原始卵胞の維持に重要な条件とは

生殖細胞は次世代に遺伝情報を繋ぐ唯一の細胞系譜であり、その発生過程でさまざまな性質、形態の変化を伴います。特に卵子は個体の発生を遂行する機能を担う重要な細胞です。

哺乳類の卵子は出生直後に原始卵胞として維持されるものを生涯にわたって使い続けます。すなわち卵母細胞の数は出生時に決まっており、その後増えることはありません。したがって原始卵胞の維持、活性化は生殖期間の決定と直結する重要な機構です。実際にヒトにおける原始卵胞の枯渇は早期閉経を引き起こし、社会的な問題となっている不妊の大きな要因となります。

原始卵胞は卵巣内の皮質側に位置し、周囲を一層の扁平な顆粒膜細胞という卵母細胞を支持する細胞に囲まれた状態で維持されています。活性化に伴い扁平な顆粒膜細胞は立方状へと形態変化し、その位置も次第に髄質側へと移動します。この際に原始卵胞の維持に必須の転写因子であるFOXO3aが核内から核外へと移行することが知られており、顆粒膜細胞の形態とFOXO3aの局在が原始卵胞の静止状態と活性化を分ける指標となっています。

これらのことから原始卵胞の維持には卵母細胞と顆粒膜細胞との相互作用および卵巣皮質の環境要素が重要であると考えられてきました。しかしながらその詳細は不明のままでした。

マウス卵母細胞の発生(上)と、マウス原始卵胞の特徴(下)

原始卵胞を制御するのは、細胞外基質

研究グループは胎生期の卵原細胞と形成直後の原始卵胞中の卵母細胞との比較から、原始卵胞形成過程において細胞外基質が大きく発達することを明らかにしました。そして、出生後の卵巣においてストレスファイバーであるF-actinの染色をおこなったところ、皮質の最外層部分でピークとなるシグナルが検出されることがわかりました。このピークはタンパク質分解酵素液(CTK : collagenase, trypsin, KSR)で卵巣を処理することにより消失するため、細胞間および細胞外基質による局所的な特徴(微小環境)と考えることができます。

次にこの微小環境と原始卵胞の維持、活性化との関係について調べるため、CTK処理を行った卵巣をFOXO3aの免疫染色で解析しました。FOXO3aは原始卵胞の維持に必須の因子であり、卵母細胞の核内に存在します。そして、活性化に伴い核から細胞質へと局在を変化させることが知られています。免疫染色の結果、CTK処理によってFOXO3aの核外移行が促進されることが明らかとなりました。このことはCTK処理によって原始卵胞の活性化が促進されることを示唆するものです。

そこで、CTK処理をした卵巣の培養を行い、卵胞の成熟過程の解析を行いました。その結果CTK処理を行うと原始卵胞の活性化が促進され成長した卵子の数が増加することが明らかになりました。これらのことから細胞間および細胞外基質による卵巣内皮質の微小環境が原始卵胞の維持、活性化に直接かかわることが明らかとなりました。

左)マウス新生児(7日)卵巣切片の免疫染色像(赤:MVH[生殖細胞マーカー]、緑 : Foxo3a[転写因子]、青 : DAPI[核])。CTK処理によって原始卵胞におけるFoxo3aの局在が核内から細胞質へと移行している(矢印)。
右)マウス新生児(3日)卵巣を体外培養して14日目の組織像(Stella-CFP : Stellaの発現制御下にCFPを発現するTgマウスを用いており、卵母細胞がCFPでマークされる)。CTK処理により卵母細胞の成熟が促進されている。

原始卵胞は圧力によって制御されている

ストレスファイバーであるF-actinは物理的な圧力状態を示唆するものです。また、休止期の原始卵胞における顆粒膜細胞の形態は扁平です。細胞の形状として扁平なものの方が立方状のものよりも内部に強く圧力をかけることを示唆する報告もあります。これらのことから卵巣内皮質では物理的な圧力が周囲に比べて強くかかっているのではないかと推測しました。

そこで、生体外で人為的に圧力を作用させることのできるチャンバーを用いて培養実験を行ったところ、人為的圧力によってCTK処理による細胞外基質の消化条件下においても原始卵胞の活性化を抑制できることを見出しました。このことは細胞外基質による圧力状態が原始卵胞の静止期維持に関わっていることを示唆するものです。

