位相幾何学的な欠陥である”渦の運動”

渦は人類が古くから興味を持つ現象のひとつです。たとえば静かな水面に渦が生成され、その渦に力が加わらないと仮定した場合では、渦は安定して存在し続けます。これは渦が元の何もない状態に連続的な変形では戻れない、いわゆる位相幾何学的な(トポロジーにおける)欠陥であるためです。

渦が流れのある場にできた場合、渦は壊れることなく流れに沿って移動していくと予想されます。これは台風が日本付近で偏西風に乗って東へと移動することを考えると、うまく想像できます。台風のようなマクロな渦の運動は流体力学的、気象学的にはよく研究されていますが、一方で渦が非常に小さいナノサイズになったときのその運動は、マクロな渦と同様であるかは自明ではありません。

スピンが作る磁気渦「磁気スキルミオン」

ナノサイズの渦として知られる代表的なものは、第二種超伝導体で観測される渦糸や、カイラル磁性体で観測される「磁気スキルミオン」などが挙げられます。これらは物質内を流れる電子スピンが形成する渦であり、磁気バブルのような円柱状の磁区構造をしています。この磁気渦の運動を制御できれば、磁区の変化を用いた情報ストレージデバイスとして活用することができます。

これまで磁性体の磁区は磁場で制御が行われてきました。近年は電流を用いた磁区の制御が注目されています。これまでの研究における電流を使った磁区制御では、パルス電流による短時間で大電流をかける方法がとられていました。しかし、最近、格子を組んでいる高密度の磁気スキルミオン(以下、磁気スキルミオン格子と呼ぶ)は、定常電流でしかも従来の磁性体の6桁以上も小さな電流密度で駆動できることが明らかとなり、注目を集めています。この駆動中の磁気スキルミオンの状態を明らかにすることが望まれてきました。

しかし、磁気スキルミオンに限らずナノサイズの磁気渦が駆動する様子を観測することは難しく、たとえば電流中で駆動する渦糸が発する電圧ノイズを観測する等の方法で研究されてきましたが、磁気渦の変化を微視的に観測可能な手段を用いてその駆動状態の解明を行う研究は進んでいませんでした。

磁気スキルミオン格子の概念図
矢印の方向はそれぞれの場所でのスピンの方向を指している。紙面垂直方向のスピンの成分は矢印の色で表されている。

駆動中の磁気スキルミオン格子が受ける塑性変形

我々はナノサイズの磁気渦の外力中での運動に興味を持ち、電流下における磁気スキルミオンの駆動状態を微視的に観測できる手段でもって解明する研究をスタートしました。磁気スキルミオン格子のようなナノ領域におけるスピンの配列や運動の観測は、同じナノスケールの波長を持った中性子の干渉(回折)を用いることで可能となります。

この研究では、純粋な電流が与える磁気スキルミオンへの影響を観測するため、印加する電流によって生じる試料内のジュール熱を効率良く熱浴に拡散させ、電流以外の効果を抑制する必要がありました。我々は独自に低温高電流下中性子実験用の試料ホルダーを開発し、試料内の熱勾配を抑えた状態での中性子の回折実験を可能にしました。その結果、純粋な電流が磁気スキルミオン格子に及ぼす効果を捉えることに成功しました。

過去の研究から、高密度の磁気スキルミオンの駆動に必要な電流密度に閾値が存在することが知られていましたが、我々の中性子回折実験により、閾値を越えた状態で磁気スキルミオンがその格子構造を保ったまま動いていることがわかりました。また、閾電流密度以上では磁気スキルミオン格子が変形し、電流密度の増加に対して磁気スキルミオン格子の変形も増大することがわかりました。その変形を詳しく調べると、磁気スキルミオン格子の変形は試料内部で空間的に不均一であり、試料の左右の端付近では変形方向が逆転していることがわかりました。

(左)電流中の磁気スキルミオン格子を観測するための実験配置の模式図
(右)磁気スキルミオン格子の変形を観測した実験結果。電流の印加に伴い磁気スキルミオン格子からの回折線が作る6回対称のパターンが回転し、試料の右端と左端では回転方向が反対になっている。

