アッカド帝国はなぜ崩壊したのか?

西アジアのチグリス・ユーフラテス川流域で発達したメソポタミア文明では、約4,600年前に初の帝国であるアッカド帝国が建国されました。この帝国は、冬の雨季を利用した天水・灌漑農業を発展させ繁栄していましたが、建国から約400年後の4,200年前に崩壊してしまいます。

これまでに、考古調査と堆積物の柱状試料や鍾乳石を用いた古気候復元が実施され、国家の崩壊には乾燥化が影響していたと考えられてきました。しかしながら、この乾燥化の気候のメカニズムや、メソポタミア地域の社会への影響は解明できていませんでした。

化石サンゴを用いた古気候復元

私たちの研究グループは、月単位以上の時間解像度で古気候を復元できる化石の造礁サンゴ骨格に注目し、造礁サンゴ化石の骨格から季節ごとに古気候を復元しました。サンゴの骨格には、樹木のように年輪が刻まれており、過去の大気・海洋の環境変動が1週間~1か月間程度の細かい精度で記録されています。

農業を基盤に反映したメソポタミア文明と気候変動の関係を理解するうえで、どの季節にどのような気候変動が生じていたかを解明することは不可欠です。そこで私たちは、サンゴ化石から復元した気候変動と、現在も生きている造礁サンゴを用いて復元した現在の気候変動を比較することで、帝国が崩壊した時代の気候とその社会への影響を検討できると考えました。

私たちの研究グループは、1か月間に渡るキャンプ生活とフィールド調査の末、オマーン北西部の沿岸で造礁性サンゴの化石群を発見しました。

試料の採取場所(星印)。白×印はアッカド帝国の首都の役割を担っていたとされる都市(テル-レイラン)の場所を示す。
オマーン北東部のサンゴ化石 (右:約4,100年前のサンゴ化石)

このサンゴ化石を研究室に持ち帰り、放射性炭素年代測定を実施したところ、約4,100年前を含む4,500~2,900年前に生息したサンゴであることがわかりました。さらに、このサンゴ化石を2週間に相当する年輪ごとに区切って化学分析(酸素安定同位体比、Sr/Ca比)を行い、サンゴ骨格中の化学組成の変化からわかる海水温・塩分変動を調べることで、アッカド帝国が崩壊した時代の気候変動を復元しました。

このようにサンゴ化石から復元した気候変動を、現生の造礁サンゴから同様に復元した現在の気候変動や観測記録とも比較しました。

オマーン北東部の現生の造礁サンゴ

4100年前の寒冷化とアッカド帝国崩壊の要因

約4,100年前の化石サンゴには、他の時代と比べてオマーン北西部の気候が冬に寒冷であったことが記録されていました。この約4,100年前の冬の異常気象は、2~3か月間程度継続していました。しかし、冬の異常気象は約4,100年前以降には確認されず、現在に似た気候であったと考えられます。

(A)化石サンゴから分析した各時代における酸素同位体比とSr/Ca比。
(B)化石サンゴから復元した冬の気候とアッカド帝国周辺の遺跡の面積。化石サンゴは約4,100年前の気候イベントを記録しており、約4,200年前にアッカド帝国周辺の遺跡の面積が減少している。

また、現生の造礁サンゴ骨格の柱状試料から復元した過去26年間の冬の海水温・塩分変動を解析したところ、西アジアの地域風(シャマール)が冬に頻発するほど、オマーン北西部は冬に寒冷で低塩分化することがわかりました。シャマールは西アジア地域からアラビア半島に吹き下す風で、西アジア地域の乾燥を深刻化させ、砂嵐を引き起こします。

オマーン北東部で採取された現生サンゴから復元した冬の気候とシャマールの発生頻度。シャマールが発生するほど、寒冷になる傾向にある。現在の気候において、シャマールが引き起こす砂嵐や乾燥化が中東地域の農業生産・健康被害に影響を与えることが指摘されている。

現生の造礁性サンゴの記録との比較から、アッカド帝国が崩壊していた約4,100年前は、冬にシャマールの発生頻度が増大していたことが示唆されました。冬のシャマールの頻発によって発生するメソポタミア地域の乾燥化と砂嵐は、冬の雨季に農業を営むアッカド帝国の社会・農業システムに深刻な影響を与えたと考えられます。

