ヒトを含むほ乳類のオスは生涯にわたって精子を作り続けますが、なぜ作り続けられるのでしょう? ヒントは「精子幹細胞」にあります。

1日に数十億の精子がつくられる精巣の中身

私たちは、マウスを用いて精子が作り続けられる仕組みを研究しています。楕円球状の精巣には、精細管と呼ばれる直径0.2mmの管が折り畳まれて詰まっています。管の中には精子へと分化する細胞(精原細胞→精母細胞→精子細胞)が充満しており、そのなかの0.1%以下が精子幹細胞です(以下、幹細胞と示します)。この比較的少数の幹細胞は、精子を作る(分化する)とともに、自分自身と同じ幹細胞を作る(自己複製する)ことができます。

マウスの精巣と精細管の構造

このとき、自己複製と分化のバランスが保たれていることが大切です。バランスが崩れて、幹細胞が自己複製しやすくなると幹細胞は異常増殖します。逆に、分化しやすくなると次第に幹細胞は枯渇していきます。幹細胞の自己複製と分化のバランスが保たれることで、精子は安定して作り続けられるのです。

精子幹細胞の自己複製と分化:二つのバランスが重要。

しかし、幹細胞が、どこでどのように自己複製や分化をしているのかは、実はまだ明らかになっていませんでした。幹細胞が血管近くを好んで動き回っている、ということはわかっていましたが、「幹細胞が血管近くに多い仕組み」や「自己複製と分化のバランスを保つ仕組み」は謎のままでした。この2つの謎について、最近の研究成果を紹介します。

精子幹細胞が血管近くに多い仕組み

なぜ、幹細胞は血管近くに多いのでしょう? そこには幹細胞に重要な「タンパク質」が多いのではないかと私たちは仮定し、この「タンパク質」を手がかりに、芋づる式に幹細胞を維持する仕組みが明らかにできるのではないかと考えました。

そこで私たちは、幹細胞に重要な「タンパク質」を同定するために、血管近くの組織を数多く採取してスクリーニングを行いました。ここでいうスクリーニングとは、数多くのタンパク質から条件に合うものを選び出すことです。条件のひとつは、血管近くに多く発現すること、もうひとつは幹細胞を増やす機能を持つことです。私たちはこれらの条件に合う「FGF」と呼ばれる、細胞の増殖を促すタンパク質を選出しました。

FGFは精細管を外から取り囲む細胞(リンパ内皮細胞)が作っていました。幹細胞は動き回りながらFGFをとりこんで消費します。FGFを多くとりこんだ幹細胞は自己複製して数を増やす一方、少ししかとりこめなかった幹細胞は分化して数を減らすことが明らかになってきました。

マウス精巣で精子幹細胞の数が一定に保たれる仕組み

実際に、FGFの産生量を増やしたり減らしたりしたマウスの精巣を用いて解析したところ、FGFの産生量と幹細胞の数は直線的に相関していました。さらに、FGFの染み込んだビーズを精巣に移植してFGFを局所的に高濃度化すると、幹細胞が増えて高密度化しました。FGFの空間的な偏りが幹細胞の密度分布に影響したのです。これらの結果から、幹細胞が血管近くに多い理由のひとつがFGFにあることがわかってきました。

精子幹細胞の自己複製と分化のバランスを保つ仕組み

幹細胞は動き回りながらFGFをとりこんで消費します。このとき、FGFをめぐる奪い合いが起きていることがわかってきました。幹細胞はFGFを奪い合い、その結果、多くとりこんだ幹細胞は自己複製しやすくなるとともに分化しにくくなるのです。FGFは血管近くのリンパ内皮細胞でつくられますが、その供給量は常に一定です。幹細胞は限られた資源を奪い合い、自己複製と分化のバランスを保っていました。

幹細胞による限られた資源の奪い合いにより、どのようなことが起こるのでしょうか? 資源の奪い合いが起こると、幹細胞の密度(過密 or 過疎)に応じて、幹細胞のふるまいが変わってくることが予想されます。幹細胞が過密の場合、FGFをとりこめないものがでてきて分化しやすくなり、幹細胞の数が減ります。一方、幹細胞が過疎の場合、幹細胞の多くはFGFを十分にとりこんで、自己複製しやすくなり、幹細胞の数が増えると予想されます。しかし、本当に幹細胞の数は増えたり減ったりするのでしょうか?

