卵の一斉孵化とは?

「孵化が一斉に起こる」と聞くと、たとえばカマキリの子が、卵のつまった「卵鞘(らんしょう)」から続々と現れる光景を思い浮かべるのではないでしょうか。カマキリのほかにも一斉に孵化する昆虫は身近にいて、冬の前に屋内に侵入するクサギカメムシもそのひとつです。

クサギカメムシの卵はカマキリとは異なり、むき出しのまま葉などの平らな面に通常28個がぴったりならんだ「卵塊」で産みつけられます。私たちはその卵塊を観察するなかで、すべての卵がほとんど同時に孵化することに気づきました。

クサギカメムシの成虫と一斉に孵化を始めた卵塊

このように立て続けに卵が孵ることは、偶然ではありえません。これらの昆虫では、先に孵化した子から伝わった刺激に反応して他のものが孵化していると予想できます。もしそうならば、それはどんな刺激なのでしょうか? 見ているだけではそれがわからないのが、不思議な印象を深めています。

一般に一斉孵化は、孵化したばかりの子が捕食者を回避したり、集団で行動したりするために必要だといわれています。これまでに、昆虫をはじめ鳥やカメ、ワニなど多様な動物で、卵の中の子がまわりの子から情報を得て一斉孵化することが知られてきました。

ところが、その際に利用される情報そのものは、明らかになっているとは限りません。孵化間近の子が小さな鳴き声を発する鳥やワニでは、その鳴き声が利用されることがわかっていますが、昆虫など他の動物では詳しく解明されていませんでした。そこで私たちは、クサギカメムシで一斉孵化に利用される情報を突き止めることを目指しました。

クサギカメムシの一斉孵化は情報伝達によるものか?

クサギカメムシの一斉孵化は、子のあいだに情報の伝達があることを感じさせますが、「卵塊は限られた時間内に産まれたものだから、孵化がそろって起こるのは当然ではないか」と考えることもできます。そのため、一斉孵化が本当に情報伝達によって起こっているか、まずは確かめる必要があります。

そこで、卵のあいだの接着をはずして卵塊を個々の卵に分け、さらに情報伝達が起こらないよう隔離したときに、全卵の孵化にどのくらいかかるかを調べたところ、要した時間は3~4時間と、卵塊そのままのときの15分と比較してずいぶん長くなることがわかりました。ちなみに同時に調べた同じカメムシ科のブチヒゲカメムシでは、28個ほどの卵塊そのままのときと分離したときで、孵化の所要時間はともに3~4時間と変わりませんでした。


クサギカメムシとブチヒゲカメムシの卵塊が孵化する様子。速度は300倍。同じカメムシ科の2種であるが、孵化の様子はまったく異なる。

この結果は、クサギカメムシは子のあいだの情報伝達によって一斉孵化することを示します。また、卵塊の個々の卵は情報伝達がなくても自発的に孵化することがわかりました。おそらく一斉孵化の過程では、自発的に孵化する時間が最も早いものがまず孵化し、その子が出した刺激を合図に他の子が孵化を早めていると考えられます。

孵化の合図は機械刺激?

では、クサギカメムシの子はどのような合図によって一斉孵化するのでしょうか? まっさきに考えられるのは、孵化を始めた昆虫の動きで生じる機械刺激、すなわち振動や圧力がまわりの子に伝わり孵化の合図になっている可能性でしょう。

私たちは、2つの卵が直接接着していなくても、台紙を通して近距離でつながっていると、それらがそろって(15分以内で)孵化する場合が多いことを見つけました。このため圧力が合図となっている可能性は除外できます。

他に、空気中を伝わる化学物質や音が合図となっている可能性もありました。しかし、2つの卵が台紙でつながった状態で、さらにそのあいだにシャープペンシルの芯で橋をかけると、そろって孵化しやすくなったことから、これらの可能性も除外され、「振動」が合図であると確かめられました。

クサギカメムシの一斉孵化の合図が振動・圧力・におい・音のいずれかを特定するため、2つの卵を位置関係や接触のしかたを変えて台紙に固定し、どの条件時にそれらがそろって(15分以内で)孵化することが多いかを調べた。
(A)別々の台紙上のときよりも、同じ台紙上で1mm離した方が多く、接着させるとさらにずっと多かった。
(B)1mm離した状態では、シャープペンシルの芯であいだをつないだ方が多かった。これらの結果は、振動が合図であることを示している。

実は、昆虫で振動が一斉孵化の合図になることが示されたのは初めてではありません。タガメやサバクワタリバッタで、非特異的な振動刺激を人工的に与えると孵化が促進されるという研究があります。しかし、これらの昆虫では、孵化を始めた子のどのような振動が実際に伝わり、孵化の合図になっているかという点まではわかっていません。

