カイコの2種類の精子

自然界には、卵に受精する精子とは大きさや形が異なり、自身は受精することができない異型精子と呼ばれる特徴的な精子を形成する生きものが知られています。異型精子を形成する種は、チョウやガの仲間、巻き貝のタニシ、魚類のカジカなどのさまざまな動物で報告されています。

チョウやガの仲間は、核を持つ有核精子と、異型精子の一種で核を持たない「無核精子」を形成します。無核精子は精母細胞の段階では核を保持していますが、精子の形成過程で核を失います。

有核精子と無核精子の形成過程

私たちの研究グループは、チョウやガの仲間のモデル生物であるカイコを用いることによって、無核精子の形成にSex-lethal (Sxl) 遺伝子が関わることを明らかにしました。

Sxl遺伝子の働き

Sxl遺伝子は、キイロショウジョウバエでは、性決定のマスター遺伝子として働くことが知られています。この遺伝子は多くの昆虫に存在していますが、これまで調べられた昆虫ではSxl遺伝子の性決定遺伝子としての機能は保存されておらず、ショウジョウバエ以外の昆虫における機能は不明のままでした。

そこで、私たちの研究グループはカイコでのSxl遺伝子の機能を明らかにすることを試みました。Sxl遺伝子のカイコでの機能を類推する目的でSxlタンパク質の発現パターンを調べたところ、精母細胞で高発現していることが明らかになりました。さらに、ゲノム編集技術を用いて作出したSxl遺伝子が壊れたカイコ(Sxl変異体)は雄特異的に不妊になることが判明しました。

Sxl変異体は正常な無核精子を形成できない

カイコでは2種類の精子が形成されることを述べましたが、有核精子はもちろん、無核精子も受精に必要であることが知られています。Sxl変異体が雄特異的に不妊となったことから、有核精子もしくは無核精子の形成に異常が生じた可能性が考えられました。

これらの精子は、形成過程で精子が束になった精子束と呼ばれる状態で観察されるステージがあります。Sxl変異体の2種類の精子束を観察したところ、有核精子束には異常が観察されなかったのに対して、無核精子束の形態には異常が観察されました。正常個体の無核精子束では、核が精子束の中央部に局在しているのに対して、Sxl変異個体で観察された異常な無核精子束では核が精子束の前方に散在していました。

正常個体とSxl変異体の無核精子束

さらに、カイコの利点を利用した交配実験を行ったところ、Sxl変異体の有核精子は受精能力を有することわかりました。これらの結果から、Sxl変異体の雄不妊の原因は、無核精子にあることが明確となりました。

カイコにおける無核精子の働きとは?

Sxl変異体は、無核精子に異常が生じたため雄特異的に不妊となったと考えられます。カイコでは、無核精子が受精に必要不可欠であることが知られていますが、どのように受精に関わっているのかは不明でした。それでは、無核精子はどのように受精に関わっているのでしょうか?

カイコの雌は交尾によって受け取った精子を一時的に交尾嚢と呼ばれる袋状の器官に蓄えます。次に、交尾嚢に蓄えられた精子は、精子を貯めておく受精嚢と呼ばれる器官に移動します。無核精子に異常が生じたSxl変異体の有核精子は、交尾嚢では観察されたのですが、受精嚢では観察されませんでした 。無核精子に異常が生じた雄の有核精子が受精嚢で観察されなかったことから、無核精子は交尾嚢から受精嚢への有核精子の移動に必要であることが明らかとなりました。

メス内部生殖器内の正常個体とSxl変異体の精子

おわりに

異型精子は、多くの動物で報告されていますが、異型精子形成に関わる遺伝子は、今までどの生きものでも明らかにされていませんでした。本研究は世界に先駆けてSxl遺伝子が、異型精子の一種である無核精子の形成に関わることを明らかにしました。さらに、私たちの研究は、無核精子が交尾嚢から受精嚢への精子の移動に必須であることを明確に示しました。

ガやチョウの仲間では、無核精子は精子競争に関わることが一般的な機能として考えられてきましたが、カイコでは精子の移動に必要であることを明確に示すことができました。あまり重要そうでない核を欠失した無核精子が、メスの体内での精子の移動に必要であることを示したことは、今後の精子研究に大きな影響を与えるかもしれません。

異型精子は、複数の動物で独立に獲得されたと考えられています。それでは、なぜ、異型精子といった特徴的な精子が複数の動物で獲得されたのでしょうか? 動物の精子形成では、たくさんの精子のもととなる細胞から、状態が良いものだけが受精に用いられる精子となる可能性が指摘されています。 もしかすると、状態が悪かった精子を別の用途に用いることが、異型精子の進化につながったのかもしれません。今後は、私たちが明らかにした遺伝子を足がかりに、異型精子形成の分子機構を詳細に調べることで、その進化の謎について明らかにしていきたいと考えています。

本稿で紹介した研究は、名古屋大学の柳沼利信教授、後藤寛貴研究員、大島宏之大学院生、岩手大学の佐原健教授、由利昂大大学院生、京都大学の大門高明教授との共同研究の成果です。

参考文献

  • Higginson DM, Ptnick S (2011) Evolution of intra-ejaculate sperm interactions: Do sperm cooperate? Biol Rev Camb Philos Soc 86: 249-270.
  • Sahara K, Kawamura N (2002) Double copulation of a female with sterile diploid and polyploid males recovers fertility in Bombyx mori. Zygote 10: 23-29.
  • Sakai H, Oshima H, Yuri K, Gotoh H, Daimon T, Yaginuma T, Sahara K, Niimi T (2019) Dimorphic sperm formation by Sex-lethal. Proc Natl Acad Sci USA 116: 10412-10417.

この記事を書いた人

酒井 弘貴, 新美 輝幸
酒井 弘貴
基礎生物学研究所 進化発生研究部門/日本学術振興会特別研究員(PD)。博士(生命科学)。1988年兵庫県相生市生まれ。東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻博士後期課程修了。性的二型や精子の二型といった生物がつくる『二型』について研究を行なっている。

新美輝幸
基礎生物学研究所 進化発生研究部門/総合研究大学院大学 教授。博士(農学)。1965年愛知県半田市生まれ。名古屋大学大学院農学研究科博士課程(後期課程)修了後、日本学術振興会特別研究員PD(名古屋大学)、日本学術振興会海外特別研究員(バーゼル大学)、名古屋大学大学院生命農学研究科助教、科学技術振興機構さきがけ研究研究者(兼任)を経て現職。昆虫の翅、テントウムシの翅の模様、カブトムシの角など昆虫が進化の過程で独自に獲得した新奇形質に着目して、昆虫の多様な形質をもたらす分子基盤および進化メカニズムを解明することを目指している。