ジオスペースのコーラス波とは?

気象、通信、GPS衛星などの商用衛星が飛び交う静止軌道までの地球近傍宇宙のことを、「ジオスペース」と呼びます。ジオスペースは、人類の産業活動が宇宙圏に拡大していくなかで重要な領域です。このジオスペースにおいて、特に強く放射線が飛び交う領域(放射線帯またはヴァン・アレン帯)の存在が、半世紀以上前から知られています。

ジオスペースで生じるこの放射線は、人工衛星を構成する電子回路の劣化・故障を誘発し、宇宙飛行士に被ばくをもたらします。このため、放射線帯形成に関わる物理現象を理解することは、ジオスペースの高度産業利用において極めて重要になります。

1990年代ごろより、ジオスペースにおける放射線帯形成の物理現象として、自然電磁波のコーラス波と高エネルギー電子のエネルギー授受により、通常の電子が加速されて放射線になる物理メカニズムが提唱され、注目されています。この物理メカニズムは、「波動粒子相互作用」と呼ばれており、電子がコーラス波によってより高いエネルギーに加速されるだけでなく、地球の磁力線に巻き付いてらせん運動する電子を散乱させて、通常、地球上層大気まで到達できないジオスペースの電子を高度100 km付近の電離圏にまで降下させ、特殊なオーロラを発生させます。

また、コーラス波は電磁波ですが、可聴周波数帯に存在するため、音声に変換して聴くとコーラス波の一つひとつが鳥のさえずりのような美しい音色を奏でます(視聴はこちら)。コーラス波は複数点で連続的に発生しますが、たったひとつのコーラス波が引き起こす「波動粒子相互作用発生域」の空間サイズや電子降り込みの特徴がわかれば、コーラス波群全体が、どれくらいの空間で、どれくらい素早くジオスペースの電子に影響を及ぼすのかを知る重要な手がかりが得られます。

しかし、目で見えないコーラス波によって生じる「波動粒子相互作用発生域」の空間サイズは、誰も観たことがありません。なぜなら、広大なジオスペースで、いつ、どこで発生するか正確にわからず、またひとつのコーラス波の存続期間は数百ミリ秒であり、とても短いためです。これを観るためには、ひとつのコーラス波が作るオーロラを捕まえなくてはいけません。

衛星と地上観測網で、コーラス波とオーロラを追う

ジオスペースで発生するひとつのコーラス波に対応するオーロラを観測するには、「あらせ衛星」(プロジェクトマネージャー 篠原育准教授(JAXA宇宙科学研究所)、プロジェクトサイエンティスト 三好由純教授(名古屋大学))と「地上観測網PWING」(study of dynamical variation of Particles and Waves in the INner magnetosphere using Ground-based network observations、プロジェクトリーダー 塩川和夫教授(名古屋大学))の連携が必須でした。

あらせ衛星(2016年12月打上げ)は、放射線帯の高エネルギー電子の生成過程を直接観測するための探査衛星で、金沢大学を中心に開発したコーラス波の詳細を検出できる観測器が搭載されています。

あらせ衛星はコーラス波をジオスペースのその場で詳細観測できますが、広大なジオスペースの中であらせ衛星の観測する領域は「点」であり、発生域の空間情報は得られません。一方、地上観測網PWINGは経度方向にぐるりと地球を一周するような地上観測ネットワークで、広い空間スケールでかつ24時間連続してジオスペースからの降下電子やコーラス波を観測します。

PWINGは、衛星観測ほど詳細情報を得ることができませんが、発生域につながる複数の磁力線の空間をカバーする「面」として広い空間情報を得ることができます。コーラス波がいつ、どこで、発生するかわからない問題は、PWINGネットワークの特徴であるユニークな空間把握力により克服しました。国際協調により、極北の各地に観測網が構築された様子や、現地での食事の様子は、こちらの観測だよりをご覧ください。

あらせ衛星と地上観測網PWINGのそれぞれの強みを活かすことで、未知の被写体(波動粒子相互作用発生域)をジオスペースからあらせ衛星でその歌声(コーラス波)を鮮明に捉え、地上からはどこからでも被写体の映る影絵(突発オーロラ)を撮影できるようなカメラ群を構えるイメージです。さぁ、主役の被写体の登場を待つのみです。

あらせ衛星と地上観測網PWINGの連携イメージ((c) JAXA)
美声(コーラス波)を被写体すぐそばのあらせ衛星で、被写体の形状はスクリーンに映る影絵(突発オーロラ)を高感度カメラで捉え、ナゾの被写体(波動粒子相互作用発生域)の正体にせまる。

その瞬間を捉えた!

