趣味を持つ生き方への注目

2019年の日本では、人生100年時代の到来や人工知能の発展による社会の変化が盛んに説かれています。たとえば、終身雇用が当たり前でなくなり、100年に及ぶ長い人生を自分で切り拓いていかないといけなくなる。あるいは、定型的な作業を機械が代替していくなかで、自分ならではの興味関心を見つける必要が出てくる。こうした社会診断に共通しているのは、21世紀の社会では「みんなと同じ生き方をする」ことは前提にできない、という考え方です。

こうした社会背景のもと、じわじわと「趣味」に注目する動きが広がっています。たとえば、メディアアーティストとしても活躍する筑波大学 落合陽一准教授は『0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる学ぶ人と育てる人のための教科書』(小学館)において、「人間のモチベーションを喚起するきっかけとなるのは『好きなこと』『やっても苦にならないこと』です。そこで、仕事にできるような、そして自然に続けられるような趣味を持っておくことをオススメします」と述べています。

落合准教授の言うように趣味を仕事にすべきか(できるか)はそれ自体考えるべき問題ですが、少なくとも、自らを駆り立てる「おもしろい」趣味を持つことの価値は今後の社会で増していくことでしょう。

学術研究のフロンティアとしての趣味研究

私たちは趣味を通して、自分ならではのおもしろさを見つけ、深めていくことができます。さらに、趣味を持つことはこれからの時代、特に大事そうです。素晴らしいですね。だから、どうぞみなさん、ご自身の趣味を追求していってください。

……そう言われてできるのならば苦労はしません。「趣味がない」と嘆く人もいるのが実際の社会です。まして、趣味を長く続け、おもしろさを深めていくとなると、相当ハードルを感じるのではないでしょうか。

無理もないことです。私たちはどうやったら趣味がおもしろくなるのかについて、まだよく知らないのですから。仕事やキャリアに関する研究が豊富にあるのに比べて、趣味に関する研究は(無くはないのですが)少ししかありません。欧米の余暇研究では趣味を表す「シリアスレジャー」という概念もありますが、日本で知っている人はあまりいないでしょう。趣味のおもしろさの謎は、21世紀にもなって未だに学術研究のフロンティアに残されているのです。

大事そうなのに、研究されていない。そんなテーマを研究せずに残しておく方が罪作りというものです。そんな思いをもって、私は「趣味はどのようにしておもしろくなっていくのか」を研究しはじめました。

アマチュアオーケストラ団員の趣味人生を聞く

一番はじめに取り組んだのが、アマチュアオーケストラ活動を長く続けている方の「趣味人生」を聞き取り、オーケストラのおもしろさがどう深まってきたのかを分析する研究です。この研究は修士論文にまとめ、後に『日本教育工学会論文誌』に掲載されました。

オーケストラの世界は、プロフェッショナルになる経路とアマチュアになる経路が比較的離れています。そのため、アマチュアオーケストラ団員の方々は「いつかはプロに」と思いながら活動しているというより、趣味として音楽を追求し続けています。中学高校で吹奏楽部に参加し、大学で学生オーケストラに出会い、就職してからも続けている。あるいは、大学生や社会人になってから楽器をはじめ、オーケストラにも参加した、といった経歴をお持ちの方々です。

研究では15名のアマチュアオーケストラ団員の方々に協力いただき、回顧的な半構造化インタビューを行いました。具体的には、自らのアマチュアオーケストラ団員としての人生を振り返ってもらいながら、今オーケストラ活動に感じているおもしろさは何か、それは以前から感じていたのか、それとも出会うきっかけがあったのか、以前はどのようなことをおもしろいと感じていたか、という質問をきっかけにして、それぞれの経験を深掘りして尋ねていきました。インタビューの場には質問をしながら答えを書き込んでいく年表を用意し、互いに年表を見ながら会話することで回顧の助けになるような工夫もしました。都内を中心に、時に愛知県や三重県にも出張しながら、各回1時間~3時間ほどお話をうかがいました。

こうやってインタビューをしていると、「今は○○がおもしろい『けど』……」というように逆説の接続詞を使っておもしろさを説明してくださることがあります。この表現が出てくると、内容が「昔とは対照的なおもしろさに出会った話」であることが分かるので重要でした。ですので、インタビュー中は逆説の接続詞を特に聞き漏らさないように注意していました。

楽団のなかで/楽団を移籍しておもしろさに出会う

15名分のオーケストラ団員としての趣味人生をうかがい、「似たような話」を分析しながら見えてきたのが、「楽団のなかでおもしろさに出会うプロセス」と「楽団を移籍することでおもしろさに出会うプロセス」です。