幹細胞とFGFがいつどこで増減するかを測定すれば、理解は早いかもしれません。しかし、微量のFGFの増減を調べることは技術的に困難でした。そこで私たちは、数理モデルを立てて幹細胞とFGFの関係性をシミュレーションし、実測値と合うかどうかを検証しました。その結果、この数理生物学的解析は、FGFの産生量と幹細胞数の直線的相関など多くの実験結果を定量的に説明しました。とりわけ、幹細胞の数を強制的に減らした後の再生過程は興味深いものでした。

私たちはマウスに少量の薬剤を投与して、幹細胞の一部を殺す実験を行いました。投与後、10日で幹細胞の数は約1/3まで減少しました。幹細胞の数はその後ゆっくり元の値に回復すると思っていたのですが、驚いたことに、残った幹細胞は活発に自己複製して、その数は通常の数を大きく超えたのです。すなわち、幹細胞は過疎化してわずか10日間で過密化し、その10日後には再び過疎化しました。

幹細胞は増加と減少を繰り返して次第に本来の数に収束していきましたが、興味深いことに、このような幹細胞の数の振動現象もまた同じ数理モデルで説明することができました。

精子幹細胞が減少した後の再生過程で起こる幹細胞数の振動現象
(左)薬剤を投与して精子幹細胞を減らすと、幹細胞数は振動しながら本来の値に収束した(●)。これは、数理モデルによるシミュレーション(実線)とよく一致した。この振動現象は次のように説明できる。(1)幹細胞が減るとFGFが消費されずに余る。(2)余ったFGFの作用で幹細胞が急速に自己複製し本来の数を上回る。(3)幹細胞が増え過ぎると消費が過多となり今度はFGFが枯渇する。(4)増えすぎた幹細胞は分化して幹細胞の数が減る。(5)この繰り返しで幹細胞数は元の値へ収束していく。
(右)ブスルファン投与後の精細管の写真(精子幹細胞が白く染色されている)。

私たちは幹細胞がFGFを奪い合う様子をまだ見ていません。しかし、「幹細胞がFGFをとりこんで消費する」そして「FGFは幹細胞の自己複製を促し分化を抑制する」という実験結果をもとに作った数理シミュレーションにより、幹細胞の数の変動を予測し、説明することができたのです。

最後になりますが、精子幹細胞どうしが動きながら血管近くのFGFを奪い合って自己複製と分化のバランスを保つ現象は、まるで動物(牛)同士が動きながら限られた資源(牧草)を奪い合って生きているのと、似ているのかもしれません。

動物(牛)は動きながら資源(牧草)を奪い合って生きている(credit: Sara Nishida)

参考文献
Yu Kitadate et al. “Competition for Mitogens Regulates Spermatogenic Stem Cell Homeostasis in an Open Niche” Cell Stem Cell, Volume 24, Issue 1, Pages 79-92.e6 (2019) https://doi.org/10.1016/j.stem.2018.11.013

この記事を書いた人

北舘 祐
北舘 祐
自然科学研究機構 基礎生物学研究所 生殖細胞研究部門 助教。
筑波大学大学院(修士)、総合研究大学院大学(博士)。大学院時代、小林悟先生のもとショウジョウバエを用いた生殖細胞の研究に魅了され没頭した。その過程で精子幹細胞に焦点を当てるようになり、現在はマウスを用いて精子幹細胞を研究している。精子を作り続けるために生き物があみだした巧妙な原理を明らかにしたい。