惑星の周りのガス円盤

太陽のような恒星が誕生して間もないころには、余ったガスや塵がその周りを平たく回転しながら漂い、原始惑星系円盤を形成します。原始惑星系円盤の主成分は水素ガスで、その中にわずかに含まれる塵から、地球のような岩石惑星や木星のようなガス惑星のコアが形作られたと考えられています。

私たちの太陽系も、46億年ほど前にさかのぼると原始太陽系円盤が広がり、その中で、地球や火星、土星などのおなじみの惑星たちが形成されていたのでしょう。同じように、ガス惑星の集積過程でも、固体のコアができるとその周りにガスが回転しながら円盤状に集まります。そして、今度はその中で衛星が形成されます。

衛星がどのように成長していくかは、惑星の周りのガス円盤の中に、どれくらい塵や石ころが含まれるのかという材料供給の状況や、ガス円盤自体の状態や構造といった環境によって変化します。残念ながら、太陽系の土星や木星の周りにガス円盤があった時代にさかのぼって当時の状態を見てくることはできないため、惑星科学者は数値シミュレーションや理論モデルを用いて、過去の状況を予想しながら研究を進めています。

原始太陽系円盤で形成中の土星の周りにガスが円盤状に集積し、その円盤の中で衛星が誕生しつつある様子のイメージ図 (c)名古屋大学

生まれたての衛星の運命

惑星周囲のガス円盤内で形成された衛星は、一つ所にとどまらず、ガスから重力を介してトルク(回転方向にかかる力のようなもの)を受けて、その軌道をゆっくりと変化させます。この軌道移動の向きや速さは衛星の大きさやガス円盤の温度・密度構造によって決まります。そして、ガスがそこにあり続ける限りは、衛星の軌道は移動し続けます。

小さく軽い衛星の場合は、ゆっくりと非常に長い時間をかけて軌道が変化していきます。しかし、重い衛星の場合には、軌道移動は深刻な問題となります。これまでの研究で考えられてきたようなガス円盤内では、巨大衛星と呼ばれるような重い衛星の軌道はどんどん惑星に近づいていき、あっという間に惑星に飲み込まれてしまいます。

そうならないために、惑星に近付いていく衛星の軌道移動を食い止める方法がいくつか考案されてきました。それらのメカニズムでは、ひとつ衛星を救うと、ほぼ自動的に後続の衛星も救うことができます。これは、木星のように巨大衛星が複数ある衛星系の形成を説明するにはもってこいです。一方で、土星のように巨大衛星がタイタンひとつの衛星系の成り立ちを説明することはできません。

ハッブル宇宙望遠鏡が捉えた土星衛星のトランジット画像。右上に見える一番大きな衛星がタイタン (c)NASA/ESA/Hubble Heritage Team (STScI/AURA)

タイタンはもともとひとりっ子?

土星の周りにはたくさんの衛星があります。そのなかでもタイタンはひときわ大きく、太陽系の衛星のなかでも存在感を放っています。最近では、NASAとESAの探査機カッシーニに搭載されたホイヘンス・プローブという惑星探査機が着陸したことでも注目を集めています。そんなタイタンですが、どのようにして前述の軌道移動を生き残ったのか、そしてその際に、どうして他に巨大衛星が生存しなかったのかについては謎に包まれたままでした。

従来の衛星形成の理論を土星系に適応すると、土星とタイタンのように、巨大衛星がひとつだけの系を実現させるには、衛星がひとつ生まれると、その衛星は次が生まれるまでに惑星に飲み込まれてしまうような環境だったと考えるしかありませんでした。

つまり、タイタンはいくつかの兄弟と共に生まれるわけではなく、生まれたときからひとりっ子だったという説ですが、衛星の成長にかかる時間と軌道移動にかかる時間を見積もった研究からは、タイタンには同時期に生まれた兄弟がいたであろうことが示唆されます。なお、小さくて軽い衛星の形成には諸説あり、ここでは巨大衛星にだけ注目しています。

安全地帯に一時避難

長年の謎だった土星-タイタン系の成り立ちを解明するために、国立天文台の荻原正博特任助教と共同研究を始めました。まずは土星の周りに集積するガス円盤の構造について計算しました。最終的な衛星の軌道位置は円盤ガスが散逸しきった際に決まると考えられるため、散逸によってガスが薄くなっていく効果も考慮して、密度や温度が時間と共に変化していく様子をモデル化しました。

そして次に、そのような円盤内での巨大衛星の軌道移動の向きを推定しました。すると、土星の近くでは、衛星は土星に近づく向きに移動することが予想される一方で、少し遠くの軌道には、土星から遠ざかる向きに軌道移動する領域があることが判明しました。我々は、この領域がいわば「安全地帯」の働きをし、タイタンが土星に飲み込まれないようにするのに一役買うのではないかと考えました。

実際に、国立天文台の計算サーバを用いて衛星同士の重力相互作用などを考慮したシミュレーションを行い、複数の兄弟と共に誕生した衛星たちの軌道進化を調べたところ、内側の軌道のものはすべて土星に飲み込まれ、一番外側に位置していた衛星のみが「安全地帯」に一時避難し、円盤ガスが散逸するまで生き残るという進化過程が見つかりました。こうして、タイタンがいかにしてひとりぼっちになったかについて説明を与えることに成功しました。

本研究で使用した国立天文台の計算サーバ (c)国立天文台
巨大衛星がひとつだけ形成されるメカニズムの模式図。惑星周囲のガス円盤の中で塵などが集積し、巨大衛星へと成長する。内側の衛星は中心の惑星に飲み込まれてしまい、「安全地帯」に一時避難したものだけが円盤ガスが散逸するまで生き残る (c)国立天文台

ここで重要な働きをした「安全地帯」はどのような条件でも確実に存在するわけではなく、いくつかの条件が満たされたときに現れます。また、衛星移動の向きが外向きの領域がすべて「安全地帯」として機能するわけでもありません。このことから、我々は、本研究の結果をもとにタイタン形成時の状況を逆算できるのではないかと考えています。

たとえば、今回考えたよりもさらに外側の軌道でも衛星が効率よく成長できる場合には、複数の衛星が最後まで生き残りやすくなります。しかし、実際には巨大衛星はタイタンのみなので、我々の結果は惑星から遠すぎると材料不足のため衛星が効率的に成長できないという説を支持することになります。

これまでは惑星の周りのガス円盤に関しては理論研究が先行していましたが、ここ数年で、形成中の系外惑星の周りのガス円盤が検出されるなど、観測からもデータが得られるようになってきています。そして観測技術の発展とともに、今後どんどん検出例が増えていくことが予想されるため、ガス惑星はもちろん、衛星の形成環境に関する研究が飛躍的に進むことが期待されます。このようなエキサイティングな時代に立ち会えるのは非常に喜ばしいことです。また、系外衛星が続々と発見されてくる日もそう遠くはないかもしれません。

参考文献
Yuri I. Fujii & Masahiro Ogihara, 2020, “Formation of single-moon systems around gas giants,” Astronomy & Astrophysics, 635, L4

この記事を書いた人

藤井 悠里
名古屋大学高等研究院/理学研究科 特任助教。
2015年、名古屋大学大学院理学研究科素粒子宇宙物理学専攻博士課程修了。東京工業大学地球生命研究所(ELSI)研究員、デンマーク王国ニールス・ボーア研究所研究員を経て2017年より現職。惑星や衛星の形成過程やその環境に興味を持って研究している。