あらせ衛星が定常観測を開始して間もなくの2017年3月30日でした。アラスカの地上観測点と磁力線でつながる上空3万キロをあらせ衛星が飛翔した際、コーラス波を観測したのとほぼ同時にアラスカにおいてまるでストロボ発光のような突発オーロラを検出しました。

あらせ衛星の観測したコーラス波の一つひとつのエレメントに対応した突発オーロラ
ジオスペースで発生したコーラス波に伴う波動粒子相互作用発生域の空間情報が、磁力線を通じて突発オーロラとして可視化されている。

ひとつのコーラス波に対応するオーロラが発生しているだろうと予想はしていましたが、数百ミリ秒でコーラス波とオーロラの明るさと発光領域の変動が完全に一致することには本当に驚きでした。磁力線という目に見えない糸を通じて、地上から3万キロ離れたジオスペースで生じるコーラス波と電子群の波動粒子相互作用発生域の詳細を、オーロラとして可視化した瞬間です。

特に、コーラス波とオーロラの明るさ変化が対応するだろうというのは理論的に説明できるのですが、コーラス波の発生と共に東西方向には対称、南北方向には非対称な空間分布を示した空間特徴を説明できる理論やモデルはまだありません。

空間発展する突発オーロラの南北非対称変化を検出
なぜこのような形状変化を示すのかは十分にわかっておらず、今後の解析を楽しみにさせてくれる発見である。

今後の展開

あらせ衛星とPWINGの連携観測によって、コーラス波と突発オーロラの同時検出に成功し、理論的に予想されていたひとつのコーラス波が作り出す波動粒子相互作用発生域について、世界で初めてその詳細過程を捉えました。さらに、これまで予想されていなかった、磁力線を横切る方向の波動粒子相互作用発生域が、空間的に変化していく様子が明らかになりました。この結果は、コーラス波の伝搬の効果を含めて、波動粒子相互作用の空間変化特徴の再現モデルを構築する必要があることを示しています。

コーラス波は、ジオスペースで高エネルギー電子生成に深く寄与していることがわかっています。どこで、どのくらいの空間範囲・継続時間で、放射線帯の高エネルギー電子の増減が生じるかの予測につなげるため、オーロラ観測、ジオスペースでの衛星観測の連携強化はますます重要になり、観測研究は続きます。そして、コーラス波と電子群との波動粒子相互作用は、固有磁場をもつ惑星においても生じることが知られています。水星磁気圏探査機「みお」(2018年打上げ)などによる惑星探査への応用も楽しみです。

参考文献
・Ozaki, M. et al., “Visualization of rapid electron precipitation via chorus element wave-particle interactions” Nature Communications, 10, 257 (2019) https://www.nature.com/articles/s41467-018-07996-z
・Ozaki, M. et al., “Magnetic Search Coil (MSC) of Plasma Wave Experiment (PWE) aboard the Arase (ERG) satellite” Earth, Planets and Space, 70:76 (2018) https://doi.org/10.1186/s40623-018-0837-1

この記事を書いた人

尾崎 光紀
尾崎 光紀
2005~2007年 第47次南極地域観測隊越冬隊(宙空部門)
2009年 金沢大学 博士(工学)取得。現在金沢大学理工研究域 准教授
日中や曇り空のときに目ではみることのできないオーロラを電波で視ることができるということに興味をもち、南極地域観測隊への参加を希望しました。現在は、効率よく放射線を遮蔽するシールド開発や、集積回路を用いて観測性能を維持しつつ科学衛星用観測システムの超小型化、誰も観たことのないオーロラ特徴検知に関する研究に取り組んでいます。