化学反応を促進する方法

化学反応は、熱や光により促進されることが広く知られています。たとえば、室温で混ぜるだけではまったく進行しない反応が、加熱することにより円滑に進行する場合があります。同様に、光照射により進行する化学反応も数多く知られています。

このように、化学者は外部からのエネルギーを活用することにより、化学反応をコントロールしてきました。一方、機械的なエネルギー、つまり物理的な「力」を利用する有機合成反応はほとんど例がありません。このような「力」を駆動力とする有機合成を開拓することができれば、概念的に新しい化学反応を世に生み出すことができる可能性があります。

圧電材料とは?

圧電材料は、機械的な圧力やひずみを与えられると、その表面に瞬間的に電気が発生します。この場合に発生する電気を、特にピエゾ電気と呼びます。この古くから知られている圧電現象は、身近な日常生活のなかで、また医療や自動車から工業分野に至るまで極めて多様な分野にわたって使用されています。たとえば、台所で使われるガスコンロには、圧電材料に圧力をかけることにより電気を発生させ、電気の火花を飛ばして着火させるものがあり、同様にライターにもこのような仕組みを利用したものがあります。

圧電材料を利用して「力」を駆動力とする新反応の開発

このように幅広い応用が知られている圧電材料ですが、それらを有機合成反応に応用した例はほとんどありませんでした。そこで我々は、圧電材料から発生するピエゾ電気を利用し、有機分子の酸化還元 (レドックス)反応を行うことができないか、と考えました。このアプローチは、これまで合成化学者がほとんど利用してこなかった物理的な「力」を駆動力とする新しい化学反応の実現を可能にします。

このアプローチと似たようなコンセプトで、すでにフォトレドックス反応というものが知られています。これは光照射により光触媒を励起し、発生した励起種を利用して有機分子のレドックス反応を行うものです。この反応は、ここ10年間の有機合成分野における最も大きいブレイクスルーのひとつであり、活発に研究が行われています。この「光エネルギー・光触媒」の組み合わせによるフォトレドックス反応をヒントにし、我々は「機械的エネルギー・圧電材料」の組み合わせによる“メカノレドックス反応”を開発できないか、と考えました。

ボールミルと圧電材料によるメカノレドックス反応

最近、ボールミルという粉砕機を用いた有機合成反応が注目されつつあります。この方法は、有機溶媒を用いずに基質や反応剤、触媒を機械的に混ぜ合わせることで反応を進行させることができます。有害な有機溶媒を用いる必要がないため、グリーンケミストリーの観点から大変重要視されています。我々は、このボールミルを用いた反応に圧電材料を共存させることで、ボールミルにより発生する機械的なインパクトを利用したメカノレドックス反応が実現できるのでは、と考えました。

もう少し具体的な反応の中身について説明します。反応には、圧電材料として安価で入手容易なバリウムチタン酸、ボールミルにはRetch社製MM400、反応容器にはステンレス製のジャーとボールを使用しました。また、反応させる化合物としてアリールジアゾニウム塩という有機化合物を選択しました。この化合物は、フォトレドックス触媒により一電子還元され、対応するアリールラジカルを与えることが知られています。したがって、圧電材料から発生するピエゾ電気によって同様にアリールラジカルを発生させることができれば、メカノレドックス反応を進行させることができます。

メカノレドックスによるアリール化反応とホウ素化反応

さまざまな検討の結果、アリールジアゾニウム塩が圧電材料から発生するピエゾ電気により活性化され、対応するアリールラジカルが発生することを見出しました。さらにこれを利用することで、物理的な「力」を駆動力とする新しいCHカップリング反応やホウ素化反応を開発しました。

このメカノレドックス反応は、廃棄物、コスト、毒性や安全性が懸念される有機溶媒を必要としないうえ、空気中で簡便に実施することができます。また、本反応は幅広い基質に適用することができ、短時間で効率良く反応が進行します。特に、グラムスケールでの反応を容易に行える点、また溶液系の反応では扱えないような難溶性化合物に対してもレドックス反応を適用することができます。また、より簡単な方法として、圧電材料と基質の混合物をビニール袋に入れ、かなづちで叩くことでもメカノレドックス反応が進行することがわかりました。

メカノレドックス反応の今後の展開

このメカノレドックス反応は、今まで化学者がほとんど利用してこなかった物理的な「力」を利用する、大変ユニークな分子変換反応です。また、有機化学者があまり注目してこなかった無機材料を触媒として使用している点もポイントのひとつです。

このような有機化学と無機化学のコラボレーションは、有機合成分野において大きな将来性があると思います。実用的な観点では、既存のフォトレドックス触媒系にはない利点を備える環境調和型有機合成手法として、化学製品、医薬品、機能性有機材料などの効率的な合成への展開が期待できます。今後は、計算科学や機械学習などを用いて、メカノレドックス反応の性能向上および一般化を目指していきたいです。

参考文献

  • Kubota, K.; Pang, Y.; Miura, A.; Ito, H. Science 2019, 366, 1500.
  • Kubota, K.; Seo, T.; Koide, K.; Hasegawa, Y.; Ito, H. Nature Commun. 2019, 11, 111.

この記事を書いた人

久保田 浩司, 伊藤 肇
久保田 浩司, 伊藤 肇
久保田 浩司(写真右)
北海道大学化学反応創成研究拠点 (WPI-ICReDD) 特任助教
2016年北海道大学大学院総合化学院博士課程修了 工学博士。2016年米国・カリフォルニア大学バークレー校博士研究員。2017年米国・マサチューセッツ工科大学日本学術振興会海外特別研究員。2018年北海道大学大学院工学研究院特任助教。2019年北海道大学化学反応創成研究拠点特任助教。

伊藤 肇(写真左)
北海道大学大学院工学研究院 教授
北海道大学化学反応創成研究拠点 (WPI-ICReDD) 副拠点長
1996年京都大学大学院工学研究科博士課程修了 工学博士。1996年筑波大学化学系助手。1999年岡崎国立共同研究機構分子科学研究所助手。2001年米国・スクリプス研究所 客員研究員。2002年北海道大学大学院理学研究科化学専攻助教授。2010年北海道大学大学院工学研究院教授。2018年北海道大学化学反応創成研究拠点副拠点長。