これらの昆虫の子は、卵殻から抜け出そうとして、しきりに蠕動(ぜんどう)運動をします。その様子はいかにも合図の振動を伝えているように見えます。しかし、クサギカメムシの孵化を詳しく観察しているうちに、それとは別の動きが合図を生み出しているのではないかという考えが生まれました。

孵化を促進する意外な振動

それは卵殻を抜け出す以前の、卵殻を割る動きです。カメムシの卵殻には円周状に割れやすい箇所があり、中の子はそこを頭で押して完全に割らないと外に出てこられません。頭には「卵殻破砕器」という尖った帽子のような構造がついていて、これで力を一点に集中させて押すことで、決まった箇所が弾けるように割れて突破口が開きます。この瞬間、強い振動が生じるように見えました。

この「卵殻が割れる振動」が、まわりに伝わって孵化の合図になるということがあるのでしょうか? これを調べるために、私たちはまず、接着したままの2つの卵を卵塊から取りはずして一方が孵化し始めるのを待ち、その卵殻が割れた瞬間、隣の卵に伝わる振動を計測しました。計測には非接触で計測が可能なレーザドップラ振動計を使用しました。

8つの例で計測を行ったところ、卵殻が割れた瞬間にいつも、持続時間が3ミリ秒ほどのパルス状振動が隣接した卵に伝わることが判明しました。

孵化を開始したクサギカメムシが卵殻破砕器で卵殻の一か所を割った瞬間の振動を、レーザドップラ振動計を用いて隣接する卵で計測した。オシログラムで示したような、持続時間の非常に短いパルス状振動が隣接卵に伝達した。

次に、記録した「卵殻が割れる振動」を加振器を用いて再現し、その振動を孵化する少し前の卵に与えるプレイバック実験をおこないました。その結果、この振動に卵をただちに孵化させる効果があることが確かめられました。

このことから、クサギカメムシでは「卵殻が割れる振動」が一斉孵化の合図になると明らかになりました。また別の実験により、この振動は隣の卵に限らず、いくつかの卵をあいだに挟んでも伝わるとわかりました。卵塊全体が同時に孵化するのには、このような理由があるようです。

おわりに

他の昆虫の一斉孵化を観察した別の研究者も、卵殻が割れる振動を合図の候補のひとつに挙げていました。検証は必要ですが、さまざまな昆虫がこの振動を一斉孵化に利用しているかもしれません。

クサギカメムシがなぜ一斉孵化する必要があるかは、実はよくわかっていません。孵化した子は数日間に渡り卵殻周辺にとどまる習性があるので、集団で移動するためという理由ではなさそうです。私たちは、孵化の遅い卵が先に孵化した子に「卵共食い」されるのを避けるため、という仮説を立てています。また、上に述べたように、近縁なブチヒゲカメムシなどでは一斉孵化が見られないことがわかっているので、その理由もふくめて研究を進めています。

参考文献

  • Jun Endo, Hideharu Numata “Effects of embryonic responses to clutch mates on egg hatching patterns of Pentatomidae (Heteroptera)” Physiological Entomology 42: 412-417. (2017)
  • Jun Endo, Takuma Takanashi, Hiromi Mukai, Hideharu Numata “Egg-cracking vibration as a cue for stink bug siblings to synchronize hatching” Current Biology 29: 143-148. (2019)

この記事を書いた人

遠藤 淳, 沼田 英治
遠藤 淳, 沼田 英治
遠藤 淳(写真左)
京都大学大学院理学研究科研究員。大阪市立大学生物学科卒業、京都大学大学院生命科学研究科修士課程修了。同大学院理学研究科博士課程でカメムシの孵化のテーマに出会う。孵化行動が近縁な種のあいだで予想外に多様であることがわかって興味を深め、動物行動学のいくつかの観点で研究しています。虫を拾ってきて眺めているのは小さいころと変わりません。2018年に学位を取得。理学博士。

沼田 英治(写真右)
京都大学大学院理学研究科教授、1984年京都大学大学院理学研究科博士課程修了、理学博士。2009年より現職。現在もっとも興味をもつ現象は、「生物学的時間設定」である。動物がどのような時間に決まった活動を行うのか、そしてそれはどのようなしくみでもたらされるのかを明らかにし、野外でどのような意義があるのかを議論したい。専門は動物生理学・行動学。日本動物学会、日本昆虫学会、日本応用動物昆虫学会、日本時間生物学会、日本比較生理生化学会会員。日本学術会議連携会員。国際観光振興機構MICEアンバサダー。