ゆっくりすべりとは?

日本列島の沖合では、東側から太平洋プレートが東日本のプレートの下へ、南側からフィリピン海プレートが西日本のプレートの下へと沈み込んでいます。この沈み込みによる海側のプレートと陸側のプレートの狭間のことをプレート境界と呼びます。プレート境界は、まれにプレートの沈み込みによるひずみを開放し、2011年に発生した東北地方太平洋沖地震のような巨大地震を引き起こします。

21世紀以降の観測技術の高度化によって、プレート境界では私たちが感じられないようなゆっくりとしたすべりを起こす地震・地殻変動現象(スロー地震と総称される)があることがわかりました。日ごろから高頻度で観測されるスロー地震を研究することで、滅多に起こらない巨大地震の解明に繋げようとする研究が盛んに行われています。

スロー地震のなかでも、最もゆっくりとすべりを引き起こし、規模が大きいものをゆっくりすべり(スロースリップイベント、SSEとも呼ばれる)と呼びます。陸域のGNSS(GPSなどの衛星測位技術のこと)やひずみ計で、陸域直下の深いプレート境界でのSSEは数多く確認されていますが、陸から遠く離れた海底下の浅いプレート境界で同様の現象を観測することは技術的に非常に困難でした。

海底の動きを測定するGNSS-A観測技術

東京大学 生産技術研究所と海上保安庁は、海溝型巨大地震震源域の海底の動きを測定するために、共同でGNSS-音響測距結合方式による海底地殻変動観測 (以下、GNSS-A観測)の技術開発を進め、定期的に観測を実施してきました。

この手法によって、海底のcmレベルの地殻変動を検出することが可能になり、2011年東北地方太平洋沖地震時の巨大な地殻変動や地震後のゆっくりとした地殻変動を海底で検出したほか、南海トラフ沿いのプレート境界の状態の推定に貢献するなど、陸域の観測のみではわからなかった地震学上の重要な現象の検出に成功しました。

GNSS-A観測の概念図。海面の船の位置はGNSS測位、海面から海底の相対位置関係は音響測距で決定し、海底の位置を測る。

私たちは近年、GNSS-A観測技術の能力向上に努め、この海底でのGNSS-A観測データからこれまで観測できなかった海底の下の浅部プレート境界で起こるSSEによる信号が検出できるかどうか、検討を続けてきました。

南海トラフの浅部SSE信号を検出

SSEによる海底の地殻変動は、GNSS-A観測データの時系列のなかに微小な変化として表れます。通常、大きな地震やSSEのようなイベントがない限り、地殻変動は安定しています。このとき、GNSS-A観測データを時系列に並べると、変動速度は一定の直線状に並びます。

SSEのようなイベントが発生すると、発生しているあいだの変動速度が変化し、データが折れ線状になります。しかし、実際のデータはノイズを含んでおり、ノイズによって変動速度が折れ線状に並んでいるかのように見える場合もあります。つまり、データに含まれるノイズとSSE由来の変化を明確に区別する必要があります。

私たちは統計的な検出手法によって、データの時系列が直線状になっているか折れ線状になっているかを判定しました。折れ線と判定された場合、その折れ曲がり部分がSSEに由来する変化、すなわち信号と考えられます。

南海トラフに設置されているGNSS-A観測用の15の観測点で得られたデータに本手法を適用した結果、浅部SSEが原因と見られる海底の動きを示す信号が7地点で検出されました。そのなかでも、室戸岬の南東側で検出された信号はマグニチュード6を超える浅部SSEの活動を示唆していました。

GNSS-A観測によって検出されたSSEを示すと考えられる信号。

浅部SSE信号と巨大地震の関係

2016年と2018年に、私たちは将来の南海トラフ巨大地震に向けてひずみをため続けているプレート境界の領域(固着域)の概観を、同じ15の観測点のデータによって解明しました。今回新しく信号を検出した7地点のデータからは、当時の研究においてひずみをためていると推定された領域(上図の緑色の領域)の周辺部でSSEが発生していると推定されます。一方、明確な信号が検出されなかった地点は、ひずみをためていると推定された領域に位置します。これらのことから、SSE発生域とひずみをためる領域は棲み分けていると考えられます。

さらに、信号を検出した地点および時期の近傍では他の小規模なスロー地震現象の活動が活発化していたこと、一方で明確な信号が検出されなかった地点では他のスロー地震の活動が低調だったことが陸域の地震観測網によって検出されており、これらの現象の関係性が示唆されます。

信号が検出された地点の多くは、南海トラフのトラフ軸近傍にあります。これらの領域は陸から遠く離れているため、これまでの陸域観測網はSSEの発生を捉えるには感度が足りませんでした。今回、GNSS-A観測によって、陸域観測網では感度の低い領域において浅部SSEに由来する信号の検出に成功したことは、地震学上重要な意義があります。小規模なスロー地震の活動がより規模の大きいSSEと相関があり、それに伴って、プレート境界のひずみをためる領域やその外側の領域の状態を知ることができる、という考え方はこれまで多くの研究者が期待し、予想してきたものです。

私たちの今回の研究は、海底地震計、ひずみ計、水圧計などの多くの観測技術で検出されている浅部スロー地震の活動が浅部SSEと関係し、その理解が巨大地震のメカニズムの解明に貢献していくことを観測的に明白に裏付けるものであり、プレート境界の理解において重要な前進なのです。

これまでに観測されているスロー地震・地震・地殻変動現象と観測技術の関係。GNSS-Aによって、これまで観測できなかったプレート境界浅部の長期的な地殻変動現象を検出できるようになった。

観測網の発展と課題

私たちの今回の研究は、今後発生する南海トラフ海底下の浅部SSEは、GNSS-A観測によって検出し続けることができることを意味しています。今後、SSEの固着状態・巨大地震への影響、発生場所による違い、他種のスロー地震との詳細な関係性などの多くの地震学・地震防災工学に関わる謎がこの観測によって解明されていくことが期待されています。

この観測は、現在は船によって実施されています。そのため、観測点1地点につき年に数回という低い観測頻度となっており、技術上の重大なボトルネックとなっています。制限された観測頻度では、今回検出したようなSSEが発生していた詳細な場所、時期や規模を決定できないという限界があります。船を使っている以上、即時的にSSEを捉えることもできません。また、今回検出された信号は5 cm以上で、発生源のSSEは比較的大きなものと考えられ、現在の観測精度からは、微小なSSEの検出が難しいことを示しています。

これらの現在の観測技術上の課題は、SSEの理解や巨大地震と沈み込み帯の解明、地震防災において障壁となっています。今後の海洋プラットフォーム工学の進展により、観測頻度・精度や即時性が高度化されていくことが期待されます。

参考文献
Yusuke Yokota and Tadashi Ishikawa “Shallow slow slip events along the Nankai Trough megathrust zone detected by GNSS-A” Science Advances Vol. 6, no. 3, eaay5786 (2020)
DOI: 10.1126/sciadv.aay5786

この記事を書いた人

横田 裕輔
横田 裕輔
東京大学生産技術研究所海中観測実装工学研究センター講師。
2013年東京大学理学系研究科博士課程修了、博士(理学)。海上保安庁海洋情報部を経て、2019年より現職。GNSS-Aと呼ばれる海底測地観測技術の高度化を進める。