ハリセンボンにヒントを得た超撥水材料 – 高い耐摩耗性・変形耐性を実現
超撥水性とは?
自然界では蓮の葉が超撥水性を示すことが知られています。撥水性は、静的環境下で水滴を表面に接触させたときの角度で評価されます。このときの接触角θは、固気界面に働く界面張力、気液界面に働く界面張力、固液界面に働く界面張力の3つの力の釣り合いで定まります。これは、ヤングの式として知られ、θが小さい場合その表面は水に濡れやすく、θが大きい場合水に濡れにくい状態にあります。
特に、水滴接触角が150度を超える場合、その表面は超撥水性であると呼ばれます。蓮の葉は、ナノ-マイクロメートルスケールの疎水性凹凸構造を有しており、この凹凸構造の表面と水滴の間にトラップされた微細な空気の圧力が水滴を押し上げることによって、超撥水性を発現します。
超撥水性表面を維持するための基本戦略
蓮の葉の表面構造を模倣して、これまで多くの超撥水材料が作成されてきましたが、この表面の凹凸構造は非常に微細なため、超撥水材料は機械的外力によって容易に表面構造が壊れ、超撥水性を失ってしまいます。そのため多くの超撥水材料にとって、耐久性が実用化に向けたボトルネックになっており、特に摩耗耐性や曲げ耐性のある超撥水性材料の構築が求められています。
超撥水性を維持するには、疎水性の凹凸構造を維持することが鍵となります。このための戦略は基本的に、(1) 自己修復機能、(2) 自己相似構造、(3) 衝撃緩和機能、の3つに大別されます。
(1) は、生態で見られるような自己治癒能力を材料に付与する戦略です。たとえば植物の葉は裂傷を受けると、傷口で細胞分裂に伴う細胞増幅が開始されて傷口を修復します。人工的には、あらかじめ材料内部に埋め込まれていた疎水性分子が裂傷により表面に染み出す仕組みを使った例がありますが、疎水性に加えて凹凸表面を修復することは極めて困難です。
(2) は、スポンジのような繰り返し構造を材料に付与することです。表面構造の裂傷により新たに露出した表面も裂傷前と同等の凹凸構造を持つため、表面構造の維持が可能です。(3) は、凹凸構造そのものを物理的に損傷しにくい材料にする戦略です。凹凸構造そのものを柔軟で弾性を有する材料にすることで衝撃を緩和したり、逆に頑強にして壊れにくくしたりすることにより、凹凸構造を破壊から守ります。
ハリセンボンに着想を得た材料
我々は、ハリセンボンの表皮をヒントに高耐久な超撥水材料を開発しました。ハリセンボンの表皮は、テトラポッド型の剛直なトゲ(鱗)と柔軟性に富んだ皮膚から構成されています。ハリセンボンのCTスキャン像を見ると、テトラポッド構造が体表を覆っていることがわかります。
この複合構造に倣い、テトラポット型の無機ナノ材料(酸化亜鉛)を柔軟なシリコーン樹脂中で架橋した材料を作製しました。電子顕微鏡で材料表面を観察したところ、剛直な無機ナノ材料によるトゲ構造が高密度で表面に充填された構造を形成していることがわかりました。
この材料は、表面の棘状構造の密度を制御することで超撥水性を示します。テトラポッド型酸化亜鉛とシリコーン樹脂の有機溶媒懸濁液をスプレーによりさまざまな材料表面にコーティングすることができます。コーティングされた材料表面は、水滴によってまったく濡れることなく、水滴を弾く様子が高速度カメラによってとらえられました。
本研究では、棘状構造が蓮の葉表面と同じような超撥水性の発現条件を満たすことも理論計算によって明らかにしました。この材料は、上記の超撥水性の高耐久性の基本戦略の(2) 自己相似構造と(3) 衝撃緩和機能を併用しています。
超撥水材料の耐久性
この超撥水材料は、テトラポッド型構造体の積層によって形成された3次元ネットワークであり、数マイクロメートルの貫通孔を持つ柔軟な多孔体です。この材料は、ある特定の形の鋳型に流し込んだり、カッターナイフで出来上がった材料の不要部分を削ぎ落としたりすることで、さまざまな形に成形することもできます。
さらにこの材料は、擦る、引っ掻くといった外力によって表面構造が損なわれても、下層の棘状構造が露出し、新たに凹凸構造を形成することが明らかになりました。このため、この材料のどこを切っても新たに露出した表面は超撥水性を示します。また、曲げや捻りによって変形した場合でも、材料内部から棘が表面に浮き出し凹凸構造の間隔を間延びさせないため、撥水性を維持することができました。
超撥水材料の新たな用途開発を目指して
本研究では、(i) 無機材料の剛直性、(ii) 有機材料の柔軟性、(iii) 万一の損傷時に凹凸構造が新規露出するテトラポッド型の積層構造を併せ持つことで、優れた機械耐久性を示す超撥水材料の設計に成功しました。
今回開発した超撥水材料は、無機ナノ材料と汎用性樹脂を混ぜて練り合わせるのみで機能が発現することから、従来の樹脂成形や塗装技術を適用することができます。今後、この成果を“耐久性”がボトルネックとなることで実用化が妨げられてきた超撥水分野に適用します。特に、流体抵抗を低減するための船底塗料など、新たに超撥水材料の用途開発を目指していきたいと考えています。
参考文献
Yamauchi, Y.; Tenjimbayashi, M.; Samitsu, S.; Naito, M. ACS Appl. Mater. Interfaces, 2019, 11, 32381.
この記事を書いた人
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山内 祥弘 (写真右)
物質・材料研究機構 若手国際研究センター ICYS研究員
内藤 昌信 (写真左)
物質・材料研究機構 統合型材料開発・情報基盤部門
データ駆動高分子設計グループ グループリーダー
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