ミラーを動かすだけで化学反応を制御 – 光共振器でつくる振動強結合が反応性を変える
光共振器とは?
2枚の反射ミラーが平行に向かい合った光共振器の中では、光は両端のミラーに反射されます。光はミラー間で反射を繰り返すことで干渉し、打ち消し合いますが、ミラー間の距離と光の半波長が一致する場合、光は定在波として共振器内に存在できます。つまり、光共振器の中では、特定のエネルギーをもつ光が存在しやすい状態となります。そして、この光のエネルギーは、光共振器のミラー間の距離で決まります。光共振器によって、特定の波長が増幅される原理は、単一波長の光を放出するレーザーなどにも利用されています。
この光共振器の中に有機分子を入れるとどうなるでしょうか? 有機分子は中赤外光を吸収することで振動状態が励起されます。中赤外光が定在波として存在できる光共振器を用意すれば、光共振器中の定在波のエネルギーと振動励起に必要なエネルギーを一致させることができます。
この2つのエネルギー準位が一致するとき、分子振動と光共振器が光子を介して強く相互作用し、混成状態(振動ポラリトンといいます)をつくります。そして、振動ポラリトンが2つのエネルギー準位に分裂する、ラビ分裂という現象がみられます。この状態を「振動強結合」といいます。
光共振器を使った化学反応
2016年に、光共振器の中にアルキルシランを入れると、脱離反応が遅くなることが観測されました。具体的には、アルキルシランのSi-C振動の振動励起と光共振器のエネルギー準位が一致するように、ミラー間の距離を調整します。これによってSi-Cの振動強結合状態をつくり出し、振動ポラリトンのエネルギー準位が分裂したラビ分裂を起こします。この状態では、Si-Cの結合が切断される脱離反応が5倍程度遅くなることが確認されました。
反応性が変化する原因については現在も結論が出ていませんが、振動強結合によって、分子のポテンシャル曲面が変化することが量子計算によって予想されています。
この報告以降、光共振器を使った化学反応の研究が数例報告されましたが、脱離反応や加溶媒反応など、シンプルな反応に留まっていました。また、同一の反応機構で複数の反応基質を検討した例がなかったため、どのような反応に適応できるのか、何の分子に適応できるのか不明な状態が続いていました。
振動強結合による反応の制御に成功
我々は、光共振器を使った反応制御を一般的な有機反応に拡張できることを実証しました。アルデヒドやケトンのカルボニル基を使ったプリンス環化反応を光共振器内で行いました。2種類のアルデヒド(アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド)と2種類のケトン(アセトン、シクロヘキサン)を用いて、ヨウ素存在下でホモアリルアルコールと環化反応を進行させます。
このとき、アルデヒドまたはケトンのカルボニル基の伸縮振動を強結合させると、反応速度が遅くなることを確認しました。反応速度と反応温度の関係を分析することで、カルボニル基の振動強結合を起こすと、プリンス環化反応の活性化エネルギーが約10 kJ/mol上昇することを確認しました。
また、ミラー間の距離を少し動かすとカルボニル基が振動強結合しない状態にすることも可能です。振動強結合していない状態では、プリンス環化反応の反応性の変化はまったく起こりません。つまり、この方法では、ミラー間の距離を調整するだけで、反応しにくい部位を自在に作り出すことができます。
光共振器の化学への展開
これまでの有機反応では、特定の部位を反応させたくない場合、保護基を用いる方法が頻繁に採られてきました。この方法では、特定の部位を保護、反応の進行、保護基を外す(脱保護)という過程を経ることに加えて、脱保護後の保護基は廃棄物となります。
今回筆者らが開発した方法では、保護基を使わずに、特定の部位の反応性を低下させることが可能です。また、さまざまな反応基質に適応できることを実証できたことから、新たな反応制御方法として展開されることが期待されます。
また、光共振器を使って振動ポラリトンを作ることは物理学の一分野ですが、有機反応は化学の一分野であり、接点がほとんどなかった領域です。今回示した方法は、光共振器によって量子化された場が有機反応の制御に利用できることを示しており、これまでの反応化学とは異なる、新たな融合領域だといえると思います。
光共振器による反応不活性化の機構については議論があり、実験結果が報告されるにつれて、理論が更新されている状況が続いています。今回の報告により、反応性変化のメカニズムについて、さらに理解が深まることが期待されます。
参考文献
K. Hirai, R. Takeda, J. A. Hutchison, H. Uji-i “Modulation of Prins Cyclization by Vibrational Strong Coupling” Angew. Chem. Int. Ed. 2020, 59, 5332-5335. (Very Important Paper) https://doi.org/10.1002/anie.201915632
この記事を書いた人
-
北海道大学電子科学研究所 准教授。
2008年京都大学工学部卒業。2013年京都大学大学院工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。2010~2013年日本学術振興会特別研究員。2013~2014年日本学術振興会海外特別研究員。2014~2017年北海道大学大学院理学研究院特任助教を経て、2017年12月より現職。2018年10月より科学技術振興機構 (JST) さきがけ研究者 (兼任)。専門分野:材料化学、光化学。
TEL: 011-706-9408
E-mail: hirai@es.hokudai.ac.jp