パーキンソン病とは?

超高齢社会となった先進諸国では、認知症に続いてパーキンソン病が高齢者のあいだで増加しています。パーキンソン病は、手足の震え、姿勢維持の障害、緩慢な動作、筋肉の硬直などの運動障害が現れる神経変性疾患です。中脳にあるドーパミン神経が変性して、ドーパミン不足で運動障害が現れることがわかっており、薬によりドーパミンを補う治療法が一般的です。しかし、病気の進行に伴って薬でのコントロールが難しくなるという大きな問題があります。

これまでパーキンソン病は中脳にあるドーパミン神経が変性する病気だと考えられていました。しかし、より広範囲の神経に異常が起こっていることが最近明らかになってきました。たとえば、運動症状が発症する約20年前に自律神経障害(便秘や頻尿など)が始まり、発症の約10年前には高確率でレム睡眠行動異常(夢を見ながら体を動かしてしまう症状)が起こっていることがわかってきています。発症前に嗅覚の低下が現れることもあります。

パーキンソン病は発病の20年前から進行している

パーキンソン病とαシヌクレイン

パーキンソン病では、変性が見られるドーパミン神経やその近傍にレビー小体と呼ばれる神経封入体(タンパク質のゴミ)が溜まり、このレビー小体ができる過程で神経に障害が発生すると考えられています。

レビー小体の主な構成分子は「αシヌクレイン」で、本来は神経伝達に関わっているシナプスのタンパク質です。αシヌクレインがパーキンソン病に深く関わっていることは、遺伝性パーキンソン病の研究から明らかになっています。つまり、αシヌクレインのアミノ酸配列の置換や遺伝子の重複(遺伝子は通常2つであるが、3つ以上になること)で、パーキンソン病を発症することがわかっています。

タンパク質のゴミ、レビー小体
PLA2G6に変異のあるパーキンソン病患者さんのレビー小体(矢印)。左の写真はヘマトキシリン-エオジン染色。右の写真はαシヌクレイン(茶色)を抗体で検出したもの。神経細胞を破線で示す。この写真では、シナプスや神経軸索は見えていない。スケールバーは10 μm。原図は弘前大学脳神経病理学講座 三木康生先生ご提供。

パーキンソン病はプリオン病か?

最近、αシヌクレインの驚くべき性質がわかってきました。αシヌクレインは、もともと凝集し沈殿しやすい性質をもっていることはわかっていました。凝集化したαシヌクレインは、さらに線維状になり最終的にレビー小体となると考えられています。ところが凝集化を始めたαシヌクレインは、正常なαシヌクレインをも次々に凝集化させ、大きな線維を作ってしまうことがわかってきました。

さらに凝集化した(病的構造をとった)αシヌクレインが種となって、神経回路を形成している隣の神経細胞に伝染するらしいことも明らかになってきました。つまり、ミカン箱の中で、腐ったミカンが周りのミカンを次々に腐らせてしまうような感じで、神経回路を伝って次々にαシヌクレインの凝集が伝染するということになります。この現象はマウスやサルを使った実験で確認されています。αシヌクレインは、いっとき狂牛病で話題となったプリオンと類似した性質をもっているわけです。

αシヌクレインの凝集が神経回路を伝染し、脳内に広がる

パーキンソン病の人では、消化管を支配する自律神経や睡眠覚醒を制御する脳幹の神経などでもレビー小体が存在することがわかっています。このことから、先に述べた自律神経障害や睡眠障害が起こっているときに、すでにαシヌクレインの凝集化がこれらの神経では起こっているのではないか、と考えられています。さらに末梢神経から中枢神経へと神経回路を伝ってαシヌクレインの凝集の種が伝染して広がるという考えが、パーキンソン病の最新の理解です。

αシヌクレインはなぜ凝集するのか?

パーキンソン病がプリオンのような病気であれば、最初の腐ったミカンが腐ることを防げば予防できそうです。つまり、αシヌクレインが凝集しやすくなる原因を調べればよいわけです。

αシヌクレインが凝集する原因を考えるには、そのタンパク質の性質を理解する必要があります。シナプスには、神経伝達物質を格納したシナプス小胞というリン脂質膜(細胞の膜と同じ脂質二重層)で包まれた袋状の構造があります。神経が回路を形成している神経に情報を伝えるとき、シナプス小胞から神経伝達物質が放出されます。放出後、小胞はリサイクルされます。

