「ガシャモク」の発見から始まった、青森県つがる市の無名の池での水草研究
津軽で偶然拾った謎の水草の断片
2017年6月、私たちの調査チームは、偶然訪れた青森県つがる市の無名の池(以下無名池)で、謎の水草の断片を拾いました。これが、すべての始まりでした。
当時、私たちは始まったばかりのプロジェクトで、水草の効率的な調査手法を検討する研究を行うことになり、そのための調査に適した、豊富な水草が生育する池や沼を探すための下見を行っていました。具体的には、つがる市の砂丘沿いに点在する池沼群を、過去の報告を頼りにひとつずつ回って、どのような水草が生育しているのかざっと調べるというものです。
ある調査予定の沼についたとき、私はその前の調査地でデジカメを落としていたことに気づきました。他のメンバーに調査を任せ、1人で戻って回収しているうちに、あっという間に20分も経過していました。遅れて調査に参加しましたが、すでに他のメンバーが歩いているところを調査しても目新しい発見はなさそうでした。そこで、隣接した調査予定でなかった池に足を運ぶことにし、見慣れない水草の断片が岸に漂着しているのを見つけたのです。
断片の正体 – ガシャモク
水草の断片は、葉脈がよく目立ち、柄が極端に短い大型の沈水葉(水中環境に適応した薄い葉)をつけており、この特徴はヒルムシロ属の「ガシャモク」という植物によく似ていました。
ガシャモク Potamogeton lucens L.は、その筋では有名な希少種です。国内ではかつては関東地方、琵琶湖、九州に分布し、特に関東地方では肥料に用いられるほど多産しました。しかし、これらの産地のほとんで絶滅し、現存する既知の自然集団は、とうとう福岡県北九州市のお糸池という溜池1か所のみとなってしまいました。そのお糸池でも一時期減少傾向にあった、国内では絶滅寸前の水草でした。また、葉脈の目立つ半透明の沈水葉が格好良いことから、いつか新たな自生地を見つけてみたいと夢に見ていた水草でもありました。
ですので、目の前にある断片がガシャモクであるとは俄には信じられませんでした。実際に発見した断片の形態は日本の水草図鑑の記載よりも大型でやや葉が細いようにも思われ、その場で国内の若手水草研究者数人にLINEを使って聞いてみましたが、確信は得られませんでした。ガシャモクを含むヒルムシロ属はよく種間交雑を起こすことから、何らかの雑種である可能性も考えられます。そこで、断片を何本か集めて持ち帰り、改めて検討することにしました。
研究室に持ち帰った断片について、形態、DNAの塩基配列、花粉を改めて調べました。断片の形態は、確かに日本の図鑑のガシャモクの記載よりやや大型でしたが、このような傾向は国外に分布するガシャモクにも観察され、国外の文献に記載された形態的特徴とほぼ一致しました。さらに葉緑体と核DNAの塩基配列は、国内外のガシャモクのものと同一で、また異なる種間で交雑した植物では不稔となるものが多い花粉も、正常であることがわかりました。
以上の結果から、謎の水草の断片をガシャモクと同定することができました。これまで見向きもされてこなかったつがる市の無名池は、国内2か所めとなるガシャモクが現存する自然集団の生育地となったのでした。また、この発見により、これまで知られていたガシャモクの国内の北限(群馬県)を500 km以上も更新することとなりました。もしかしたら、ガシャモクは東北地方・北海道にも生育しているのかもしれません。
ガシャモクの国内からの野生絶滅リスクを減らすことができホッとするとともに、未だ調査がなされていない池沼での地道な水草調査の重要性を再確認することとなりました。その後の調査で、ガシャモクが池の南部に十分な株数からなる集団を形成していることも確認できました。
日本新産雑種 – ツガルモク
その後の調査で、この無名池から、他にも正体不明の水草が採集されました。この水草は沈水葉が大きく葉脈が目立つ点ではガシャモクによく似ていますが、茎がよく分枝する点において異なっているように感じました。この特徴は、無名池のなかでは同じヒルムシロ属のエゾヒルムシロ P. gramineus L.によく似ていました。