具体的には、乾燥に伴う農業の困難化と飢饉の発生や、砂嵐の多発による健康被害の発生などが挙げられます。この結果、アッカド帝国は死亡率と移民の増加により崩壊へとつながったと考えられます。この約4,100年前の冬の異常気象は、約3,600年前には収束しており、安定した気候となったメソポタミア地域では再び繁栄が始まりました。

気候変動の理解と人類の社会構築

本研究では、季節ごとの高い時間解像度をもつサンゴの古気候記録を基に、気候変動が古代文明とその社会に与える影響を解明することに成功しました。季節変動は人類の生活(農業など)に直結する気候変動です。

現在の西アジアのイラクやシリアといった地域(かつてのメソポタミア地域)でも、砂嵐や干ばつが多発する影響を受けて健康被害や農業被害が発生していると考えられています。また、この結果として、農村地域で生活していた人たちは都市部へ移住し、都市部の治安が悪化していることも指摘されています。

現在、変わりつつある気候変動に対して、私たちは持続可能な社会を構築していく必要があります。そのためには、将来に発生し得る気候変動を推定すると同時に、どのような種類の気候変動が私たちの社会を脅かす恐れがあるかについて理解を深めていくことが重要です。高時間解像度で古気候を復元できるサンゴ記録と考古学などとの学際的に実施される研究は、気候変動が過去・現在の社会にどのように寄与するかを解明し、将来の持続可能な社会を構築する一歩になることが期待されます。

参考文献

  • Watanabe, T. K., Watanabe, T., Yamazaki, A., & Pfeiffer, M. (2019). Oman corals suggest that a stronger winter shamal season caused the Akkadian Empire (Mesopotamia) collapse. Geology, 47(12), 1141-1145.
  • Watanabe, T. K., Watanabe, T., Yamazaki, A., Pfeiffer, M., & Claereboudt, M. R. (2019). Oman coral δ18O seawater record suggests that Western Indian Ocean upwelling uncouples from the Indian Ocean Dipole during the global-warming hiatus. Scientific reports, 9(1), 1887.
  • Watanabe, T., Suzuki, A., Minobe, S., Kawashima, T., Kameo, K., Minoshima, K., Aguilar, Y. M., Wani, R., Kawahata, H., Sowa, K., Nagai, T., & Kase, T. (2011). Permanent El Nino during the Pliocene warm period not supported by coral evidence. Nature, 471(7337), 209-211.

この記事を書いた人

渡邉 貴昭, 渡邊 剛, 山崎 敦子
渡邉 貴昭, 渡邊 剛, 山崎 敦子
渡邉 貴昭(わたなべ たかあき)/写真左
キール大学、喜界島サンゴ礁科学研究所に在籍。現生および化石サンゴを用いて過去の気候・海洋の変遷の解明する研究をしている。気候変動が人類や社会に及ぼしてきた影響について興味をもち研究を進めている。

渡邊 剛(わたなべ つよし)/写真中央
1970年横浜生まれ。博士(地球環境科学)。北海道大学理学部卒業・北海道大学地球環境科学院博士課程修了。東京大学海洋研究所、国立科学博物館、地質調査所、オーストラリア国立大学、フランス国立気候環境研究所、ドイツアーヘン工科大学で研究員を歴任。現在、北海道大学理学研究院講師。ハワイ大学ケワロ海洋研究所客員研究員。NPO法人喜界島サンゴ礁科学研究所理事長。専門はサンゴ礁地球環境学.国内外に散らばるうみぼうずハンターを率いて世界のサンゴ礁に出没し、地球環境の謎に挑んでいる。

山崎 敦子(やまざき あつこ)/写真右
2013年3月北海道大学大学院理学院自然史科学専攻博士後期課程修了。博士(理学)。東京大学大気海洋研究所、GEOMARヘルムホルツ海洋研究センター、北海道大学大学院理学研究院で研究を行い、2018年4月から九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門助教。地球環境変動と海の物質循環、サンゴ礁の形成をひとつのシステムとして理解すべく研究を行なっている。

http://kikaireefs.org
https://twitter.com/KIKAIreefs