このような現象は、端付近で摩擦のような力が磁気スキルミオンに作用し、磁気スキルミオン格子が剪断的な変形を受けていると考えると説明がつきます。また、この変形は駆動力である電流を切っても元には戻らないため、塑性変形であることもわかりました。塑性変形の存在は、磁気スキルミオン同士に相関が存在していることを示していると考えられます。

磁気スキルミオン格子が受ける塑性変形の概念図
電流の印加により磁気スキルミオン格子が駆動することで試料端から摩擦力を受け、試料の右端と左端では磁気スキルミオン格子が反対方向に回転している様子を表している。

今後の展望

格子を組んだナノサイズの磁気渦は、磁気渦が纏まった状態で流れ、端から摩擦力を受けていることがこの研究によりわかってきました。このような複雑な応答を示すナノサイズの磁気渦を電流や電場で制御することが、近年のスピントロニクスでは求められています。そのためには、磁気渦の動力学を解明することが必要不可欠であると考えます。

磁気渦の動力学解明には、今回の研究で示したような駆動中の渦の平均構造を議論するだけでなく、外力の変化に対する応答や緩和速度といった情報が重要であり、それらを調べる研究が行われていくだろうと期待しています。磁気渦の動力学が構築されれば、今後行われるであろう磁気渦を利用した情報ストレージデバイス開発の大きな駆動力となるはずです。

参考文献

  • S. Mühlbauer, B. Binz, F. Jonietz, C. Pfleiderer, A. Rosch, A. Neubauer, R. Georgii, and P. Bøni, Science 323, 915 (2009).
  • T. Schulz, R. Ritz, A. Bauer, M. Halder, M. Wagner, C. Franz, C. Pfleiderer, K. Everschor, M. Garst, and A. Rosch, Nat. Phys. 8, 301 (2012).
  • D. Okuyama, M. Bleuel, J.S. White, Q. Ye, J. Krzywon, G. Nagy, Z.Q. Im, I. Živković, M. Bartkowiak, H.M. Rønnow, S. Hoshino, J. Iwasaki, N. Nagaosa, A. Kikkawa, Y. Taguchi, Y. Tokura, D. Higashi, J.D. Reim, Y. Nambu, and T.J. Sato, Commun. Phys. 2, 79 (2019).

この記事を書いた人

奥山 大輔, 東 大樹, 南部 雄亮, 佐藤 卓
奥山 大輔, 東 大樹, 南部 雄亮, 佐藤 卓
奥山 大輔(写真左上)
東北大学多元物質科学研究所 助教
1978年7月生まれ。2007年東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学)。科学技術振興機構 研究員、理化学研究所 研究員を経て、2014年より現職。専門は外場中での量子ビーム(中性子、放射光)の散乱実験、 特に磁性体に関する実験的研究。

東 大樹(写真右上)
東北大学多元物質科学研究所 博士後期課程
1990年11月生まれ。2016年東北大学多元物質科学研究所博士課程進学。専門は磁性体の中性子散乱。

南部 雄亮(写真左下)
東北大学金属材料研究所 准教授
京都大学大学院理学研究科博士後期課程修了 博士(理学)取得。日本学術振興会海外特別研究員(Johns Hopkins University、NIST)、東京大学物性研究所 助教、東北大学多元物質科学研究所 助教を経て2015年より現職。主に中性子散乱を用いて磁性体のスピンの時空間相関を解明する研究に従事。

佐藤 卓(写真右下)
東北大学多元物質科学研究所 教授
1968年10月生まれ。1991年3月東京工業大学 理学部物理学科卒業、1993年3月東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了、1996年3月東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了、同年博士(理学)取得。1996年4月科学技術庁金属材料技術研究所 研究員、2004年3月東京大学物性研究所附属中性子科学研究施設 助教授、2012年4月より現職。この間2011年?2013年にかけて米国標準技術研究所中性子研究センター Guest Researcher。専門は中性子散乱による固体物性研究、特に量子磁性体や非従来型超伝導体等に関する実験研究。