氷にだって電気は流れる

液体の水に食塩などを入れるとそこに電気が流れることは、小学校の理科実験などでもよく知られています。これは食塩(NaCl)が水の中でNa+とClというそれぞれプラス、マイナスの電気を持ったイオンに分解し、それが動くことによって生じる現象で、金属中で自由電子が動くことで生じる電流とは電気の「キャリヤ」が異なります。

それでは、水の固体である氷には電気は流れるのでしょうか? 同じ水分子の集合体ではありますが、一般的に氷の性質は水ほどよく知られていません。氷には自由電子がありませんし、液体の水とは異なり、仮に氷の中に電気を帯びたイオンが存在しても、固体の氷の中ではそれ自体が自由に動くことはできません。ところが、実際には純粋な氷でもわずかに電気が流れることが知られています。

氷に流れるプラスの電気

純粋な氷はH2O分子が水素結合によってお互いに3次元的に繋がって形成されています。しかし、氷中のすべての分子がH2Oの形を保持しているわけではなく、水分子にプラスの電気を持つ陽子(プロトン)が余剰に結合したH3O+イオンがわずかながら存在しています。H3O+は隣接するH2Oに余剰プロトンを渡すことができ、その受け渡しの繰り返しによって氷中に電気が流れます。

氷の模式図とグロットゥスメカニズム
赤丸は酸素原子、白丸は水素原子を示す。プラスの電気を持つ余剰のプロトン(P)は矢印のように隣接する水素分子に受け渡され、結果として氷中にプラスの電気が流れる。

つまり、マイナスの電気を帯びた電子が移動する金属とは、そのメカニズムとキャリヤの符号が異なります。したがって、流れる電流の特徴も金属とは異なります。

H3O+は氷中に大量に存在できないので、流れる電流は小さく、電気伝導度は半導体ほどです。また、プロトン移動の連鎖には受け側のH2O分子が氷中でわずかに向きを変える必要があるため、そのためのエネルギーが必要になります。言い換えれば、氷中のプロトン移動は活性化エネルギーを必要とする化学反応でもあり、およそ−80℃以下ではプロトン移動が起こらないという実験結果が報告されています。

実はこの氷中に電流が流れるメカニズム自体は200年も前に考えられており、その提案者の名前を取ってグロットゥスメカニズムとして知られています。現在までに氷の電気的性質に関する多くの研究が行われてきましたが、それらのほとんどは定性的にはグロットゥスメカニズムで説明ができます。そのため、「氷はプロトン移動によりプラスの電気を流す半導体」という考え方が広く受け入れられてきました。それでは、氷にはマイナスの電気は本当に流れないのでしょうか?

紫外線照射で氷にマイナスの電気が流れることを発見!

氷にはマイナスの電気(つまり電子)は流れないだろうかという疑問は100年も前から提示されていました。しかし、これまでそれを証明する研究はありませんでした。私たちは、思いもよらぬ形でそれを実証することに成功しました。以下にその顛末を紹介します。

私たちは真空中に設置した低温の金属基板上に製作した氷に紫外線を照射し、氷中のH2O分子の光分解(H2O+紫外光 → H + OH)を調べる実験を行っていました。そのとき、氷を透過した紫外線により金属基板から放出される光電子の効果が気になり、金属基板に流れる電流を測定しました。

もし、マイナスの電気を持つ光電子が放出されるのであれば、金属基板には実質的にはプラスの電流が流れるはずです。ところが、基板を流れる電流はマイナスでした。これは、金属から放出される光電子よりも外から流れ込んでくる電子の数が多いことを意味します。金属基板は完全に氷で覆われているので、電子が氷を通って金属基板に流入してきたと考えるほかありません。しかも、マイナスの電流は紫外線のオン-オフで鋭敏にコントロールできることがわかりました。

