大脳皮質が「顎側に向けて広い」意義

成人の大脳皮質は、同じ大脳に属する「基底核」を頭頂部側および外側(耳側)からすっぽりと覆うように存在しています。その様子が、まるである人物(基底核)が丈の長い上着(コート)を羽織るように見えたことにちなんで、大脳皮質には「外套」という解剖学的名称が与えられています。この「広さ(丈の長さ)」は、大脳皮質が、運動、皮膚感覚など、さまざまな機能をひとところで統合的に制御するのに役立っています。

運動制御にあずかる領域(運動野)と感覚担当域(感覚野)では、からだ(足、体幹、手など)のどこを大脳皮質のどの場所が受け持つかに関して、2つの法則があります。

(1) 頭頂部寄りの皮質は下肢を担当し、顎に近い(下方の)皮質は上肢・顔面を担当します。この身体と大脳皮質の空間的対応は、大脳皮質上に小人の絵(ホムンクルスと呼ばれます)を描いて示されます。

(2) 大脳皮質の顎側寄り区域は、もっとも頭頂部にある区域よりも「ぜいたく・ふんだん」に割当てられています。つまりホムンクルスの手・指や顔面・舌などは、実サイズでは負けている下肢よりも大きく大脳皮質上にマップされ、手厚く制御されているというわけです。マウスの場合は、ヒゲからの感覚を統合する皮質領域が広大です。

大脳皮質の「頭頂-アゴ」軸上の広がりと機能割り当てマップ

このように、ヒトらしさ・マウスらしさを支えるうえで「大脳皮質が顎側に向けて広々と成立している」という状況がとても大切であるといえます。

扇状地・三角州をヒントに、「ニューロンの横流れ」を発見

では、そうした顎方向への広さ・広がった状態は、いったいどのように確保されるのでしょうか? じつは胎生早期には「皮質」のモトとなる箇所と「基底核」のモトとなる箇所は、「頭頂側:顎側」という空間的関係性にあります。つまり完成状態の「外から覆う皮質:内に居て覆われる基底核」という関係に至るまでの発生期に皮質領域が顎方向に広がるわけです。

しかし、胎生期に大脳皮質が形成される様子を調べたこれまでの多くの研究は、「いつの間にか広がっている」という程度の認識と、「たくさんの細胞が作られれば、体積の増加分、所定の観察箇所における広がりが検出されるのは当たり前。パン生地を焼くと空気の加わった分、膨らむのと同様。」といった想像でとどまっており、具体的に「顎方向へ」という方向性に注目して「広がり」の原理が調べられたことはありませんでした。

私たちは、地中のプレートが大陸を移動させる、川の流れで土砂が運ばれ土地が広がる、などにヒントを得て、それら地球上のさまざまな流れ現象に通じる(に似る)「細胞たちの流れ」のようなものが、発生期の脳の中にもあり、それが大脳皮質を広げることに貢献するのではなかろうか、との仮説を持ちました。そして、マウスの大脳皮質で最初に生まれるニューロン群に注目しました。

この早生まれニューロンたちは、群れとして胎生期固有の一過的な層を構成することが知られ、その層は「プレプレート」と呼ばれます。プレプレートには「頭頂部 < 顎側」という厚さの違いがあることが知られていましたが、これまでの研究者は、この厚さ差をニューロン産生タイミング・量の差による(顎側で早く・多く、頭頂側で遅く・少なく作られる)ものと解釈し、プレプレートは「動かない」と考えました。が、私たちは、プレプレートが頭頂部から顎方向へと「流れる」ので、こうした厚さ差が生じるのではないかと考えました。

私たちは、プレプレートニューロンをその誕生地(大脳皮質原基の壁の最深部、脳室に面する)から追跡しました。脳室に注入した蛍光タンパク遺伝子を子宮内電気穿孔法(一瞬だけ細胞に穴をあけ、かつ陽極方向へDNAを引き寄せる)によって取り込ませ、その後、観察すると、壁の最表面を顎側方向へ動き、「基底核」予定域に被いかぶさりながら「皮質」域を拡張する(ナイルデルタが地中海にむけて攻め入るように)とわかりました。

