地球表層の炭素循環と海底堆積物

炭素は、私たち人間も含めた生物を形作る有機物の主要な構成元素のひとつです。また、大気中二酸化炭素と地球温暖化の関係でもわかるように、気候を含めた地球環境にとっても、炭素は重要な元素です。

炭素の現存量は、その主要な保管場所(レザバー)ごとに、陸域の生物圏に550GtC(ギガ[十億]トン炭素)、土壌に1500GtC、大気圏に750GtC、水圏の大部分を占める海洋に4万GtC、地圏(堆積物を含む地殻)に6600万GtCとされています。また、それぞれのレザバー間の収支を短期間で見ると、風化などによって陸から海洋にもたらされる炭素が年間0.8GtC、このうちの0.6GtCは炭酸塩の形成などを通じて大気圏に放出され、0.2GtCが堆積物として埋没します。

海洋の中では一次生産による有機物の形成により、年間に40GtCが一旦固定されますが、このほとんどは食物連鎖や生物活動などで消費されてしまいます。より長い時間スケールの炭素の循環では、海洋地殻が堆積物を伴って沈み込み、それが高温・高圧下で溶けて、火山ガス中の二酸化炭素として放出されることと、大気中の二酸化炭素を使った地殻の風化によって海洋に流入して、炭酸塩や有機物として堆積物に戻ることが大事といわれています。

海底表層堆積物の有機炭素の現存量は150GtCと見積もられていますが、海底堆積物への炭素(有機物)の堆積(固定)という点では、海洋表層での一次生産の活発な地域や陸からの粒子供給量が高く、海底堆積物の堆積速度が大きい沿岸域が重要とされています。

たとえば、インド亜大陸の衝突で隆起を続けるヒマラヤ山脈からの粒子供給を受けたガンジス・ブラマプトラ川水系では、年間に400万トン(0.004GtC)程度の有機物が海域に供給されているとされています。一方で、その他の普通の海底は有機炭素の供給量も少ないので、炭素循環における寄与は小さいと考えられてきました。

2011年東北沖地震により超深海「日本海溝」底で起こったこと

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震では、その強い振動と海底の地殻変動に伴って発生した巨大津波により、多くの尊い人命が失われただけでなく、東日本の広域にわたって甚大な被害がもたらされました。

この地震の破壊領域周辺の海底でも大きな変動が発生しました。震央近傍の日本海溝軸付近では、50mもの規模での海底地形の変化が発生し、これは地震を起こした断層の滑りが海溝近傍まで達したためであることがわかりました。さらに、海溝底の海底堆積物の表層には、この地震で形成されたと考えられる堆積層が確認されました。

通常のときに粒子が海水中を沈降してきて形成される堆積物に対して、このような特別な地質イベントで形成された堆積物を「イベント堆積物」と呼びます。日本海溝の海底表層堆積物からは、2011年東北沖地震のイベント堆積物が本震の破壊領域にほぼ沿って分布すること、より長い5~10m程度の海底堆積物コアからは同様なイベント堆積物が複数あって、それが仙台平野などの津波堆積物と似た積み重なり方をしていることなどがわかってきました。

2011年東北沖地震時の日本海溝底でのイベント層の形成機構
地震の強い地震動は海底表層の柔らかい堆積物を巻き上げ、海底直上に海水と堆積物が混ざった「泥水」を形成した。堆積物が混ざった分だけ周りの海水よりも重くなった「泥水」は海底に沿って斜面を重力的に流れ下り(混濁流)、最も深い海溝底の凹みである小海盆にイベント層として堆積した。

日本海溝底の堆積物と有機炭素の調査

私たちは、2011年東北沖地震のイベント堆積物を詳しく調べるために、日本海溝底の調査を行いました。しかし、水深7000mを超える日本海溝底の調査は容易ではありません。まず、海溝底から海底堆積物を採取できる調査船は非常に限られています。また、相手が水深7000mを超える超深海ですので、堆積物を採取するコアラーを上げ下げするだけでも時間を要します。さらに、自然が相手でもあるため、海況の悪化で撤退を余儀なくされたこともありました。地震後の2012年から複数の調査船を使って調査航海を行いましたが、採取できた堆積物コアの数は限られていました。

