鳥の種まき追跡! – 3年間の大規模調査で探る、森の果実の量と種のゆくえ
植物と動物の共生関係 – 周食散布とは?
固着性の植物にとって、種子散布は貴重な移動の機会です。植物の多くは、動物に種子を散布してもらっています。動物による種子散布でよく見られるものが「周食散布」です。周食散布とは、植物が種子の“周り”の果肉を動物に提供し、動物が果実を食べて種子を糞として排出することで、種子の散布が成り立つというものです。植物側にも動物側にも利益がある、共生関係といえます。
周食散布は温帯林の樹木種の35~44%、熱帯雨林では75~90%を占めており、動物が森づくりに大きくかかわっています。実際、森林伐採や狩猟で動物がいなくなった森は空洞の森といわれ、種子散布されなくった樹木の世代交代が上手くいかなくなっています。
周食散布にはナメクジやゴキブリ、バッタなどの無脊椎動物から、カメ、カラス、クマ、ゾウなどの脊椎動物まで多くの動物が参加します。雨季に林床が水に沈む南米の湿地林では、魚類も種子散布を行っています。さまざまな動物のなかでも、特に鳥類と哺乳類が重要な種子散布者と考えられており、植物の多くは鳥類・哺乳類に合わせた果実を進化させています。
視覚が発達した鳥類向けの果実には、色鮮やかなものが多くみられます。これらは人が食べておいしいと感じることは少なく、さらには有毒なものも少なくありません。一方で、嗅覚が発達した哺乳類向けの果実には匂いが強いものが多く、色は緑や黄色など林内で目立たないものが多くなっています。これらの果実は人が食べて甘くておいしいと感じるものが多く、バナナ、キウイ、リンゴなど私たちが食べている“フルーツ”はみんな哺乳類向けのものです。
森の果実の豊凶は種子散布に影響するのか?
周食散布は動物の行動によって決定されるため、散布のメカニズムはまだよくわかっていません。そこで今回の研究では、森全体の果実の豊凶が鳥類を介して種子散布に与える影響を評価しました。
ブナでよく知られるように、樹木の多くでは果実の豊凶がみられますが、豊凶によって動物の行動が変化し、その結果種子散布がどのように変化するのかを調べた研究はあまりありません。特に、森全体の果実の豊凶を調べるのはそれだけで大変なため、その種子散布への影響を定量的に調べた研究はこれまでありませんでした。
しかし、森には多様な周食散布型樹木が生えていることや、動物はたくさんの種類の果実を利用することを考えると、森全体の果実が動物の行動、また種子散布に影響していることは間違いないと思われました。
鳥類の種子散布を調べるために
そこで私たちは、日本を代表する森林の試験地である小川試験地(茨城県北茨城市)を利用して、2006年から2008年までの3年間、森全体の果実量、生息する鳥類、また鳥による種子散布を調べました。
小川試験地は、阿武隈高地の南端、標高600mほどのところにある落葉樹の老齢林です。1987年に試験地として設定され、6ha(300m×200m)の範囲で直径が5㎝以上の樹木の種類と大きさ、位置がすべて記録されています(最近になって直径1cm以上の樹木がすべて記録されました)。
私たちはこの試験地に、ろうと状の種子トラップを254基設置しました。試験地に既設の72基と合わせることで、合計326基を14m間隔で設置できました(おそらく、史上最大規模です。森林生態学の大家のStephen Hubbell先生にもお墨付きをいただきました)。
このトラップを定期的に回収することで、樹木から落下する果実、種子が入った鳥の糞が手に入ります。ここで得られた果実の数と、調べておいた樹種ごとの果実1個当たりのカロリーをかけ合わせることで、樹種ごとの果実量、また森全体の果実量がカロリー単位で求まります。
同時に結実木の位置を調べるために、試験地とその外縁2.16haで、周食散布型樹木30種1018本の結実状況を双眼鏡で観察しました。種子トラップに入った鳥散布種子の数と位置、また結実木の位置を組み合わせて解析することで、一つひとつの樹種について、親木から離れるにつれ散布種子数がどのように増減するのかを推定することができ、平均の種子散布距離も求まります。
今回の研究では、鳥散布種子が多く集められたカスミザクラ、ウワミズザクラ、ミズキ、アオハダ、コシアブラ、ツタウルシ(結実時期が早い順)を研究対象にしました。これらの樹種は果実の大きさが同じくらいで、種子散布する鳥類もかなり共通しています。
最後に、種子散布を行うことがわかっている鳥類について、その個体数と種組成を調べました。試験地内に6か所の方形区(40×100m)を設け、方形区内で15分間で観察された鳥類種とその個体数を記録しました。鳥類相は季節・年変動を示すため、種子トラップの回収時期に合わせ、366回の調査を行いました。