大脳皮質の早生まれニューロンの集まりである「プレプレート」に対する従来説と私たちの仮説

ニューロン流は、立ち木を曲げる風雪のような「ちから」を発揮する

この「横流れ」は、それ自身が「大脳の敷地広げ」に直接貢献するだけではなく、もうひとつ間接的な「広げ」のための役割をもつこともわかりました。

じつは胎生中期以降の皮質原基では、神経幹細胞が細長いファイバー状の形態をして、壁の深部-表面をつないでおり(放射状ファイバーと呼ばれます)、それに沿って非プレプレート(遅生まれの)ニューロンたちが外向きに移動することが知られています。「プレプレート流」は、まるで風が立ち木を曲げるように、放射状ファイバーをぐにゃりと顎方向へ曲げるとわかりました。これは、プレプレートニューロンを毒素遺伝子導入によって間引くという実験を行い、流れを弱めるとファイバーの曲がりが減ることからわかりました。

この「曲げ」作用によって、ガイドファイバーたちが末広がりになります。すると、後輩ニューロンたちは、ふるさと・出発地から目的地に近づくにつれて広々と配置されることになります。これも顎方向へ大脳皮質を広くつくる方策として重要とわかりました。プレプレート流を弱めると、生後にあるべき「マウス版ホムンクルス(mouseunculus)」が頭頂部向けに縮んだ、すなわち顎方向への伸びが不十分なパターンで形成されました(本来の「コート」が「ジャケット」気味になってしまいました)。

プレプレート流を構成するニューロン移動の観察例と、意義解明のための「流れ阻止」実験の結果

発生期の器官・細胞社会は、流れ・ちからに富んだ「生態系」

プレプレート細胞の流れ方にいくつか異なるパターンがあることもわかりました。プレプレート細胞が積極的に這うように進むときもあれば、隣近所のプレプレート細胞の動きに便乗するように受動的に進むときもありました。

ニューロンの「這い進み」は、細い先端部分でのグリップ・牽引に基づいて、細胞体(核を包みもっともかさばる)部分での「押し(放射状ファイバーの)」をもたらします。這い進みに加えて、一部のプレプレートニューロンが、伸ばした軸索に働く張力を「流れ」ひいては「細胞体部分での押し」に利用している可能性も示唆されました。「軸索の張力」は、大脳皮質の壁が外向きに反るという(松笠の反りに似た)現象の観察で窺い知ることができます(軸索を切ると「反り」消失)。

私たちは先行研究において、形態や配向の異なる多種細胞の押しや引張りの混在を通じた「他力(たりき)」活用あるいは力学的「共生」が、効率的な生産物流のために重要なことを細胞たちから教わりましたが、今回の発見も、「力学的な共同作業の一例」と捉えることができます。密林でのフィールドワークのような住み込んで見つめる研究を、今後もしたいです。

参考文献

  • Saito K, Okamoto M, Watanabe Y, Noguchi N, Nagasaka A, Nishina Y, Shinoda T, Sakakibara A, Miyata T. “Dorsal-to-ventral cortical expansion is physically primed by ventral streaming of early embryonic preplate neurons” Cell Rep. 29, 1555-1567, 2019
  • Watanabe Y, Kawaue T, Miyata T. “Differentiating cells mechanically limit progenitor cells’ interkinetic nuclear migration to secure apical cytogenesis” Development 145, dev162883, 2018
  • Shinoda T, Nagasaka A, Inoue Y, Higuchi R, Minami Y, Kato K, Suzuki M, Kondo T, Kawaue T, Saito K, Ueno N, Fukazawa Y, Nagayama M, Miura T, Adachi T, Miyata T. “Elasticity-based boosting of neuroepithelial nucleokinesis via indirect energy transfer from mother to daughter” PLOS Biol. 16, e2004426, 2018

この記事を書いた人

宮田 卓樹
宮田 卓樹
名古屋大学 大学院医学系研究科 教授
1988年高知医科大学卒。同大学院で博士号取得後、学術振興会海外特別研究員(コロラド大ボウルダー)、大阪大学助手、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員を経て2004年から現職。三次元的細胞形態・挙動を見る手法を基軸に、脳発生を研究。空間的制約の中ひしめく細胞の群れの「巧みさ」に、本研究が参照した地学に加えて、生態学、群集安全工学、生産物流学など「にわか」仕込みを総動員して、もっと出会うことができるなら、嬉しい。