性格と精神疾患は共通の遺伝基盤をもつ

私たちは俗に「個性」や「性格」といわれる、個体間で異なりつつ、個体内では一貫した行動特性を持って生きています。心理学の分野において、人間の性格は、協調性、誠実性、外向性、開放性、神経症傾向という5つの因子で構成され、文化や民族をこえて共通にみられることが指摘されています。また、遺伝学の分野では、近年の大規模ゲノム解析の進展とともに、上述の性格の5因子に影響を与える遺伝子や遺伝的変異が特定され、性格の遺伝学的基盤に注目が集まっています。一方で、これらの研究のひとつの発見は、「性格と精神疾患は共通の遺伝基盤をもつ」ということでした。すなわち、精神疾患に関連する遺伝子は、同時に性格の違いにも影響しており、精神疾患と性格のあいだにはある種の量的な違いがあるだけかもしれないのです。

しかし、こうした性格や精神疾患に関わる遺伝子がどのように進化してきたのかについてはよくわかっていません。現代人の5人に1人は、一生のあいだに何らかの精神疾患を発症するといわれており、こうした遺伝的変異が集団中に存在する理由を解き明かすことで、精神疾患の根本的な治療につながるかもしれません。本研究では、人類の系統で進化してきた精神疾患関連遺伝子に着目し、性格や精神疾患の程度の違いに影響する遺伝的変異やその多様性がどのように進化してきたのか、進化生物学の視点から解明を目指しました。

人類特異的に進化した精神疾患・性格に関わる遺伝子

データベースに登録されていた精神疾患の発症に関わる遺伝子群から、人類の進化過程で特に大きく配列が変化した遺伝子を探したところ、SLC18A1(VMAT1)という遺伝子が見つかりました。この遺伝子は、小胞モノアミントランスポーター1(Vesicular Monoamine Transporter 1: VMAT1)というタンパク質をコードしており、神経や分泌細胞において分泌小胞にセロトニンやドーパミンといったモノアミン神経伝達物質を運搬する役割を果たしています。

SLC18A1(VMAT1:小胞モノアミントランスポーター1)の模式図。神経や分泌細胞において、分泌小胞にセロトニンやドーパミンといったモノアミン神経伝達物質を運搬する。

今回の研究により、この遺伝子の130番目と136番目の座位に人類系統特異的なアミノ酸置換が生じていることが明らかになりました。また、これらの座位は、VMAT1タンパク質の制御に重要な役割を果たす領域に属していることがわかりました。特に興味深かったのは136番目の座位で、他の哺乳類はアスパラギン(Asn)であったのに対して、私たちヒト集団中にはスレオニン(Thr)とイソロイシン(Ile)という2つのタイプ(遺伝的多型といいます)が約3:1の割合で共存していることがわかりました(日本人では、約52%の人がThr/Thr型、約40%の人がThr/Ile型、約8%の人がIle/Ile型です)。

また、先行研究を調べると、Thr型とIle型では、VMAT1タンパク質の機能に違いが生じており、Thr型はIle型に比べて神経伝達物質の運搬効率が低いことや、Thr型とうつや不安、性格5因子のひとつである神経症傾向との関連が見出されていることがわかりました。これらをふまえると、人類の進化過程でSLC18A1遺伝子の130番目および136番目のアミノ酸座位に生じた遺伝的変化は、ヒトの精神機能に実際に影響を与えた可能性があると考えられました。

SLC18A1遺伝子の進化過程を明らかにする

一方で、Thr型とIle型はどちらが先に出現したのか、また、なぜうつや不安傾向などに関わる遺伝的変異が集団中に高頻度で存在するのかなど、その進化機構は不明でした。そこで本研究ではさらに、シミュレーション解析を交え、Thr型とIle型の進化プロセスの解明、およびこの多型に働く自然選択の検出を試みました。

その結果、Thr型はネアンデルタール人など古人類の時点ですでに存在していること、Ile型は人類が出アフリカを果たした前後で出現し、有利に働く自然選択を受け頻度を増加させていったことが明らかとなりました。また、ヨーロッパやアジアの集団では、この多型座位の付近で有意に遺伝的多様性が増加しており、この遺伝的多型を積極的に維持する自然選択が働いている可能性が示されました。

SLC18A1遺伝子の進化過程。Thr型はネアンデルタール人など古人類の時点ですでに存在している。Ile型は人類が出アフリカを果たした前後で出現し、有利に働く自然選択を受け頻度を増加させていった。

つまり、チンパンジーとの共通祖先から分岐後の、人類進化の初期段階では、不安傾向や神経質傾向などをより強く示すThr型は、何らかの有利な影響を与えていたと考えられます。その後、現生人類がアフリカ大陸を出て、ヨーロッパやアジアなどに広がった際に、抗うつ・抗不安傾向を示すIle型が、自然選択を受け有利に進化したことが推測されます。しかし、Ile型とThr型は、どちらか一方に完全に置き換わることなく、両方の遺伝子が積極的に維持されるような自然選択が働いていると考えられます。

さいごに

今回の研究によって、ヒトの性格や精神疾患に関わる遺伝子がその進化過程で自然選択を受けてきたこと、私たちのこころの多様性に関わる遺伝的変異が自然選択によって積極的に維持されている可能性が示されました。精神疾患を含めた多様な個性の捉え方や社会的意義を考える上で、本研究がその一助になればと考えています。

一方で、今回の研究では、なぜ個性や性格に関わる遺伝的変異が積極的に維持されるのかについては答えを出せていません。それに対して、私たちは、遺伝子と環境との相互作用が大きなヒントになるのではないかと考えています。すなわち、状況によって有利不利が変わるような遺伝的変異は、多様性が維持されやすいのではないか、というものです。今後は、そうした遺伝子と環境の相互作用もふまえ、従来の進化生物学的解析に分子生物学や脳神経科学の手法も活用し、より多角的に個性の多様性維持機構に迫りたいと考えています。

参考文献
Sato DX and Kawata M (2018) Positive and balancing selection on SLC18A1 gene associated with psychiatric disorders and human‐unique personality traits. Evolution Letters, doi: 10.1002/evl3.81

この記事を書いた人

佐藤大気, 河田雅圭
佐藤大気, 河田雅圭
佐藤大気(写真左)
東北大学大学院生命科学研究科 博士後期課程学生
1992年千葉県生まれ。2015年、東北大学理学部生物学科卒業。
ヒトを含めた動物の行動の種間差・種内多様性の進化に興味があります。

河田雅圭(写真右)
東北大学大学院生命科学研究科 教授
さまざまな生物の進化メカニズムについて研究しています。