実験装置の概念図(左)と実際に測定された氷に流れるマイナスの電気(右)。紫外線が照射されたときのみマイナスの電気が流れていることがわかる。

この実験により、私たちは偶然にも、氷にマイナスの電気が流れうること、そしてそれは紫外線によって誘起されることを初めて実証したのです。私たちは、そのメカニズムを明らかにするため、より詳細な実験を行いました。

電子を運ぶOHラジカル

実験で用いた紫外光は氷を分解する役割だけでなく、氷に到達する前に光源を支える金属製のハウジングに衝突し光電子を生成するという二次的な効果をもたらします。生成した光電子は紫外光とともに氷表面に降り注ぎます。つまり、上述の実験では氷表面に紫外光と電子が同時に照射されていたことになります。

私たちは、紫外光と電子の効果を別々に評価するため、光源の金属ハウジングの先端にガラス製のキャピラリープレートを取り付け、そこで生成する光電子が氷に届かないよう遮蔽し、紫外光のみが氷に到達するように工夫しました。一方で、電子銃を新たに設置し、電子を独立に照射できるようにしました。

この改造を施した装置であらためて紫外線や電子を氷に照射する実験をしたところ、次のようなことがわかりました。

(1) 電子、紫外光のどちらかを単独で照射しても電気は流れない。
(2) 電子を照射した状態で、紫外光を照射するとマイナスの電気が流れる。

この実験結果をうけ私たちは、光分解によって生成したOHラジカルが、氷表面に貯まった電子を捕らえ、氷内部に運ぶキャリヤになるのではないかと考え、それを確認するために量子化学理論計算を行いました。

氷はマイナスの電気”も”流す半導体!

計算によれば、氷表面で電子を捕獲して生成したOHマイナスイオン(OH)は、速やかに下層のH2O分子からプロトンを奪うことでH2O分子に戻り、プロトンを引き抜かれたH2OはOHになることがわかりました。また、OHは表面から離れるほどエネルギー的に安定になり、下層のH2O分子からプロトンを奪うプロセス(化学反応)は活性化エネルギーを必要としないことがわかりました。実際、本実験のマイナス電気による電流は、グロットゥスメカニズムによるプラスの電気が流れない、-263℃から-223℃という極低温の氷で観測されたものです。

OHが移動するというのは、見方を変えるとH2O分子にプロトンの孔(ホール)が生じ、それが移動するということになります。これは半導体結晶内で電子のホールが移動することで、実質的に正の電気が流れる構図と大変よく似ています。そういう意味では、「氷はプラスの電気を流す半導体」であるだけでなく、マイナスの電気を流す半導体であるともいえます。ただし、氷の場合、極低温でもこの現象が生じるところがまったく異なり、氷の特異性が現れています。

私たちは、別のテーマの実験をしているときに、思いがけず氷にマイナスの電気が流れることを初めて実証しました。この現象は、従来のプラスの電気を運ぶグロットゥスメカニズムとは異なり、-263℃という極低温でも起こり、紫外線照射により鋭敏にコントロールできるという大きな特徴を持っています。

発見間もないこの現象は、氷の構造との関係や、さらに広い温度範囲での振る舞い、流れうる電流の大きさなど、知らなくてはならないことが数多く残されています。現在、さらなる実験を継続しており、今後の研究の進展によっては氷の電気化学に新たな展開が期待されます。

参考文献

  • Dominik Marx, Proton Transfer 200 Years after von Grotthuss: Insights from Ab Initio Simulations, ChemPhysChem 7, 1848-1870 (2006)
  • N. Watanabe et al., Ultraviolet-photon exposure stimulates negative current conductivity in amorphous ice below 50 K, Chem. Phys. Lett. 737, 136820 (2019)

この記事を書いた人

渡部 直樹
渡部 直樹
北海道大学低温科学研究所 教授
東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了(博士(理学))。理化学研究所基礎科学特別研究員、北海道大学低温科学研究所助手、University College London客員研究員、北海道大学低温科学研究所准教授を経て、2009年より現職。専門は星間化学物理、原子分子物理学。