに数値モデル(Cell Flux Model)を用いた計算により、窒素固定をしない細胞が存在することで、すべての細胞が窒素固定する場合に比べて、コミュニティとして消費する炭素の量を減らすことができることを示しました。

Cell Fluxモデルの概念図:炭素とエネルギーの収支から窒素固定活性の不均一の影響を見積もり、活性を持たない細胞(非窒素固定細胞)が存在する方が、存在しない場合と比べてコミュニティとしてのエネルギーを節約できることが示された。

窒素固定を行うためには細胞内の酸素濃度を最小限にとどめる必要があり、そのためには多くの炭素が必要です。炭素消費を一部の細胞に任せて窒素固定した細胞が排出したアンモニアを別の細胞が利用することで、コミュニティとして必要な炭素消費を減らすことができると考えられます。

省エネ戦略によって分布範囲の拡大が可能に

さらにCell Flux Modelを用いたモデル解析でCrocosphaera watsoniiでは増殖速度(μ)が低いほど炭素の節約量が大きくなり、全体の細胞の約60%が窒素固定を休むことでコミュニティとしての炭素の消費を30%以上節約できること、こうした節約によって光の少ない深層まで分布を拡大できることがわかりました。

推定されるCrocosphaeraの鉛直分布:窒素固定しない細胞がいること(不均一)で、いない場合(均一)に比べてCrocosphaeraの分布を下方に拡大できている可能性がある。Depth(深さ):一般的な低緯度の海洋における水面からの深さ、μ(増殖速度):細胞の成長速度。Hetero.(不均一)の方がより深い場所での細胞成長が可能であることをこの図は示している。

深層では窒素固定生物の増殖の律速要因であるリン酸塩濃度が表層に比べて高いので、深層への分布拡大は光合成活性を下げて酸素発生を抑制すると同時に、リン酸塩の利用効率を上げることになります。これらの結果は、単細胞性の窒素固定生物の省エネで窒素を有効活用する優れた戦略を示していると考えられます。

全球の窒素・炭素循環の見積もりに向けて

これまでの窒素循環の見積もりでは生物の代謝活性を均一と仮定し、窒素固定生物は植物プランクトンへのアンモニア供給者として扱われてきました。一方、近年前述のような窒素固定の不均一性は、海洋から採取した試料からも報告されています。

これまでに我々は単細胞性窒素固定生物が窒素固定とアンモニアの取り込みを両立することを確認し、モデル解析によりアンモニアの利用が単細胞性窒素固定生物のニッチを拡大する可能性を示してきました。このため、地球全体の窒素固定活性および窒素・炭素循環の見積もりが修正される必要があると考えています。生理学的生存戦略の理解が、より正確な全球レベルの窒素炭素循環見積もりの糸口になると期待しています。

本研究はNature Researchが提供するオープンアクセス・ジャーナルCommunications Biology誌に掲載されており、以下よりダウンロードいただけます。
https://www.nature.com/articles/s42003-020-0894-4.pdf

参考文献

  • Masuda T., Inomura K., Takahata N., Sano Y., Shiozaki T., Prášil O., Furuya K. Heterogeneous nitrogen fixation rates confer energetic advantage and expanded ecological niche of unicellular diazotroph populations. Communications Biology, 3:172, doi:10.1038/s42003-020-0894-4 (2020).
  • Inomura K., Masuda T., Gauglitz J.M. Active nitrogen fixation by Crocosphaera expands their niche despite the presence of ammonium – A case study. Sci. Rep. 9:15064, doi.org/10.1038/s41598-019-51378-4 (2019).
  • Masuda T., Furuya K., Kodama T., Takeda S. and Harrison P.J. Ammonium uptake and dinitrogen fixation by the unicellular nanocyanobacterium Crocosphaera watsonii in nitrogen-limited continuous cultures. Limnol. Oceanogr. 58, 2029–2036, doi:10.4319/lo.2013.58.6.2029 (2013).

この記事を書いた人

増田 貴子, 井之村 啓介
増田 貴子, 井之村 啓介
増田 貴子(画像左)
チェコ科学アカデミー微生物研究所 研究員、博士(農学)
北海道大学水産学部卒業、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。同大学院特任研究員を経て2013年より現職。現在は光合成研究室でシアノバクテリアの光合成と窒素固定の関係について研究を進めています。

井之村 啓介(画像右)
ワシントン大学 研究員、博士(気候物理化学)
2009年九州大学農学部卒業。2011年九州大学生物資源環境科学府修士課程修了。2016年マサチューセッツ工科大学博士課程修了。同大学博士研究員を経て2017年より現職。2011年より細胞代謝モデル(Cell Flux Model)の構築を行い、本モデルを用いて微生物代謝の解析を行っています。
https://www.inomura.com/