音の見える化

これまでの音の評価は、主として1本の無指向性マイクロホンを備えたサウンドレベルメーターを用いて行われてきました。サウンドレベルメーターは、その環境の音の強さを計測できますが、その音がどの方向からどのくらいの強さでやって来るかを測ることはできません。環境騒音の対策として音を遮蔽したり吸収させたりする方法がありますが、サウンドレベルメーターを用いる音の評価では、どこにそれらの対策を施せば良いかわからないため、効率的な騒音対策が行えませんでした。

また、これまでにも音源の方向を可視化するシステムはありましたが、非常に高価で、マイクロホンアレーなどの多数のマイクロホンが必要なため大規模であり、可視化範囲も180度程度と狭いなどの理由から、日常的に現場で使えるシステムではありませんでした。そのため、簡易に安価で360度全方向にある音源の方向を可視化できるシステムが求められていました。特に建設業界では、周囲の騒音を360度可視化でき、現場で使いやすく安価な測定装置の導入が求められていました。

3Dマイクロホンとは?

私たちは360度全方向にある音源の方向を見える化するために、「3Dマイクロホン」を用いて研究を行いました。3Dマイクロホンとは、複数のマイクロホンで構成される、360度全周からの音を録音できるマイクロホンです。たとえば、前方左上向き、前方右下向き、後方左下向き、後方右上向きに配置された4本のマイクロホンで構成されます。

3Dマイクロホンとその構成例
(左)3Dマイクロホンの写真。3Dマイクロホンは、複数のマイクロホンで構成される、360度全周からの音を録音できるマイクロホン。
(右)3Dマイクロホンの構成例。前方左上向き、前方右下向き、後方左下向き、後方右上向きに配置された4本のマイクロホン。各マイクロホンは正面に対しての感度が良い単一指向性というタイプ。

3Dマイクロホンで録音したデータは、A-formatと呼ばれ、各マイクロフォンの出力の加減算により、全方向成分、前後差成分、左右差成分、上下差成分データに変換することができます。変換されたデータは、B-formatと呼ばれます。全方向成分と各方向成分の積を空気の特性を考慮した値で除することで、音の大きさと方向を持つ量である音響インテンシティを求めることができます。各方向の音響インテンシティのタンジェントの逆関数から、音源の方位角と仰角を求めることができます。さらに、対象時間内の全音響インテンシティに対する求めたい方角のインテンシティの比により、求めたい方向の音の強さを求めることができます。

近年、バーチャルリアリティー技術の普及により、3Dマイクロホンの価格が低下し、10万円以下のものも販売されるようになってきました。また、360度全方向の画像を撮影することができる全天球カメラも容易に手に入るようになりました。これらの技術により、従来の大規模な測定装置に比べ、小型で10分の1程度の価格、半分以下の短い作業時間で、360度全方向の音源を見える化することが現実的になってきました。

音の見える化システム – 音源の方向を「音配図」として可視化

私たちは、市販の10万円程度の簡単に持ち運びや設置ができる1本の3Dマイクロホンを用いて音の強度を求め、音源の方位角と仰角、マイクロホンの位置(受音点)を中心とする球面での音の強度分布図を作成するアルゴリズムを、佐藤工業(株)、(株)長谷工コーポレーション、(株)CAEソリューションズ、(株)安藤ハザマと協力して開発しました。

ある場所の各方向の風向および風速の頻度を表した風配図になぞらえて、私たちは音の強度分布図を「音配図」と名付けました。

開発したアルゴリズムは、さまざまな音源に対して最適な周波数帯域や空間分割幅を自由に設定できるように工夫しました。これは、実環境ではさまざまな音源がいろいろな場所に存在し、それらを同時にすべて解析することは難しいため、周波数や方向を限定して解析できると便利なためです。このアルゴリズムを用いて、ひとつの3Dマイクロホンとパーソナルコンピューター程度の簡便な装置で音の見える化システムを構成しました。

開発したシステムの精度を検証するため、外部騒音を防ぎ、内壁で音が反射しない無響室において、真正面と左右45度に設置したスピーカーから、自動車(右45度)、バックホウ(ショベルカー)(正面)、電車(左45度)の音を出して各音源の方向を解析しました。

