極限宇宙を観る次世代の天文学を目指して

宇宙空間に存在する放射線は宇宙線と呼ばれ、1秒間に手のひらに約1個という頻度で絶え間なく地上に到来しています。1912年の宇宙線の発見から1世紀以上にわたる宇宙線観測実験により、1年間に琵琶湖の面積に約1個というとても低い頻度ですが、その宇宙線のなかには人類未踏の宇宙最大のエネルギー(1020 eV)を有する「極高エネルギー宇宙線」が存在することが明らかになりました。

このエネルギーは世界最大の粒子加速器での到達エネルギーより7桁も大きく、宇宙のどこかに爆発的なエネルギーを生み出す発生源があると考えられています。発生源の候補として、宇宙最大の爆発現象であるガンマ線バースト、大質量ブラックホールを持つ活動的な銀河の中心、もしくは宇宙でもっとも強い磁場を持つ強磁場星といった極限宇宙現象が挙げられていますが、これまでの観測では明らかになっていません。

さらには、荷電粒子である宇宙線は宇宙磁場で曲げられてしまいますが、極高エネルギー宇宙線は宇宙磁場の中をほぼ直進するため、その到来方向が発生源を指し示すことが期待されています。そのため、極限宇宙を観るための次世代の天文学「極高エネルギー宇宙線天文学」を達成できると考えられています。

極高エネルギー宇宙線による次世代天文学の概念図。低エネルギー宇宙線は磁場で曲げられてしまうが、極高エネルギー宇宙線は宇宙空間をほぼ直進するため、その到来方向が発生源を指し示すと考えられている。背景にある天体は活動銀河核や星形成が活発な銀河、強磁場星といった発生源の候補天体を示している。
Image credit: Ryuunosuke Takeshige and Toshihiro Fujii (Kyoto University)

極高エネルギー宇宙線のこれまでの観測成果

現在稼働中の極高エネルギー宇宙線観測装置は、北半球と南半球に1地点ずつ存在します。北半球では、米国ユタ州にあるテレスコープアレイ実験(http://www.telescopearray.org)が、700 km2の範囲に到来する宇宙線を定常観測しています。

テレスコープアレイ実験サイトの空撮写真。街明かりの影響が少ない砂漠地帯にあり、広大な範囲に到来する宇宙線を定常観測している。

南半球では、アルゼンチンにあるピエールオージェ観測所(https://www.auger.org)が、3000 km2の検出面積で同じく観測を行っています。

下の図に示すように、テレスコープアレイ実験は2014年に5.7×1019 eV以上の宇宙線が、おおぐま座付近の直径約40度の領域に極高エネルギー宇宙線が集まっている兆候を報告しました。またピエールオージェ観測所は2017年に低いエネルギーである(=磁場でより曲げられやすい)8×1018 eV以上の宇宙線が、天の川銀河の中心方向とは大きく離れた方向から多く到来している観測結果を報告し、天の川銀河より遠方の発生源を示唆する結果を示しています。

テレスコープアレイ実験から報告された5.7×1019 eV以上の宇宙線がおおぐま座付近に集まっている兆候と、ピエールオージェ観測所から報告された8×1018 eV以上の宇宙線が、天の川銀河中心から大きく離れた方向から多く到来している測定結果。

しかし、テレスコープアレイ実験とピエールオージェ観測所によって10年以上の極高エネルギー宇宙線の定常観測が実施されていますが、発生源についての決定的証拠は得られていません。

極高エネルギー宇宙線を観測する新型宇宙線望遠鏡を開発

極高エネルギー宇宙線は、地球大気との衝突によって約100億個という大量の二次粒子を生成して地表に到来します。これまでの観測ではこの二次粒子を、地表に等間隔で並べた粒子検出器アレイ、もしくは大気中で発生する蛍光発光をとらえる望遠鏡で計測してきました。

地球大気に入射する極高エネルギー宇宙線の観測手法の概念図。地表に入射した宇宙線が作り出す大量の二次粒子群を、地表に等間隔で並べられた粒子検出器で観測する手法が一般的に使用されている。今回開発した新型の宇宙線望遠鏡は、低コスト型の望遠鏡を従来よりも広い間隔で設置することで宇宙線の年間観測事象数を1桁以上増加させる可能性を持つ。
Image credit: Ryuunosuke Takeshige and Toshihiro Fujii (Kyoto University)

しかし、極高エネルギー宇宙線は、1年間に琵琶湖の面積に約1個という非常に低い頻度でしか到来しないため、極高エネルギー宇宙線天文学を確立するには現在よりも1桁大きい範囲に到来する宇宙線を観測する必要があります。そのため、既存の観測装置を用いて単純に拡張する方法では予算・管理の面からも現実的ではなく、新しい宇宙線の観測手法の確立が喫緊の課題となっていました。

今回我々が開発した新型の宇宙線望遠鏡は、直径1.6 mという小型の集光部と4本の直径20 cmの光電子増倍管からなる極高エネルギー宇宙線の観測に特化した低コスト型の設計です。本研究では、テレスコープアレイ実験の観測サイトにこの新型宇宙線望遠鏡を3基設置し、極高エネルギー宇宙線の観測に成功しました。

本研究で新たに開発し、テレスコープアレイ実験サイトに設置した3基の新型の宇宙線望遠鏡

さらに、全視野型可視光カメラによる天候の確認と、遠隔地からの操作による宇宙線の自動観測を達成しました。これにより、コストを抑えつつ管理の容易な観測手法を確立することができました。

2019年4月には、ピエールオージェ観測所にも新型宇宙線望遠鏡を1基設置し、観測を開始しました。同一の望遠鏡を南北半球の異なる観測サイトに設置したことで、テレスコープアレイ実験とピエールオージェ観測所でこれまで観測された極高エネルギー宇宙線の観測結果を検証するためにも使用されます。

今後の展開

我々は今後、今回開発した新型宇宙線望遠鏡を20 km間隔で複数地点に設置することで、1桁大きい範囲に到来する極高エネルギー宇宙線を定常観測する将来計画Fluorescence detector Array of Single-pixel Telescopes(FAST)実験(https://www.fast-project.org)の実現を目指しています。

このFAST実験では極高エネルギー宇宙線の年間観測事象数を現在の10倍以上に増やすことで、極高エネルギー宇宙線の発生源を突き止め、次世代の天文学の確立を目指します。今後は自立したソーラーパネルとバッテリーによる電力供給と低電力なデータ収集システムの開発により、完全に自立稼働できる観測装置として新型宇宙線望遠鏡の開発を継続していきます。

参考文献

  • “Indications of intermediate-scale anisotropy of cosmic rays with energy greater than 57 EeV in the northern sky measured with the surface detector of the Telescope Array Experiment”, Telescope Array Collaboration , The Astrophysics Journal Letters, 790, 21, (2014)
  • “Observation of a large-scale anisotropy in the arrival directions of cosmic rays above 8 × 1018 eV”, Pierre Auger Collaboration, Science 57, pp1266-1270. (2017)
  • “The First Full-Scale Prototypes of the Fluorescence detector Array of Single-pixel Telescopes”, M. Malacari et al., Astroparticle Physics 119 (2020) 102430

この記事を書いた人

藤井 俊博
京都大学白眉センター/大学院理学研究科宇宙線研究室 特定助教。
奈良県出身、2012年大阪市立大学大学院後期博士課程にて博士(理学)取得、その後、シカゴ大学カブリ宇宙物理学研究所、東京大学宇宙線研究所を経て2018年より現職。専門は極高エネルギー宇宙線観測。趣味は写真、自転車、ランニング、世界遺産散策。猫派。