上述したように、ガシャモクを含むヒルムシロ属は種間交雑をよく生じ、国内でもガシャモクを片親にもつ雑種としてインバモ P. ×inbaensis Kadonoが知られています。今回採集された水草がエゾヒルムシロとの雑種であれば国内新産となるため、ガシャモクのときと同様に慎重に同定を行う必要がありました。
無名池から改めて雑種と思われる水草、ガシャモク、エゾヒルムシロを採集して持ち帰り、形態、DNA、花粉を比較しました。その結果、雑種と思われる水草からは、ガシャモクとエゾヒルムシロの中間的な形態、ガシャモクとエゾヒルムシロの両方に見られた核DNAの遺伝型、エゾヒルムシロと同じ葉緑体DNAの遺伝型、ガシャモクよりも低い花粉稔性が見られました。
以上から、調べた水草はガシャモクとエゾヒルムシロの雑種であることが示されました。エゾヒルムシロとガシャモクの雑種には、海外では P. ×angustifolius J.Preslという学名が与えられていました。日本国内では初めての発見となったため、和名はありません。そこで、新たな和名として「ツガルモク」を提案しました。この和名は、発見された青森県つがる市と、片親であるガシャモクに因んでいます。葉緑体DNAは母系遺伝するため、少なくとも調べたサンプルはエゾヒルムシロを母系にもつことが推定されました。
網状の葉脈が目立つ沈水葉、よく分岐する茎、分岐点につく沈水葉には長い柄があるものの他には見られないことなどが、ツガルモクの主な形態的特徴です。雑種でありながら成熟した果実もよく見られたことから、戻し交雑や親種との再交雑によって、生殖能力が回復した可能性があります。
無名の池での水草調査
無名池では、ガシャモクやツガルモクの他にも多様な水草が観察されました。そこで、この池に生育するすべての水草をリストアップする水草相調査を行うことにしました。池内に生える水草の情報は今後この池を保全していくうえで重要ですし、調査によってガシャモクやツガルモクの他にも希少な水草が見つかるかもしれません。また、水辺があればそこに生えている水草を調べたくなるのが、私たちのような水草研究者の性でもあります。
2017年から2018年にかけて、無名池に定期的に通ってボートや採集器を用いて現地調査を行いました。その結果、この池にはミズオオバコ、イバラモ、エゾヤナギモ、イトモなどの合計57種類の水草が生育していることがわかりました。このうち、15種が環境省または青森県のレッドデータブックに掲載されていました。環境省レッドデータブックで絶滅危惧II類に指定されているイトイバラモやスジヌマハリイ、分布北限であるため青森県では珍しいキクモなどの希少種も見つかりました。また、外来種はキショウブが湖岸の一部に見られるだけと少なく、しばしば水辺の生態系に重大な影響を及ぼす外来水草の影響は現時点ではほとんど受けていないことが示唆されました。
次に、調べた水草相の多様性と希少性の評価を試みました。多様性は現存種数から、希少性は環境省レッドリストの種数とランクから評価することとし、日本国内の湖沼に生育する水草のデータベースを用いて、2001年以降に調査が行われた国内の66湖沼の水草相データと比較しました。その結果、無名池はともに国内4位となりました。
2001年以降に水草相調査が行われた湖沼がわずかであるため実際の多様性と希少性を示す順位とは限りませんが、この結果によって、無名池がガシャモクやツガルモクだけでなく、日本の水生植物を保全していくうえで重要な場所であることが明らかになりました。上位のほぼすべての湖沼が1 km2以上の面積をもつ大型の水域である一方で、無名池の面積がわずか0.14 km2ほどであることを考慮すると、驚くべき多様性・希少性です。
この池がこのような多様性と希少性を示すことになった理由は、今はまだわかりません。しかし、つがる市は現在も多くの水辺に多様な水草が見られる豊富な水草の種子源がある地域と思われます。また、比較的最近に湿地を掘削して池が誕生した結果、多様な環境を内包するようになったこと、環境が安定しておらず一時的に多様性・希少性が上がっていることなども影響しているかもしれません。今後、環境が変化していく可能性も十分考えられます。継続的な調査によって経過を見守りつつ、理由を探っていく必要があるでしょう。
おわりに
青森県つがる市での一連の研究によって、日本から絶滅寸前だった希少種ガシャモクや日本新産となる雑種「ツガルモク」を発見し、この池の水草相が高い多様性と希少性を示すことを明らかにできました。偶然の出会いから始まった研究にしては、驚くべき成果を挙げることができたと思います。