日本海溝の調査に使用した調査船
(左上)「みらい」(海洋研究開発機構所有)
(右上)新青丸(海洋研究開発機構所有)
(左下)新「ゾンネ」号(ドイツ連邦教育・研究省所有)
(右下)旧「ゾンネ」号(RF研究調査船社所有[当時])

そこで利用したのが「音」です。海洋の調査では、調査船から音を出し、海底面や海底下から跳ね返ってくる音を拾って、いろいろなことを調べます。まず行ったのが、海底地形の把握です。音を扇形に出して、海底地形を面的に捉えます。これによって、日本海溝が多数の小さな凹地(小海盆)の連続であることと、小海盆ごとの詳細な地形が捉えられました。

次にもう少し低い音を使って海底下の構造を調べました。すると、小海盆の海底表層に音響的に透明な地層があるのがわかりました。いくつかの小海盆で採られていた堆積物コアと比較すると、この音響的透明層が2011年のイベント堆積物に相当するのがわかりました。小海盆の詳細な海底地形と音響的透明層の分布と厚さから、小海盆毎のイベント堆積物の体積を計算しました。

さらに、堆積物コアの2011年のイベント堆積物に含まれる有機炭素の濃度を分析することで、2011年東北沖地震で日本海溝の小海盆にイベント堆積物として固定された有機炭素の量を初めて把握することができました。驚くべきことに、堆積物の量は東京ドーム150個分の0.19km3、有機炭素の量は100万トンにも達することがわかったのです。

2011年東北沖地震による日本海溝の小海盆毎の有機炭素の堆積量
海底地形から見積もった音響的透明層(黄色で塗色した部分)の小海盆内での分布と厚さに、堆積物コア試料の分析から得られたイベント堆積物中の有機炭素量を乗じて算出した。イベント層は本震震央近傍の日本海溝中部域よりも茨城沖の小海盆の方が厚く、体積も大きいため、有機炭素の堆積量も大きいことが判明した。これは中部域では小海盆の大きさが小さいことに起因すると考えられた。

今後の展望

今回の研究成果は、2011年東北沖地震などの巨大地震が海溝のような超深海の堆積作用や海底環境に大きな影響を与えていることを明らかにしました。堆積物への有機炭素の固定はより長期的な炭素循環に重要ですので、地球表層の炭素循環を考えるうえでも重要になります。今後、日本海溝を中心とした超深海の研究がさらに加速することが期待できます。

また、日本海溝の堆積物には過去の巨大地震の痕跡も残されていることがわかってきました。国際深海科学掘削計画(IODP)では、日本海溝全域からより長い堆積物コアを採取する研究航海を予定しています。これにより、東北沖での過去の巨大地震の発生履歴が解明されるだけでなく、今回のような超深海での地球表層プロセスや生物圏の理解が進むことが期待されます。

参考文献

  • Kioka, A., Schwestermann, T., Moernaut, J., Ikehara, K., Kanamatsu, T., McHugh, C.M., dos Santos Ferreira, C., Wiemer, G., Haghipour, N., Kopf, A.J., Eglinton, T.I. & Strasser, M. “Megathrust earthquake drives drastic organic carbon supply to the hadal trench” Scientific Reports, 9, 1553, (2019) doi:10.1038/s41598-019-38834-x.
  • Ikehara, K., Kanamatsu, T., Nagahashi, Y., Strasser, M., Fink, H., Usami, K., Irino, T. & Wefer, G. “Documenting large earthquakes similar to the 2011 Tohoku-oki earthquake from sediments deposited in the Japan Trench over the past 1500 years” Earth and Planetary Science Letters, 445, 48-56. (2016)
  • 池原 研・宇佐見 和子『海底の地震・津波堆積物:巨大地震・津波による海底の擾乱と擾乱記録を用いた巨大地震・津波履歴の解明』(シンセシオロジー、11、12-22、2018)

この記事を書いた人

池原 研
池原 研
池原 研(いけはら けん)
産業技術総合研究所地質調査総合センター地質情報研究部門 首席研究員。
博士(理学)(九州大学)。1982年4月通商産業省工業技術院地質調査所入所以来、日本周辺海域を中心とした海底堆積物の調査研究に携わる。船に乗り、新たな海域で新たな堆積物を採り、そこに残されている記録を読み取るのを生業としている。航海に出るたびに新たな発見があり、この前まで見えなかったものが見えるようになるのが楽しくて、堆積物を扱い続けている。