どこにでもいる生物「線虫」

地球上のさまざまな場所に生物が棲んでいますが、そのなかには人間が生活できないような過酷な環境があり、そこに棲んでいる生物を極限環境生物と呼びます。極限環境生物の多くは細菌などの微生物ですが、限られたグループの動物も稀に極限環境において発見されることがあります。そのなかのひとつが「線虫」です。

線虫はこの地球上で最も繁栄した動物群のひとつで、その個体数の多さは圧倒的です。また、現時点では未記載種が多いものの、潜在的な線虫の種数は昆虫を凌ぐとも言われています。一般にはあまり認知されていませんが、線虫は私たち人間に非常に身近な存在です。たとえば、土一握りのなかには数百から数千頭もの線虫が存在します。農作物や木を枯らしてしまう線虫も沢山います。また、魚の寄生虫で食中毒の原因となるアニサキス、小学生のときに検査したギョウ虫なども線虫です。
 
線虫はこれまで砂漠、深海、永久凍土などさまざまな極限環境からも発見されてきました。昆虫のように頑丈な外骨格を持たない一見弱々しい生物である線虫が、どのようにしてこれほど多様な環境に進出しているのかは大きな謎であり、私たち研究者の知的好奇心を刺激してきました。

極限環境湖「モノ湖」

今回私たちの研究グループは、アメリカ合衆国カリフォルニア州にあるモノ湖という極限環境で生息する線虫を調査しました。モノ湖はアルカリ性で海水の約3倍もの塩分を含むだけでなく、通常生物にとって有毒なヒ素を高濃度で含みます。かつて、著名な作家であるマーク・トウェインがモノ湖を訪れた際「見るも恐ろしい砂漠地帯にある生命体が存在しない湖」とモノ湖を表現したこともあります。実際はモノ湖には生命体は存在していて、細菌や藻類の他に特殊なハエとエビといった極めて限られた生物のみがこの極限環境に生息していることが知られています。

モノ湖サンプリング地点の風景

今回のモノ湖での調査は、元々は私が旅行の途中にフラッとモノ湖に立ち寄り、その奇妙で力強い風景に魅了されたことがきっかけでスタートしました。モノ湖の一部は観光地となっており、その極めて単純な食物連鎖を解説する看板が立っていました。実際モノ湖のなかを注意深く観察してみても魚はおらず、ハエとエビしか見当たりません。しかし、日々線虫を相手に研究をしている私はこの極限環境にもきっと線虫は存在しているはずだと直感しました。

旅行を終え研究室に戻った後、私は仲間達にモノ湖について話をし、興味を持った研究室メンバー数人とモノ湖に生息する線虫調査を開始することにしました。

死の湖には線虫の生態系が存在していた!

モノ湖は保護された湖であることから、線虫調査の許可を取得するまでに少し時間を要しましたが2016年夏の休暇を利用して、仲間たちと初めてのモノ湖でのサンプリングに出かけました。サンプリングは主に湖底の堆積土壌や岸辺の土壌を採集してラボに持ち帰り、土壌から線虫の分離を試みました。

土壌から取り出した線虫が入っているはずの時計皿を実体顕微鏡にセットし、心を踊らせながらレンズを覗き込みます。2つ目のサンプル観察中、時計皿の中に元気よく水中を泳ぐ線虫の姿を捉え、思わず声をあげました。その後は仲間たちと手分けをして次々とサンプルを観察し、明らかに複数の異なる線虫種が存在していることがわかりました。

2017年にも同様のサンプリングを2回行い、サンプリングにより得られた線虫はその後、形態観察とDNA塩基配列解析により種同定が試みられました。その結果、8種の線虫が存在すること、そのうちの5種は未記載種であることが明らかになりました。

モノ湖で発見された8種の線虫

さらに驚いたことに、発見された線虫のなかには微生物を食べる種や、歯が生えていて肉食性の性質を持つ種、さらには寄生性と思われる種が含まれていました。これまで極めて単純な食物連鎖しか存在しないと考えられていた極限環境湖に、線虫だけでも複雑な生態系が存在していることが明らかになりました。

モノ湖における生態系モデル

新種の線虫Auanema sp. はヒトの500倍ものヒ素耐性を持つ

私たちが次に興味を持ったのは、モノ湖に生息する線虫は本当に環境耐性が高いのか? ということでした。モノ湖ほどヒ素濃度が高い環境は自然界にはほとんど存在せず、どのようにして多様な線虫がこの湖に適応しているのかは大いに興味をそそりました。線虫のヒ素耐性を調べるために、私たちは発見した8種の線虫の培養を試み、幸運にも1種の線虫Auanema sp. の培養に成功しました。

高度ヒ素耐性を持つ線虫Auanema sp.

今回の実験では3価および5価の無機ヒ素化合物を用い、線虫を一定時間ヒ素溶液に浸漬した際の生存率を調査することで、線虫のヒ素耐性能を評価しました。その結果、モノ湖の線虫は人間の約500倍に相当する高いヒ素耐性を持つことが明らかになりました。やはりモノ湖に生息する線虫は信じ難いほどに高いヒ素耐性を持っていたのです。

Auanema sp.におけるヒ素耐性アッセイ

線虫は前適応的に過酷な環境に進出か?

では、モノ湖に生息する線虫はどのようなプロセスでヒ素耐性を獲得したのでしょうか? 私たちはこの問いに答えるために、Auanema sp.の近縁種においても同様のヒ素耐性を試験しました。その結果、モノ湖に生息していないAuanema sp.の近縁種においても高度なヒ素耐性が確認されました。このことから、線虫の高度ヒ素耐性能は前適応、つまりモノ湖に進出する前からすでに獲得していた性質であることが示唆されました。

現在ではAuanema sp.のヒ素耐性メカニズムを調べています。Auanema属線虫ではヒ素代謝に関与する酵素をコードするDBT-1遺伝子に共通して変異が入っており、これが高いヒ素耐性能の一因であると考えています。Auanema属線虫はこれまでにリンが豊富な環境から発見されてきました。リン酸はヒ酸と化学的構造が似ていて、同じトランスポーターを用いて細胞内に取り込まれます。したがって、元来リン(リン酸)に対する耐性として機能していた仕組みが、構造的に類似な毒であるヒ素(ヒ酸)に対しても耐性を付与したのではないかと考えています。

今後は今回モノ湖から発見された線虫のヒ素耐性メカニズムを明らかにしていくとともに、まだまだ発掘されていない異なる極限環境に生息する線虫を探索していきます。これらの研究によって、線虫がいかにして多様な環境に進出できるのかという謎の答えが見えてくることが期待されます。また、特殊な線虫の発見は、既存のモデル生物を用いた研究では困難なまったく新しい生命現象・原理の理解にもつながるかもしれません。

参考文献
Shih PY*, Lee JS*, Shinya R*, Kanzaki N, Pires-daSilva A, Badroos JM, Goetz E, Sapir A, Sternberg PW. Newly identified nematodes from Mono Lake exhibit extreme arsenic resistance. Current Biology 2019, 29(19) 3339-3344. (*共筆頭著者)

この記事を書いた人

新屋 良治
新屋 良治
明治大学農学部 専任講師・科学技術振興機構さきがけ研究者(兼任)
博士(農学)。京都大学大学院にて博士号取得後、JSPS特別研究員SPD(中部大学、Caltech)、JSPS海外特別研究員(Caltech)を経て2017年から現職。線虫という生きものに魅了され、学生時代から一貫して線虫の研究をしています。寄生性線虫や極限環境で生息する線虫に特に興味があり、進化生物学的観点から生理・発生・行動などの研究をしています。