今回は「今、うんちの化石がアツい?! − 名古屋市科学館の「恐竜・化石研究所」でティラノのうんちとご対面してきた」などの記事でお馴染みのacademist Journal常連執筆陣、白瀧千夏子さんに突撃インタビューをして参りました。白瀧さんの研究者としての姿を暴きたい! という編集部の野望を実現すべく、急遽インタビューを敢行。ドイツの化学ジャーナル「Angewandte Chemie International Edition」のインサイドカバーを飾った博士課程での研究についてお伺いしてきました。

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白瀧さんと筆者。中央は「Angewandte Chemie International Edition」のインサイドカバー

ー大学院博士課程での研究内容を教えてください。

私は博士後期課程で、タンパク質をうまく”騙す”ことで緑膿菌の増殖を抑える研究成果を発表しました。緑膿菌は日和見感染の原因菌として有名で、動物の体内や、水周りなどの身近なところに生息しています。多剤耐性緑膿菌の出現や院内感染が社会問題にもなっており、新聞等で名前を見聞きしたことがある方も多いのではないでしょうか。

ー緑膿菌はどのようにして増殖をしているのでしょうか?

動物の体内に生息する緑膿菌は、宿主の持っている鉄分を奪って増殖するんです。鉄欠乏状態におちいった緑膿菌は、菌体外にHasAというタンパク質を放出します。宿主の血液中にはヘモグロビンというタンパク質がたくさん存在しており、ヘモグロビンはヘム鉄という金属錯体を含有しています。放出されたHasAは、宿主のヘム鉄を捕捉するんです。その後、HasAは緑膿菌の菌体表面に存在する特異的受容体タンパク質(HasR)にヘム鉄を受け渡します。HasRを経由して緑膿菌がヘム鉄を取り込み、このヘム鉄を鉄分として利用することで緑膿菌は増殖できます。

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ヘム鉄の構造

 

ヘム鉄獲得システム
ヘム鉄獲得システム

 

ー緑膿菌の「ヘム鉄獲得システム」を見て、どんなことを考えたのですか?

ヘム鉄獲得システムをうまく利用し、「ヘム鉄を結合した”本物”のHasA」によく似た「別の分子を結合した”偽物”のHasA」を使うことで緑膿菌を騙して、HasRの取り込み口をふさぐことができれば、緑膿菌への鉄分供給が遮断され、緑膿菌が増殖できなくなるかもしれないと考えたのです。

ヘム鉄結合HasA(左)と鉄-フタロシアニン結合HasA(右)
ヘム鉄を結合した”本物”のHasA(左)と、別の分子である鉄-フタロシアニンを結合した”偽物”のHasA

 

ー実験に使う錯体の候補はどうやって選定したのでしょうか?

ある程度構造的に似ていて入手しやすいものを選定していきました。一部をご紹介します。

鉄錯体
実験に使用した錯体

ヘム鉄がオリジナルである天然の金属錯体で、鉄-メソポルフィリンIXはヘムの二重結合を単結合に変えたものです。ここまで構造が似ていればきっとHasAによる錯体の捕捉が起きるだろうと予想して選びました。鉄-サロフェンはちょうど大きさがヘム鉄の半分くらいなので、小さいものも試してみたいと思い、用いました。

ー実験の結果はいかがだったのでしょうか?

先ほど紹介したもののうち、鉄-テトラフェニルポルフィリン以外は結合しました。次に、どのようにHasAが錯体を”噛んで”いるのかを詳細に調べたかったので、人工金属錯体を捕捉したHasAのタンパク質結晶を作成し、結晶構造解析を行いました。すると、天然の金属錯体であるヘム鉄と同じように鉄-メソポルフィリンIXや鉄-サロフェンといった人工金属錯体がHasAによって捕捉されていることがわかったのです。特に着目したのは鉄-サロフェンを取り込んだHasAの構造でした。鉄-サロフェンがHasAの奥側、魚のかたちにたとえると魚の喉側に取り込まれたことから、鉄-サロフェンと同じような構造を持つ大きめの分子である鉄-フタロシアニンもHasAによる捕捉が起きるのではないか、と予想したんです。

ー鉄-フタロシアニンとはどういった錯体なのでしょうか?

鉄-フタロシアニンは道路標識の塗料などに利用されている青い分子で、デバイスへの活用などの応用化のために盛んに研究がなされており、化学者のあいだでは良く知られている分子です。いろいろ工夫しながら鉄-フタロシアニンをHasAと混ぜてみたところ、やはり他の錯体と同じように鉄-フタロシアニンもHasAに捕捉されることがわかったんです。

鉄フタロシアニン
鉄-フタロシアニンの構造

 

ー予想どおりの結果になったんですね。

人工金属錯体である鉄-フタロシアニンを捕捉したHasAの形を結晶構造解析によって明らかにし、天然の錯体であるヘム鉄を捕捉したHasAの形と比較してみると、ぱっと見では見分けがつかないくらい形状が酷似していました。私達から見ても似ているのだから、緑膿菌にとっても見分けがつかないんじゃないか、と想像したんです。コイツはコレを見分けられるのか!? って。もしかしたら見分けられずに、何かおかしなことが起こるかもしれない。

ー緑膿菌も、ヘム鉄を捕捉した”本物”のHasAと鉄-フタロシアニンを捕捉した”偽物”のHasAを勘違いしてしまうと予想したわけですね。

そこで、鉄イオンを除いた状態で、ヘム鉄を捕捉しているHasAと鉄-フタロシアニンを捕捉しているHasAを同時に緑膿菌に与えて培養するという実験を行ってみたところ、緑膿菌の増殖が抑えられることがわかりました。鉄-メソポルフィリンIXや鉄-サロフェンを捕捉したHasAを与える実験も行ったのですが、鉄-フタロシアニンを捕捉したHasAを用いた場合の阻害効果が最も高いことがわかりました。

ー見事に緑膿菌の増殖を抑えることができたんですね。

この結果だけ見たらそう見えてしまうかもしれないですが、単純に緑膿菌に鉄-フタロシアニンを捕捉したHasAをふりかけても増殖を完全に阻害できるわけではありません。たとえば、同時にタンパク質に結合していない鉄イオンもあるような環境だと、緑膿菌は増殖してしまうんです。ですから、鉄イオンを除去するなどの別の工夫が必要になってきます。そこが今後の課題ですね。ただ、今までの抗生物質とは違うメカニズムで菌に対抗ができるかもしれない可能性を示すことができたので、そこは大きな価値があったかと思います。

どんな風にこのメカニズムを活かしていくか、後続の研究成果を私も楽しみにしています。

この記事を書いた人

矢部康太
2014年に専修大学経済学部に入学。ひょんなことからacademistのお手伝いをすることになったKIRIMIちゃん好きの現役大学生。趣味はサッカーと無駄知識を蓄えること。