私たちはこれらの調査をこなすために、年間120日×3年、試験地に滞在しました。
森の果実の豊凶が鳥の種子散布を左右する
調査の結果、森全体の果実の豊凶が鳥の種子散布を左右していることがわかりました。
まず、森全体の果実量が多いときほど、鳥が種子を散布する割合が低くなっていました。ウワミズザクラを例にすると、凶作年の鳥散布率は57%だったのに対し、豊作年ではわずか2%でした。これは、果実量が多いときでも鳥はそれほど増えておらず、鳥が果実を食いつくせなかったことが原因と考えられました。
一方で、鳥が昆虫をよく食べる初夏に結実するカスミザクラでは、森の果実の豊凶に関係なく、3年間とも鳥散布率が低くなっていました(10%前後)。落葉樹林では初夏は昆虫が大量発生しているため、果実というより昆虫の量が飽和していたことが原因でしょう。
鳥が種子を散布する距離については、森全体の果実量が多いときほど短くなっていました。たとえば、コシアブラの凶作年の平均種子散布距離は225mでしたが、豊作年では94mでした。これは森に果実が豊富にあるときには、鳥が果実を求めて長距離を移動する必要がないためでしょう。
また、森全体の果実量が同じ場合では、試験地で繁殖し定住性が高い留鳥・夏鳥しかいない6~9月に比べて、シベリアから南に渡る途中で立ち寄る旅鳥がいる10月以降の方が、種子散布距離が長くなっていました(旅鳥がいない季節は平均59m、旅鳥がいる季節は107m)。これは旅鳥が、縄張りを守る必要がある定住性の鳥に比べ、制限を受けずに移動できることが原因と考えられました。
さらにおもしろいことに、アオハダでは凶作年よりも豊作年で種子散布距離が長くなっていました(凶作年で平均5m、豊作年で105m)。これは凶作年には定住性の鳥のみによって種子が運ばれていたものの、豊作年には定住性の鳥が食い尽くせずに果実が秋の遅くまで残った結果、旅鳥にも種子が運ばれるようになったためと考えられました。
ちなみに、3年間で果実が多かったときの1日の森の果実量は、1m2あたり0.5414kcal、少なかったときは0.0008kcal以下でした。人間の基礎代謝に必要な1日分のカロリー(成人男性で1,500、女性で1,200kcal)を試験地の周食型果実だけでまかなおうとすると、果実が多かったときでテニスコート8~10枚分の面積が必要です。これが、果実が少なかったときには東京ドーム3~4個分にもなります(677倍の面積!)。
人に置き換えてみても、果実が少なくなったときにはその場の果実のほとんどを食べてしまうこと、果実を求めて長距離を移動することが想像できるかと思います。
動物による種子散布の大きな役割と、その解明に向けて
今回の研究では、大規模に設置した種子トラップを利用することで、森の果実の豊凶が鳥の種子散布に与える影響を明らかにしました。この関係は、鳥類と並んで重要な散布者である哺乳類だとどうなるでしょうか?
先ほどお話ししたように、鳥類と哺乳類が好む果実は大きくは異なっているのですが、両者が利用する果実も少なくありません。実際、試験地で見つけた哺乳類の糞を調べてみると、対象樹種の種子は哺乳類によっても散布されていました。そのため、哺乳類による種子散布も調べないと、全体の散布パターンは見えてきません。
また、動物の種子散布が植物の世代交代に役立っているかは、動物が散布した種子が芽生えになって成長していく過程を調べていく必要があります。動物による種子散布のメカニズムや生態系で果たしている役割を解き明かすのは、とても骨が折れる仕事ですが、地球環境が激変している今日ほど種子散布の役割が大きくなっている時代もありません。
温暖化が進むなかで、植物は種子散布によって気温の低い高標高・高緯度へ移動し、また人間活動で孤立した森林間を行き来しなければいけません。今後も、動物の種子散布に取り組んでいきます。
参考文献
この記事を書いた人
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国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林林総合研究所 主任研究員。
京都府立大学農学部森林科学科を卒業後、京都大学大学院理学研究科生物科学専攻に進学。鳥類による種子散布の研究で博士号(理学)を取得。東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻 特任助教などを経て、2017年より現職。地球環境が激変するなかで、鳥類や哺乳類による種子散布が果たしている役割に関心がある。好きな哺乳類はアナグマ、タヌキ、マヌルネコ。鳥類と樹木は、選べません。
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