身近な現象「コーヒーリング」

私は、コーヒーが大好きで毎日飲んでいます。この記事を見ている人にはコーヒーが好きな人も嫌いな人もいると思いますが、そのコーヒーを机などにこぼしたときに、そのシミがリング状になっているのに気づいたことがあるでしょうか?

実は、このリング状のシミができる現象は「コーヒーリング現象」とよばれ、科学研究の対象になっているのです。この現象はコーヒーだけで見られるのではなく、絵の具やプリンターのインクなど他の液体でも見ることができます。正確には、コーヒーやインクのような目に見えないくらいの小さな粒子が水の中に分散している液体でみることができます。このような小さな粒子を含む液体がお皿や机の上に置かれて乾燥するときに、小さな粒子が液体の境界部分に集まってきて、最後にはリング状になるのです。

今回私たちの研究では、このコーヒーリング現象が、砂糖を入れた甘いコーヒーでは起こらないことを明らかにしました。リングができるのを見たことがない人は、もしかしたらコーヒーに砂糖を入れるのが好きな人かもしれませんね。

なぜコーヒーリングが研究対象になるのか?

それでは、このように身近なコーヒーリング現象ですが、なぜ研究対象になるのでしょうか? それは、先ほども出てきましたが、たとえばプリンターのインクでも同じような現象が起こるからなのです。

印刷物を拡大すると点の集まりで色を表現してることがわかる。インクの種類や印刷する表面によっては、コーヒーリングができることがある。

インクジェットプリンターは、印刷面にインクを噴射し、小さなインクの液体のしずく(液滴)が乾燥したものが集まることで、絵や文字を印刷することができます。このインクの液滴がリング状になってしまったら、綺麗に印刷することができないのです。そのため、プリンターを作っている会社などは、このコーヒーリング現象が起こらないようにするために、なぜ起こるのかというメカニズムを解明し、その克服につとめているのです。

このように、コーヒーリング現象のメカニズムの解明・克服は私たちの生活をより良くするために重要な研究であるのです。

コーヒーリング現象のメカニズム

まず、コーヒーリング現象がなぜ起こるのか、そのメカニズムを簡単に説明したいと思います。

水の中に小さな粒子が分散している液滴を、ガラスなどの表面の上に置きます。このとき液滴の周縁部分が、一番乾燥速度が速いところといわれています。そのため液滴の内部では、液体の周縁方向に流れが起こります。この流れにのって、液滴内部にある小さな粒子は周縁方向に運ばれていきます。また、この周縁部分は乾燥が終わるぎりぎりまで位置が変わらないことが多く、ピン留め効果と呼ばれています。これによって、粒子は液滴の周縁部分に蓄積し、液滴の内部には粒子がない、もしくは非常に少ない部分ができます。これがコーヒーリング現象が起こるメカニズムです。

コーヒーリング現象のメカニズム
液滴の周縁部分の蒸発速度が速く、周縁方向に向けて流れができる。この流れにのって粒子が液滴周縁に運ばれ、乾燥するとリング状の乾燥跡ができる。

砂糖を加えることでコーヒーリングがなくなる?

では、砂糖を加えていないコーヒーと、砂糖を加えたコーヒーのシミを見比べてみましょう。下の図を見てください。左側がコーヒーのみで乾燥したもの、右側が砂糖を加えたコーヒーの乾燥の跡です。コーヒーのみのシミはリング状になっていますが、砂糖を加えたコーヒーではリング状になっていないことがわかります。

(a) コーヒーのみ(左)、コーヒー+砂糖(右)の液滴の乾燥跡で書いた「COFFEE :)」
(b)(c) コーヒーの乾燥跡ひとつの拡大図。それぞれコーヒーのみ、コーヒー+砂糖。スケールバーは500 μm。

次に、このコーヒーリングのできる過程を動画で見てみましょう。

t/tf=0は乾燥の始まりの時刻、t/tf=1は乾燥の終了した時刻を表しています。この動画では、コーヒーの代わりに蛍光の微粒子を用いて撮影しています。蛍光微粒子を用いると、粒子がより見やすくなるため、乾燥の過程をはっきりと観察することができます。砂糖なしと砂糖ありの2つの乾燥の過程を見比べると、乾燥していくあいだの様子が違うことがわかります。

これをさらに詳細に理解するために、乾燥していくあいだの液滴の内部の流れをコンピューターを用いて解析しました。次にその動画を見てみましょう。

黄色い矢印の向きと長さは液滴の中の流れの向きと大きさを表しています。砂糖なし(左側)では、乾燥が進むにつれて外向きの流れが大きくなります。一方で砂糖がある場合(右側)は、この外向きの流れはみられません。

この理由を探るため、液滴の周縁部を「砂糖あり」の場合で拡大した動画を見てみましょう。

動画の初めの方では、粒子は液滴の周縁部に近づいてきていますが、ある時刻以降ではそこから粒子が内向きに移動していることがわかると思います。液滴の周縁部分では何が起こっているのでしょうか?

私たちは顕微鏡観察とその解析から、これは液滴の周縁部分から砂糖が析出しているためであると結論づけました。砂糖がない場合は周縁方向に流れが発生し粒子を運んでいましたが、砂糖がある場合には、砂糖の結晶が析出することによってピン留めが外れるため、その流れが抑えられると考えられます。これによって、粒子は液滴の周縁部に蓄積していくのではなく、全体に分散しながら乾燥することができます。

私たちの生活をどのように変えるか

私たちの発見した、砂糖を加えたコーヒーではコーヒーリング現象が起こらないという結果が、私たちの生活をどのように変えるかということが気になる人も多いと思います。

コーヒーリング現象を抑制することは、インクジェットプリンターの解像度の向上につながるため、その抑制方法は数多く研究されてきました。たとえば、粒子を変形させたり、液滴を置く物の表面を加工したり、洗剤のような界面活性剤を加えたりする方法があります。これらの方法と比べて私たちの方法は、安価かつ簡単で無害であるといえます。

砂糖は人間が食べても安全なため、フードプリンターに利用したりすることや、今後より発展していくと考えられる臓器などをプリントできる医療用プリンターにも、その安全性から応用できるのではないかと考えています。

参考文献

  • S. F. Shimobayashi, M. Tsudome and T. Kurimura “Suppression of the coffee-ring effect by sugar-assisted depinning of contact line” Scientific Reports 8 17769 (2018) doi http://dx.doi.org/10.1038/s41598-018-35998-w
  • R. D. Deegan, et al., “Capillary flow as the cause of ring stains from dried liquid drops”Nature 389, 827-829 (1997) doi https://doi.org/10.1038/39827

この記事を書いた人

下林 俊典
下林 俊典
国立研究開発法人海洋研究開発機構研究員。和歌山県生まれ。2011年京都大学理学部卒業後、2016年同理学研究科にて博士(理学)取得。その後、仏国パリ高等師範学校のポストドクトラル研究員を経て、2016年より現職。現在米国プリンストン大学にて在外研究中。生物でみられる自己組織化原理の解明を目指している。特に、相分離が誘起すると考えられる脂質ラフトや膜無しオルガネラに興味を持っている。日本生物物理学会、日本物理学会員。