巨大単細胞生物 海ぶどうの形作り

この地球上にはさまざまな形の生きものがあふれていますが、私たちの身の回りにも、まったく予想外の体の構造をしている生きものが存在していることをご存知でしょうか。沖縄県を代表する食用海藻である海ぶどう(標準和名・クビレズタ)もそのひとつです。海ぶどうは、つた状の部分(匍匐枝)からブドウのような形の粒がついた房(直立枝)が伸びた外見を持ち、ときには長さ1m以上にも成長する緑藻です。その体のすべての構造は、ひとつながりのたった1個の細胞でできており、なおかつ細胞の中に多数の核が含まれている、生物の体作りという観点からとても興味深い生物です。

海ぶどうは食用として陸上のビニールハウス内に作られた海水プールで育てられていますが、食用部位である粒ができにくいなど、海ぶどうの形作りに関係した問題が養殖関係者を絶えず悩ませています。つまり、海ぶどうが形を作り上げるメカニズムを知ることは、基礎研究だけでなく海ぶどうの生産においても重要な課題です。

生物の形作りのメカニズムについては古くから多くの研究がされてきましたが、動物や陸上植物などの多細胞生物に比べて、巨大単細胞生物の形作りは基本的なことに関しても謎が多く残されたままです。そこで私たちは、特殊な体の構造をもつ海ぶどうの形作りを担うメカニズムの全体像を把握したいと考え、その第一歩としてメカニズムの根幹を規定するゲノムの解読に取り組みました。

海ぶどうの外観。主に直立枝を食用とする。

海ぶどうのゲノムと特殊な形作りのメカニズム

私たちは、沖縄県恩納村漁業協同組合で養殖された海ぶどうからDNAを抽出し、次世代型ゲノムシーケンサーを駆使して、その全ゲノム配列を決定しました。ゲノム解読の結果、構築された36本のDNA配列が決定した全配列長の95%をカバーする、染色体に準ずるレベルの高精度なゲノム配列が得られました。また、海ぶどうのゲノムサイズは、養殖・栽培されている農水産物のなかでも最小クラスの28 Mbで、9,311種類の遺伝子が存在することが明らかになりました。これらの数値は顕微鏡サイズの単細胞の緑藻と同様であるため、海ぶどうはゲノムを巨大化させることなく複雑な体を作れるように進化したと考えられます。

海ぶどうの形作りのメカニズムに迫るため、海ぶどうのゲノム上に見つかった9,311種類の遺伝子と微細な緑藻の遺伝子群を比較し、海ぶどうの遺伝子群の特徴を探しました。その結果、海ぶどうでは細胞核の物質の出入りを制御する核膜孔と呼ばれる構造に関わる遺伝子群が、クロレラなどの単細胞の緑藻と比べて増加しており、それらの遺伝子群は部位ごとに発現量が異なることが示されました。これらの結果は、部位ごとに細胞核自体が特殊化し、各部位で必要とされる転写因子などのタンパク質を核内に選択的に取り込むことで、仕切りのない細胞の各部位が複雑な形に変化することを示唆しています。

核膜タンパク質による部位特異的な遺伝子発現調節のモデル

海ぶどうと陸上植物の形作りの共通性

海ぶどうゲノムの解析では、海ぶどうの形作りは巨大単細胞生物に特有のメカニズムだけでなく、野菜や果物などの陸上植物と共通したメカニズムも鍵を握っている可能性が示されました。そのひとつがTALE型ホメオボックス遺伝子です。TALE型ホメオボックス遺伝子は各種の遺伝子の転写制御に関わる因子であり、祖先的なTALE型ホメオボックス遺伝子は、有性生殖世代と無性生殖世代の切り替えを制御していたと推測されていますが、植物や動物では遺伝子の種類が多様化し、細胞が組織の構造を形作る過程など、さまざまな発生を調整する役割も獲得しています。

海ぶどうにおいてもTALE型ホメオボックス遺伝子は多様化しているだけでなく、陸上植物と同様に部位や発生段階ごとに発現する遺伝子が異なることが示唆されました。海ぶどうの祖先は遅くとも6億年前から陸上植物と別々の進化を重ね、まったく異なる構造の体を獲得したにもかかわらず、その両者が形作りを制御するために類似のメカニズムをそれぞれ独自に獲得したことは興味深いものです。

海ぶどうのライフサイクルにおけるTALE型ホメオボックス遺伝子の使い分けのモデル

巨大単細胞生物の形作りの解明と持続可能な未来にむけて

今回の研究によって、巨大な単細胞生物である海ぶどうが複雑な形を作り上げる仕組みの手がかりが得られましたが、海ぶどうの体内で多数の核が協調して働く仕組みなど、海ぶどうの形作りについての謎は尽きません。今後は解読した海ぶどうゲノムという研究基盤を活用し、海ぶどうが仕切りのない体から形の異なった各部位を作り上げる過程に迫っていきたいと考えています。

また、水産面においても海ぶどうのゲノム情報を活用した新たな展開の可能性が広がっています。たとえば、生育不良に陥った個体ではどのような遺伝子の働きが過剰なのか、または欠如しているのか判定できるようになったことで、海ぶどうの健康を遺伝子レベルで診断し、生育不良を早期に検知して回避する取り組みや、生育不良を起こしにくい品種の選別と作出も可能になります。これらの取り組みは、将来の気候変動により困難になると懸念される海ぶどうの栽培に活路を与えるでしょう。さらに本研究で得られたゲノム情報は、外来種問題を引き起こしている海ぶどうに近縁な海藻の増殖対策にも利用できると期待されます。

参考文献
Arimoto A, Nishitsuji K, Higa Y, Arakaki N, Hisata K, Shinzato C, Satoh N, Shoguchi E. A siphonous macroalgal genome suggests convergent functions of homeobox genes in algae and land plants. DNA Research, 2019;26:183–192.

この記事を書いた人

有本飛鳥
沖縄科学技術大学院大学 マリンゲノミックスユニット ポストドクトラルスカラー。広島大学大学院理学研究科生物科学専攻修了。博士(理学)。2015年より現職。生物の形作りに関わる各種の分子機構の共通性と多様性について理解することを目指して、様々な生物の比較ゲノム研究に取り組んでいる。