表情研究における「普遍的な表情」への疑問

表情は他者とコミュニケーションをはかるうえで重要な社会的信号です。感情と表情に関する研究をいち早く行ったエクマン博士のグループは、西洋文化圏から隔絶された文化圏の人々が、西洋文化圏の人の表出する表情の意図を読み取ることができること、そして彼らの表出する表情もまた西洋文化圏で表出される表情と共通であることを見出すなど、多様な文化における表情研究に基づいて、基本的な6つの感情(怒り・嫌悪・恐怖・喜び・悲しみ・驚き)を表す普遍的な表情があるという理論を提案しました。

この理論は世界的に普及し、多くの表情研究がそのような普遍的な表情があることを前提として行われています。また、エクマン博士がモデルとなった米国テレビドラマ『ライ・トゥ・ミー 嘘の瞬間』などをとおして、一般的にも広く知られるようになりました。

しかし、その後に行われた表情表出を実証的に調べた研究では、この理論は部分的にしか支持されていません。また、近年の研究で西洋文化圏と東洋文化圏では表情の表出に違いがあることや、顔の筋肉について解剖学的・運動学的な違いがあることが指摘されていましたが、実証的研究は西洋文化圏でしか行われていなかったのです。

このような背景から、私たちのグループでは日本人の表情を実証的に調べることにしました。

表情の実証的研究と人工知能による客観的分析

日本人の表情が実際にどのように表出されるのか、また、そもそも日本人が西洋文化圏の人と同じ表情を表出することができるのかを検討するために、65人の日本人を対象として、2つの条件で基本6表情を表出してもらいました。

ひとつ目の条件である「シナリオ条件」では、基本感情のラベルとそれに対応するシナリオを読み、そのような状況によって引き起こされる感情を感じたときに、一般的に表出する表情を再現するよう参加者に教示しました。もうひとつの「写真条件」では、参加者に基本6感情の表情の典型的な写真を呈示し、その表情を模倣するように教示しました。どちらの条件においても、参加者は自分の顔を見ながら十分に練習をしたうえで、実証に臨んでいます。

その後、これらの2条件で表出された表情について、FaceReader(ソフィア・サイエンティフィック社)という自動的に表情を認知・分析するソフトウェアを用いて解析しました。FaceReaderは、膨大な量の典型的な表情データベースに基づいて構築された人工ニューラルネットワークによって、表情が示す感情の種類やその強度、表情に関わる顔の特定の筋肉の動きを自動的に分類することができます。

このような分類は、これまでの研究では人の手によって行われていることが多かったのですが、近年の人工知能(AI)技術の発展により客観的な分類システムが実用的になってきているのです。

日本人が実際に表出する表情はこれまでの理論の表情とは異なる

私たちの研究結果は、シナリオ条件と写真条件で表出される表情の明確な違いを示すものとなりました。

一般日本人の写真条件(理論的に作られた表情の写真を模倣)とシナリオ条件(感情的なシナリオでの表情表出)の表情。モーフィング技術で平均顔を作成。幸福と驚きは写真条件とシナリオ条件で類似しているが、それ以外の感情はかなり異なる。

まず、各表情におけるターゲットの感情(たとえば怒りの表情に対しての怒り)について分析したところ、写真条件では、ターゲットの感情が他の感情と比較して最も強く表出されていることが示されました。

一方シナリオ条件では、喜びと驚きの条件でしかターゲットの感情がはっきりと表出されておらず、その他の表情はターゲット以外の感情の方が強く表出されていると解析されたのです。

AIによるエクマン理論での感情の認知の結果
各グラフが写真あるいはシナリオでの感情の条件を表し、各グラフの横軸が感情判別での感情を表す。解析の結果、どの感情条件でも、写真条件とシナリオ条件は統計的に有意にパタンが異なることが示された。

さらに細かく見ていくと、すべての感情において、感情の強さや表情に関わる顔の筋肉の動きのパタンが異なっていることもわかりました。

これらの結果は、日本人は基本6表情の典型的な表情を表出することが可能であるにも関わらず、実際の場面では典型的な表情とは異なる特徴の表情を表出しているということを示唆しています。

知見の意義と今後の発展

本研究の結果は、日本人の基本6感情の表情を報告する世界初の実証的知見となります。そして、日本人において(西洋での実証研究と同様に)エクマン博士の普遍的な表情の理論は部分的にしか支持されず、実証に基づいて修正される必要があることを示唆しています。

また、これらの知見は産業に応用することも期待されます。現在、表情の画像から感情を読み取るAI技術が開発されていますが、多くはエクマン博士の理論に基づくもので、必ずしも実証に基づいていません。今回のような知見を踏まえて、さらに実証研究を進めることで、日本人の表情から適切に感情を読み取るAI技術が開発されることが期待されます。

参考文献
Wataru Sato, Sylwia Hyniewska, Kazusa Minemoto and Sakiko Yoshikawa “Facial Expressions of Basic Emotions in Japanese Laypeople” Front. Psychol., 12 February (2019) https://doi.org/10.3389/fpsyg.2019.00259

この記事を書いた人

嶺本 和沙, 佐藤 弥
嶺本 和沙, 佐藤 弥
嶺本 和沙(みねもと かずさ)
京都大学こころの未来研究センター、教務補佐員。2005年、京都大学教育学部卒業。専門は、実験心理学。他者とのコミュニケーションに興味があり、表情認知についての研究を行っている。

佐藤 弥(さとう わたる)(写真)
京都大学こころの未来研究センター、特定准教授。1997年、京都大学教育学部卒業。京都大学白眉センター特定准教授等を経て、現職。専門は、実験心理学・認知神経科学。心理実験、機能的脳画像、脳磁図、深部脳波といった多様な手法を用いて、感情および社会的コミュニケーションの心理・神経メカニズムを研究している。

連絡先:〒606-8501 京都市左京区吉田下阿達町46 京都大学こころの未来研究センター 佐藤弥 sato.wataru.4v@kyoto-u.ac.jp