生態系から人への自然の恵み「生態系サービス」の経済価値

美しい自然の風景やそこでのレジャー体験、美味しい海や山の幸が取れる自然環境に、いくらの価値があるのでしょうか。これまで自然の価値はお金には代えられないと、その価値が十分に認識されてきませんでした。そのため、経済成長や人間活動の優先により、自然環境は人為的な影響を大きく受けてきました。

近年、生態系(自然環境と生物の集まり)から人への自然の恵みは「生態系サービス」と呼ばれるようになり、そのサービスの数値化や経済価値の評価が始まりました。そして、国内においても生態系の持続的利用につながる政策立案や企業活動に向けて、経済的側面からの生態系サービスの評価が進められています。

どのようにしてサンゴ礁魚類の生態系サービスを評価するか?

2016年に私が参加していた環境省のS15プロジェクトのなかで日本最大のサンゴ礁が広がる石西礁湖(西表島と石垣島の間)の生態系サービスを評価することになりました。まず、魚類の専門家である西海区水産研究所の名波敦さんに石西礁湖の50地点以上で魚類センサス調査をしてもらいました。

石西礁湖の位置とサンゴ礁魚類の潜水調査地点

そして、当時の上司である瀬戸内海区水産研究所の堀正和さんのアイデアを基に、そのデータからサンゴ礁魚類が提供する生態系サービス(の資産)の算定を始めました。私たちは魚類が提供するサービスとして、漁業、アクアリウム(鑑賞魚の供給)、ダイビング、植食魚による海藻除去(サンゴを守ることにつながる)を対象にしました。

石西礁湖内の各地点が提供するそれらのサービスの価値を算定するために、漁業では水産種のkg当たりの単価(¥)、アクアリウムでは観賞魚の1匹当たりの単価(¥)、ダイビングでは魚種の人気度ランク、海藻除去では植食魚の時間当たり摂餌量を基に計算することにしました。

水産種の単価と植食魚の摂餌量は沖縄県の漁協のデータベースや既存文献から簡単に見つけることができましたが、ダイビングの人気度と観賞魚の単価は既存のものは見当たりませんでした。そこで、この2つはネットの情報から自力で整理することにしました。まず、ダイビングについては八重山諸島と沖縄本島のダイビングショップのWebサイトをチェックし、サイト上の写真に写っている魚をひとつずつ種同定(どの種か見極めること)していきました。そして、写真に写っている回数が多い魚種ほど人気度が高いと考え、ランキング化しました。観賞魚についても国内の8つの観賞魚販売店のウェブサイトをチェックし、魚種とその単価を調べていきました。

1つひとつは単純な作業ですが、数百枚のダイビング写真と観賞魚のページをチェックするのに2〜3か月かかりました。PC画面のダイビング写真をにらめっこしながら、「みんな楽しそうだな」、「マンタとクマノミばっかりだな」、「生のマンタ見たい」と南国の海に思いを馳せていました。

2016年のサンゴの大規模白化による変化

2015年から2016年にかけて海面の高水温により、太平洋やインド洋の島々、オーストラリアのグレートバリアリーフ、琉球列島において1997-1998年以来の大規模なサンゴの白化が起きました。

2016年のサンゴの大規模白化による石垣島のサンゴ礁の変化(名波敦さん撮影)

2016年には石西礁湖でも90%のサンゴが白化し、琉球列島のなかで最もサンゴの白化の被害が大きかったと報告されています。名波さんは2016年から石西礁湖の魚類調査を始めていたため、サンゴ白化が魚類に影響を与える前にぎりぎりデータを取ることができていました。翌年も同様の地点で魚類を調査し、サンゴの白化前後の魚類のデータが揃いました。

これらのデータを用いて、サンゴの白化による魚類の種数と生態系サービス(漁業、アクアリウム、ダイビング、海藻除去)の資産の変化を石西礁湖全体で算出すると、どれも減少していることがわかりました。

石西礁湖の白化前後の魚類の種数と生態系サービスの資産の変化のマップ

そして、経済価値を算出することができた3つのサービスにおいて、石西礁湖全体で漁業は2016年の21億円から2017年の19.8憶円に、観賞魚は150.3億円から120億円に、ダイビングは414.4億円/年から362.6億円/年にその価値が減っていました(これらは各サービスによる実際の売上ではなく、魚類の分布から計算したサービスの資産額(ポテンシャル)です)。

この結果は温暖化がどれほどの経済的な損失をサンゴ礁生態系にもたらすのかを示しています。また、ここでの漁業の価値は石西礁湖に生息する水産魚を漁業者が市場で売った場合の金額を計算したものですが、さらに市場から小売店や水産加工店、飲食店、そして消費者への販売額を含めれば、より大きな価値をもつことが想定されます。

温暖化からサンゴ礁を守るために

今回の研究ではサンゴの白化によるネガティブな結果が強調されていますが、小さな希望も見出すことができました。石西礁湖のなかには国の海域公園(観賞魚の捕獲を禁止)や、NPOによるオニヒトデ(サンゴの捕食者)駆除エリア、漁業者による産卵保護地域(水産重要種の産卵期に漁とダイビングを禁止)が設定されています。

石西礁湖の海域管理のマップ

それぞれの区域で白化の前後で魚類の多様性と生態系サービスの資産がどのように変化したかを解析したところ、他の区域に比べて海域公園とオニヒトデ駆除エリアでは魚類の多様性とダイビングの価値の減少が数%ほど抑えられていました。一方、このような管理区域は魚類の種数やダイビングの価値が高かった石西礁湖の中央から西側のホットスポットには設定されていません。これらの地区でオニヒトデ駆除や海域公園の設定ができれば、将来的なサンゴ白化による生態系サービスの減少を多少なりとも緩和できるかもしれません。

地球温暖化の影響により、今後、サンゴの大規模白化の間隔はこれまで以上に短くなることが予測されています。もしそうなれば、世界中の熱帯・亜熱帯域のサンゴ礁の生態系サービスの減少はさらに加速するでしょう。温暖化に対するサンゴ礁保全の地域的な対策はもちろん重要ですが、私たち市民や企業、公的機関が温室効果ガスの排出を減らすことも未来のサンゴ礁とその生態系サービスを残すことにつながります。

参考文献
Sato, M., Nanami, A., Bayne, C. J., Makino, M., & Hori, M. (2020) Changes in the potential stocks of coral reef ecosystem services following coral bleaching in Sekisei Lagoon, southern Japan: implications for the future under global warming. Sustainability Science. https://doi.org/10.1007/s11625-019-00778-6

この記事を書いた人

佐藤允昭
佐藤允昭
水産研究・教育機構 水産工学研究所 研究員。2015年に北海道大学大学院環境科学院にて学位(環境科学)を取得後、瀬戸内海区水産研究所・研究等支援職員を経て2017年より現職。専門分野は海洋生態学。博士課程のときにはフィリピンでサンゴ礁魚類の仔魚分散(卵から孵ったばかりの仔魚がどのように海流に流されて着底するか)をフィールド調査と遺伝解析により調べていました。現在は人工魚礁、海藻藻場を主なフィールドに、魚類や海藻の生態を研究しています。