αシヌクレインは、神経伝達物質の放出と小胞のリサイクルの繰り返しのなかで、シナプス小胞の表面にくっついたり離れたりを繰り返していると考えられています。つまり、αシヌクレインは脂質(正確にはリン脂質)に結合したり離れたりと、自在に形を変える性質を持っていることになります。この形を変えるという性質が、何らかのきっかけで間違って凝集してしまうと考えられます。

αシヌクレインは神経活動に伴って、シナプス小胞にくっついたり、離れたりを繰り返している

パーキンソン病原因遺伝子PLA2G6から、ハエを使ってαシヌクレイン凝集のなぞに迫る

パーキンソン病のうち5~10%が遺伝性で、αシヌクレイン以外にいくつかの原因遺伝子がわかっています。そのうちPLA2G6という遺伝子に変異があるパーキンソン病ではレビー小体が脳内に著しく形成されるという特徴があります。PLA2G6はリン脂質の疎水基という部分を編集する酵素です。

PLA2G6に変異が入ると、生体膜を構成するリン脂質の疎水基が短くなる

私たちは、PLA2G6の変異で脳内にどのようなことが起こるかを調べることにより、αシヌクレインが凝集する仕組みがわかると考えました。用いたのはキイロショウジョウバエ、どこにでもいる小さなハエです。読者のなかには、高校の生物学の授業で、赤眼と白眼の遺伝の実験で使った方もいると思います。

私たちは本邦で初めてショウジョウバエを使って、パーキンソン病の研究を始めました。ショウジョウバエは小さくて寿命が短く、研究に時間とコストがかからないというメリットがあります。また何よりショウジョウバエは、人の病気の遺伝子と相同な遺伝子を少なくとも75%以上持っているという特徴があり、人と同じく加齢による体の変化も起こります。よって、パーキンソン病の人と同じ変異を導入することにより、パーキンソン病のようなハエができます。その研究の詳細は、私たちの研究室のホームページを見て下さい。

シナプス小胞から外れるとαシヌクレインは凝集化しやすくなる

さて、ハエのPLA2G6にパーキンソン病の変異を導入すると、予想どおりαシヌクレインの顕著な凝集が脳内に観察されました。このハエの脳のリン脂質を詳しく調べると、加齢により疎水基が徐々に短くなることがわかりました。

疎水基が短くなるとリン脂質の膜が薄くなります。膜が薄くなると、シナプス小胞は小さくなり、表面の曲がり具合(曲率)が大きくなります。サッカーボールとピンポン球の表面を比べてみると、ピンポン球の方が表面の曲がり具合が大きいのと同じ理屈です。シナプス小胞の曲がり具合が大きいと、αシヌクレインは膜から外れやすくなることがわかりました。

膜から外れた状態のαシヌクレインは、一定の形をとらずにゆらゆらしています。このゆらゆらした状態が長く続くことが危険な状態で、自身が絡まって(精確にはベータシート構造に変化して)凝集化し始めるということが、今回の研究で明らかになりました。

シナプス小胞膜が小さくなるとαシヌクレインが外れやすくなり、凝集リスクが高まる。短くなった疎水基を元に戻すためにリノール酸を摂取すると、αシヌクレインの凝集化が抑えられた。

パーキンソン病は予防できるか?

PLA2G6に変異があると、シナプス小胞が小さくなり、膜から外れた状態に長く置かれたαシヌクレインが凝集しやすくなると考えられます。逆に、薄くなった膜を元に戻せばシナプス小胞のサイズも元に戻り、その結果αシヌクレインの凝集も抑えられるはずです。

私たちは、疎水基が長くなるリノール酸という脂肪酸を餌に加えて、ハエに与えました。すると、シナプス小胞のサイズが元に戻り、αシヌクレインの凝集も抑えることができました。

この研究は、食べ物でパーキンソン病を予防できる可能性を示しています。しかし残念ながら、ハエと人ではリン脂質膜の成分が少し違います。今回発見したリン脂質の変化に相当する現象が、PLA2G6に変異があるパーキンソン病患者さんで起こっているかどうか、現在確認を進めています。今後の研究の発展から、サプリメントのようなもので、発症の20年以上前からαシヌクレインの凝集リスクをコントロールできれば、画期的な予防法になると期待されます。

参考文献

この記事を書いた人

今居 譲
今居 譲
順天堂大学大学院医学研究科 パーキンソン病病態解明研究講座(神経学講座併任)先任准教授。京都大学大学院理学研究科博士後期課程修了。理学博士。ショウジョウバエ、iPS細胞を用いて、遺伝性パーキンソン病の研究から本疾患の病態解明を目指しています。