ヤンバルクイナの無限分裂細胞を樹立!- 絶滅危惧鳥類の研究を進めるために
培養細胞は「細胞老化」が避けられない
これまで培養細胞は、創薬研究や病気に関する研究をはじめ、実にさまざまな研究に利用され、我々の生活に大きく貢献してきました。培養細胞を使うことで、生体(生きている動物)では難しい実験をすることができるからです。
このように研究資源として有用性の高い培養細胞ですが、培養細胞は一定期間細胞増殖を続けた後に、「細胞老化」という現象を通じて細胞の増殖能力がなくなってしまい、最終的には細胞が死んでしまいます。このような状態の細胞は研究に使用することができません。一方で、細胞を無限に分裂させることができれば、細胞老化現象を乗り越えて、安定して研究に使用することができます。
そこで私たちは、鳥類細胞を無限に増殖する技術の開発(専門的には「細胞の不死化」という研究)に取り組みました。
鳥類の無限分裂(不死化)細胞は貴重!
私たちは国立環境研究所において、国内の野生動物種の皮膚などから培養した細胞を長期保存用タンクの中で凍結保存しています(詳細はこちら)。2002年から2016年までに凍結保存した数は、哺乳類21種296個体、鳥類62種2,110個体、爬虫類3種6個体および魚類22種582個体です(合計108種2,994個体)。これらの個体から、チューブ合計55,022本の培養細胞や組織を凍結保存しました。
これらの細胞を研究資源として有効に使用すれば、生体実験が困難な絶滅危惧種の研究を細胞レベルで進めることができます。特に鳥類は、多くの絶滅危惧種が含まれていることから、私たちは鳥類の無限分裂細胞の樹立に取り組みました。
しかし、「鳥の無限分裂細胞を作りたい!」と思っても、実は簡単なことではありません。ヒトやマウスの細胞では、今日まで実にさまざまな種類の無限分裂細胞が作り出されていますが、私たちの知る限り、鳥類の無限分裂細胞はニワトリ由来の2種類の細胞のみです。しかも、その2種類も自然発生株という、人工的に作り出したものではなく、偶発的に発見されたものです。したがって、鳥類の無限分裂細胞の作り方は未だ明らかではなく、簡単にできるものではないと考えられています。
絶滅危惧種ヤンバルクイナの無限分裂(不死化)細胞を作る
私たちは予備実験として、ニワトリとヤンバルクイナの細胞に、ヒトやマウスで無限分裂(不死化)細胞の樹立に一般的に使用されている遺伝子を導入してみましたが、良好な結果を得ることはできませんでした。そこで私たちは、「細胞周期」を制御することで、鳥類の細胞を無限に分裂できないかと発想しました。
我々の生活において、春夏秋冬がぐるぐる回るのと同じように、細胞においても4つのステージ(専門的には、G1期、S期、G2期、M期といいます)がぐるぐると回ることで細胞が分裂し、細胞の増殖が継続されます。実は、冒頭で説明した細胞老化現象は、細胞培養により細胞内に蓄積したストレスが、この細胞周期を回転させるアクセルの働きを弱め、同時にブレーキを利かせてしまうことで起こる現象です。
そこで、細胞培養により蓄積されたストレスの影響を回避するために、私たちはアミノ酸レベルで部分的に変異を加えた細胞周期関連遺伝子を含めた3種類の遺伝子(変異型CDK4、CyclinD1、TERT)を細胞に導入しました。
この変異を加えた遺伝子は、細胞培養ストレスにより蓄積されたp16というタンパク質と結合することができません。これによって、どれだけ培養を続けても、細胞周期を回転させるアクセルの働きは一定に保たれ、ブレーキも必要以上に踏まれることが回避されます。
私たちは、この3種類の遺伝子を導入したニワトリとヤンバルクイナから、無限分裂細胞の樹立に成功しました。
特に、ヤンバルクイナに関しては世界で初めての絶滅危惧鳥類からの無限分裂細胞の樹立に成功しました。
絶滅危惧鳥類の細胞を用いた環境リスク評価の可能性
私たちが樹立したヤンバルクイナの無限分裂細胞は、とても扱いやすい細胞であると同時に、世界初の絶滅危惧鳥類の無限分裂細胞です。
ヒトにおける最初の無限分裂(不死化)細胞は、HeLa(ヒーラ)細胞という腫瘍由来の細胞でした。ヒトの細胞研究の創生期において、HeLa細胞は実にさまざまな研究に利用され、その結果ヒトの細胞レベルの研究が爆発的に進歩しました。代表例としては、抗がん剤などの創薬研究や感染症の研究です。特にポリオの研究では大きな成果がもたらされ、人類の健康寿命の延長に大きく貢献しました。
今回樹立したヤンバルクイナの無限分裂細胞も、ヒトにおけるHeLa細胞のように、野生鳥類の研究の大きなブレイクスルーになる可能性があります。特に、ヤンバルクイナは沖縄島北部の山原(やんばる)地域のみに生息する我が国固有の絶滅危惧種です。ヤンバルクイナは一時期、マングースや野犬などの問題により、個体数を大きく減らしました。その後現在では、地元の方々の懸命な努力により、個体数が1500羽程度まで回復しつつあります。
しかしながら、生息地域が限定されているヤンバルクイナは、鳥インフルエンザのような致死性の感染症が大流行すれば、一気に個体数が減少してしまいます。私たちが開発したヤンバルクイナの無限分裂細胞を利用すれば、実験室レベルでヤンバルクイナの感染症に対する影響を迅速かつ比較的簡便に評価することができます。
今回は、ヤンバルクイナとニワトリに関しての研究となりましたが、今後はヤンバルクイナやニワトリのみならず、さまざまな野生鳥類の無限分裂細胞を樹立することで、野生鳥類を取り巻く、感染症を代表例とした環境リスクの評価に活用したいと考えています。
参考文献
Katayama M, Kiyono T, Ohmaki H, Eitsuka T, Endoh D, Inoue-Murayama M, Nakajima N, Onuma M, Fukuda T. “Extended proliferation of chicken and Okinawa rail derived fibroblasts by expression of cell cycle regulators” Journal of Cellular Physiology 2018; 1–12. DOI: 10.1002/jcp.27417
この記事を書いた人
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国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 特別研究員。博士(農学)。
東北大学農学研究科博士前期課程修了。その後、民間企業勤務を経て、東北大学農学研究科博士後期課程修了。2016年より現職。専門は細胞生物学、動物細胞工学。
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