これらはそれぞれ異なる英文論文として発表しましたが、研究成果の普及のため日本語の解説文も発表予定です。ここでは書ききれなかったこともたくさんありますので、研究の詳細については、これらの論文をご参照ください。
参考文献
- Shutoh K, Usuba M, Yamagishi H, Fujita Y, Hiramatsu S, Tsujimura O, Ishidoya Y, Kasai M, Kasai N, Matsumoto A, Norita T, Yokoyama A, Kaneko S, Shiga T. 2018. A new record of the critically endangered pondweed, Potamogeton lucens from Aomori Prefecture, Japan. Journal of Japanese Botany 93(4): 240–252.
- Shutoh K, Yamanouchi T, Kato S, Yamagishi H, Ueno Y, Hiramatsu S, Nishihiro J, Shiga T. 2019. The aquatic macrophyte flora of a small pond revealing high species richness in the Aomori Prefecture, Japan. Journal of Asia-Pacific Biodiversity 12(3): 448–458. doi: 10.1016/j.japb.2019.02.006
- Shutoh K, Usuba M, Yamagishi H, Shiga T., 2020. A new record of Potamogeton ×angustifolius J. Presl (Potamogetonaceae) in Japan. Acta phytotaxonomica et geobotanica 71(1): 33–44. DOI: 10.18942/apg.201914
- 首藤光太郎、山岸洋貴、志賀隆.青森県つがる市から発見された希少水生植物ガシャモク、日本新産雑種ツガルモク、および高い水生植物の多様性を示す無名池.水草研究会誌(印刷中).
この記事を書いた人
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首藤光太郎(しゅとう こうたろう、写真左)
北海道大学総合博物館助教。博士(理工学)。福島大学共生システム理工学研究科博士後期課程を2017年に修了後、新潟大学教育学部でのポスドクを経て、2019年4月より現職。水生植物や菌従属栄養植物などを題材に分類・系統・進化に注目した研究のほか、北海道大学総合博物館陸上植物標本庫(SAPS)の管理も行っています。写真は採集したガシャモクを首に巻いているところ。
https://kohshutoh.wixsite.com/home
山岸洋貴(やまぎし ひろき、写真中央)
弘前大学農学生命科学部付属白神自然環境研究センター助教。博士(地球環境科学)。北海道大学大学院地球環境科学研究科博士後期課程を修了し、当大学院博士研究員、新潟県十日町市立里山科学館越後松之山「森の学校」キョロロの研究員などを経て、2010年2月より現職。専門は植物生態学で、近年は身近な自然環境を次世代に引き継ぐことの重要性と難しさを強く感じ、水生植物を含む野生植物の生態、分類、保全に関する研究を行っています。
志賀隆(しが たかし、写真右)
新潟大学教育学部准教授。博士(理学)。神戸大学自然科学研究科博士後期課程を2006年に単位取得退学後、大阪市立自然史博物館の学芸員を経て2012年より現職。水辺の植物の多様性や生き様を調べる一方で、日本の豊かな水辺の植生を残していくための研究も行っています。両手に持っているのは日本のものより少し大きい(?)モンゴルのガシャモク(Khar-Us Lakeにて撮影)。
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