原始卵胞では核が回転していた

一方で、加圧処理にともなう卵母細胞の体積を測定するために生体卵巣をもちいて原始卵胞の立体画像の撮影を行ったところ、予期せぬことに通常状態の原始卵胞中の卵母細胞では核が回転していることが明らかとなりました。この核の回転はCTK処理によって停止するものの、CTK処理を加圧条件下において行うと維持されることから原始卵胞中の卵母細胞の核回転は圧力によるものであることが示唆されます。

また、この卵母細胞の核回転運動はダイニンとよばれるモータータンパク質の阻害剤(Ciliobrevin D : CD)を作用させることにより停止させることができるため、ダイニン依存的な運動と考えることができます。

そこで、核の回転運動と原始卵胞の維持、活性化との関係を調べるために卵巣にCDを作用させ、FOXO3aの局在を解析しました。その結果、CD処理によってFOXO3aの核外移行が促進されることが明らかとなりました。さらに培養実験の結果からCD処理によって原始卵胞の活性化が促進され成長した卵胞の数が増加することが明らかとなりました。このような原始卵胞活性化の結果はCTK処理の際と同様のものであり、卵巣内の微小環境による圧力付加、卵母細胞の核回転、原始卵胞の静止期維持といった一連のカスケードを示唆するものです。

左)マウス新生児(7日)卵巣の核染色(Hoechist 33342)によるタイムラプスイメージングの連続写真。原始卵胞中の卵母細胞の核が回転している。
右)原始卵胞中の卵母細胞の核回転についてのまとめ

生体外で原始卵胞を誘導することに成功

これまでに胎児期卵巣および多能性幹細胞由来の始原生殖細胞様細胞と胎児期卵巣体細胞による再構成卵巣の培養から受精可能な成熟した卵子を誘導する体外培養系が確立されています。しかしながら従来の培養条件では原始卵胞は誘導されてきません。

今回の研究成果として生体内では圧力が関わっていることがわかり、体外培養との差異ではないかと考えました。そして生体内における卵巣皮質の環境を模した加圧培養によって生体外で原始卵胞を誘導することに成功しました。

左)マウス胎児卵巣(胎生12.5日)培養後21における組織の免疫染色像(緑:MVH[生殖細胞マーカー]、赤 : Foxo3a[転写因子]、青 : DAPI[核])。加圧培養下では点線で示させるような小さな卵母細胞が誘導され、高倍率像からFoxo3aが核内に存在する原始卵胞であることが確認できる。
右)体外培養における加圧の効果の概念図。体外培養では搖動されない原始卵胞が加圧培養では誘導されてくる。

将来的な生殖補助医療への応用へつなげる

本研究の成果により、原始卵胞の活性化の制御に圧力が関わることが明らかになりました。さらに、加圧培養によってこれまで生体外では誘導できなかった原始卵胞の誘導に成功しました。

今後は減圧による原始卵胞の活性化制御や、生体外での原始卵胞の維持といった将来的な生殖補助医療への応用へとつなげていきたいと思っています。また、細胞核の回転は50年以上前から知られているものの、その生物学的意義はほとんどわかっていません。核の回転がもたらす生命現象という未知の領域にも挑戦していきたいと思っています。

参考文献
Nagamatsu G, Shimamoto S, Hamazaki N, Nishimura Y, Hayashi K., Mechanical stress accompanied with nuclear rotation is involved in the dormant state of mouse oocytes., Sci Adv. 2019 Jun 26;5(6):eaav9960.

この記事を書いた人

永松剛,林克彦
永松 剛
九州大学大学院医学研究院 応用幹細胞医科学講座 ヒトゲノム幹細胞医学分野 准教授。東京都出身。大阪大学大学院医学研究科分子病態医学専攻博士課程修了 博士(医学)。生殖細胞の永続性に興味を持ち、現在は原始卵胞の発生、静止期維持、活性化機構に関する研究を行っています。趣味は読書と言っていたことがありますが、最近あまり本を読めていません。好きな食べ物はお酒とうそぶいていたこともありますが、最近めっきり弱くなってしまいました。いつか鮎の友釣りをしたいのですが、釣りの経験はほとんどありません。