各音をひとつずつ出したり、2つ、3つの音を同時に出したりして、音源の方位角と仰角を解析したところ、音源がひとつであれば正確に各音源の方向を可視化することができました。また、複数の音を同時に出しているときには、音源の方向を算出し、全天球カメラで撮影した360度画像に重ね合わせると、特に強い音源の方向を「音配図」として可視化できました。

無響室における音の見える化システムの検証
(1) スペクトログラム解析結果。縦軸が周波数、横軸が時間を示し、各周波数の音の強度の時間変化がわかる。青から赤になるにつれて音が強いことを示す。
(2) 音源の方位角解析例。青から赤になるにつれて音源の方位角が右から左になる。
(3) 音源の仰角解析例。青から赤になるにつれて音源の仰角が下から上になる。
(4) 音の強度分布図(音配図)の解析例。青から赤になるにつれて音が強くなることを示す。(1)図中(a)と示された140秒付近で自動車(右スピーカー)、バックホウ(中央スピーカー)の音が卓越している時の音配図。強い音源の方向が可視化できている。
(5) 音配図解析例。(1)図中(b)と示された145秒付近で電車(左スピーカー)の音が卓越している時の音配図。電車音の方向が可視化できている。

実環境での音の見える化

さらに私たちは、実際の環境においてこのシステムを検証するために、建設中の建物屋上と4階廊下において音源方向の解析を行いました。これらの環境の主な音源は、建物の前面を走る道路交通騒音でした。

建物屋上のデータについて、一般的な騒音解析で行われるスペクトログラム解析を行ったところ、音圧レベルの増減を観測することができました。また、3Dマイクロホンにより方位角を解析したところ、左右両方向にそれぞれ進んでいく自動車を観測することができました。

次に10分間のデータの音源の方向を算出し、全天球カメラで撮影した360度画像に重ね合わせました。建物屋上では、道路から到来する音を可視化することができ、4階廊下では、道路から到来する音に加えて、後方の壁から反射する音を可視化することができました。

実環境における音の見える化システムの検証
(1) スペクトログラム解析結果。縦軸が周波数、横軸が時間を示し、各周波数の音の強度の時間変化がわかる。青から赤になるにつれて音が強いことを示す。自動車が前面を通過すると音の強度が増加する。
(2) 音源の方位角解析結果。青から赤になるにつれて音源の方位角が右から左になる。前面を通過する自動車の方向が可視化できている。
(3) 音源の仰角解析結果。青から赤になるにつれて音源の仰角が下から上になる。下方から到来する音の方向が可視化できている。
(4) 全天球カメラで撮影した測定場所の360度画像(4階建ての建物屋上)。
(5) (4)に音配図を重ね合わせた図。前面下方から音が到来していることがわかる。
(6) 全天球カメラで撮影した測定場所の360度画像(4階建ての建物4階廊下)。
(7) (6)に音配図を重ね合わせた図。前面下方だけでなく壁からの反射音も到来していることがわかる。

今後の展開

今回私たちが開発した、音源を「音配図」として可視化する技術は、広範囲の音響情報を必要とする建設・建築現場などでの音源探査の簡易・省力化や、日常生活の見守り技術への貢献が期待されます。

今後は、主に建築現場を対象に試験利用を行い、このシステムの音源方向や音量の計算精度、作業効率などの有効性の検証を行うと同時に、音源方向算出アルゴリズムの改良とリアルタイム化に取り組みます。

この記事を書いた人

添田 喜治
添田 喜治
国立研究開発法人産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門・主任研究員。神戸大学工学部建設学科卒業、神戸大学大学院自然科学研究科地球環境科学専攻(博士後期課程)修了。博士(学術)。音質・音場評価、サウンドデザイン、視聴覚情報処理の研究に従事。自動車、航空機、鉄道、空調等から発生する音、オーディオ機器、楽器の音質評価、寺院・教会・駅構内などの音環境評価、心理・生理反応を用いた視聴覚メカニズムの解明などの研究を行っている。