団員のみなさんがよく語ってくださったのが、「活動をはじめた当初は、これといってオーケストラ活動のおもしろさが何かわかっていなかった」という話です。もちろん最低限の興味がなければ楽団に参加すらしないかもしれませんが、たとえ楽団に参加していても、オーケストラのここがおもしろいと言語化できているわけではありませんでした。

ですが、しばらく活動を続けるうちに、団員たちは「合奏で役割を果たすことのおもしろさ」や「楽団運営を進めていくことのおもしろさ」などに出会います。そのきっかけは、同じ楽団に所属する仲間や先輩が熱心に指導してくれたり、演奏会の広報などの役割を与えられたりしたことでした。楽団のなかでの人間関係や職務によっておもしろさに出会えていたのです。

以上が「楽団のなかでおもしろさに出会うプロセス」ですが、その一方でこんな語りもありました。「活動をはじめてしばらくは、技術を向上させて難しい曲を演奏できるようになるのが面白かった。でも、そのうち上達を目指すだけではマンネリ化してくる。そんなときに、アンサンブルによる音楽づくりの面白さに気づくことで、オーケストラのおもしろさに出会いなおすことができた」というものです。

3人の方々がこの経験について語ってくださったのですが、3人が共通して「音楽性の違う楽団への移籍」をきっかけとして「アンサンブルによる音楽づくりのおもしろさ」に出会っていました。それまでの所属楽団では、ひたすら上達のための個人的な努力が求められていた。けれども、いざ別の楽団に参加してみると、仲間たちでアンサンブルを楽しみながら、良い音楽をつくろうとしている。音楽性の違う楽団に移籍してはじめて、オーケストラにはこんなおもしろさもあったのだと気づいていたのです。

鍵を握るのは趣味縁?

こうした研究結果を得て、私は「楽団を移籍することでおもしろさに出会うプロセス」を興味深く感じました。なぜならば、このプロセスは「誰と一緒にやるかによって、出会える趣味のおもしろさが違うこと」を示しているからです。たとえば、本来アマチュアオーケストラには「アンサンブルによる音楽づくりのおもしろさ」があったとしても、「上達のおもしろさ」だけを追求する仲間のなかではそれに出会えないかもしれないのです。

(著者作成)

趣味を通した人間関係のことを「趣味縁」と呼びます。アマチュアオーケストラを事例に見てきたように、もし趣味縁によって出会えるおもしろさが違うのならば、異なるおもしろさを追求する多様な趣味縁を築くことができれば、私たちは自分ならではのおもしろさを見つけ、深められるかもしれません。さらに言えば、もし趣味に飽きてしまったとしても、それはその趣味に飽きたというより、「今の趣味縁のもとでの趣味」に飽きただけかもしれません。別の趣味縁へのアクセスができるかどうかで、その後の趣味人生は変わっていくでしょう。

そうなると、次に考えなければいけないことは、新たな趣味縁へのアクセスはどのように可能になるのか、それはどの程度意図的に制御可能なのか、といった問題です。実際のところ、団員の方々が新たな楽団に移籍したきっかけは「エキストラに呼ばれたから」、「社会人学生としてアメリカ留学したから」、「自分で楽団を立ち上げたから」といったものでした。こうした出来事が起きるのはどれくらい珍しかったり、難しかったりするのでしょう。エキストラに呼ばれやすい楽器や条件はあるのだろうか?居住地によって楽団の性質の違いはあるか?一から楽団を立ち上げるためにはどれくらいのキャリアが必要なのか?そもそもアマチュアオーケストラ以外の趣味の場合はどうなるのか……?

正直なところ、まだまだ答えは出せません。だからこそ、本格的に始まったばかりの趣味研究を淡々と進めていきたいと思っています。

参考文献

杉山昂平, 森玲奈, 山内祐平 (2018) 「成人の趣味における興味の深まりと学習環境の関係――アマチュア・オーケストラ団員への回顧的インタビュー調査から」『日本教育工学会論文誌』42(1): 31-41

高橋かおり (2015) 「社会人演劇実践者のアイデンティティ――質の追求と仕事の両立をめぐって」『ソシオロゴス』39: 174-190

Azevedo, F. S. (2013) The tailored practice of hobbies and its implication for the design of interest-driven learning environments. Journal of the Learning Sciences, 22(3): 462-510

この記事を書いた人

杉山昂平
杉山昂平
東京大学大学院学際情報学府博士課程。専門は学習科学を中心に、レジャースタディーズや文化社会学など。研究関心は「趣味」をモデルに、私たちが自分ならではの興味を追求できる社会・文化的な環境のあり方を解明することです。現在は「趣味縁」に着目した研究を進めており、本記事で紹介したオーケストラ楽団以外に、デジタル時代のアマチュア写真家たちのネットワークについても調査しています。「趣味に関する学術論文ガイドβ」をまとめています。