平然と嘘をつくとされるサイコパス

サイコパスは反社会性パーソナリティ障害に分類され、感情・良心・罪悪感が欠如し、冷酷でエゴイズムであるという特徴が指摘されています。中には、口が達者で表面的には魅力的なサイコパスもいるとされます。また、サイコパスの注目すべき特徴として、平然と嘘をつくという点が挙げられます。

これまで、私はヒトの正直さ・不正直さの神経基盤の研究に長く携わってきており、サイコパスが平然と嘘をつくという行動の背景にある脳のメカニズムを知りたいという強い思いがありました。そのためには、当然ながら直接サイコパスを対象として研究を行う必要があります。ところが、サイコパスは全体の1%程度しかいないとされています。つまり、研究を実施しようとして実験参加者を募っても、100人のデータを集めてやっと1人しかいないわけです。これでは、サイコパスの研究を行うことは現実的には非常に難しいことのように思えます。

ただし、刑務所に収監されている囚人に限ってみると、15-25%がサイコパスであるという報告があります。さらに、そういった囚人のサイコパスの研究、とりわけ脳のメカニズムに関する研究を、米国ニューメキシコ大学のKent Kiehlを中心とする研究グループが精力的に行っています。彼らとチームを組んで実験を行えば、サイコパスについての研究を行う貴重な機会を得ることができるわけです。そこで本研究では、米国ニューメキシコ州の刑務所に収監中の囚人を対象として、嘘をつく割合を測定する心理学的な課題と、機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging; fMRI)と呼ばれる脳活動を間接的に測定する方法を使って、サイコパスにおける嘘をつく行為に関わる脳の仕組みを調べることにしました。

脳機能画像法による実験

本研究では、SIEMENS社のmobile MRI scannerとよばれる車での移動が可能なMRI装置を用いました。このMRI装置を用いて、ニューメキシコ州の刑務所を訪問して囚人を対象に、嘘をつく行為に関わる神経基盤を探るためのfMRI実験を実施しました。分析の対象となったのは67名の男性の囚人です。囚人のサイコパス傾向の測定には、代表的な手法であるPsychopathy Checklist-Revised (PCL-R)を用いました。

実験参加者がfMRIによる脳活動測定中に行ったのは、(不)正直さを測定するためのコイントス課題です。この課題で参加者は各試行において、コンピュータ上で呈示されるコイントスの結果-コインが表か裏か-を予測します。「(嘘をつけない)機会なし」条件では、参加者は自分の予測をボタン押しによって記録しますが、別の条件「(嘘をつくことができる)機会あり」条件では、参加者は自分の心の中でのみ予測を行い、ボタン押しはランダムに行います。その後、コイントスの結果が呈示され、参加者は自分の予測が正しかったかどうかをボタン押しによって報告し、正解の場合には金銭報酬が与えられ、不正解の場合には金銭を失います(なお、囚人の実験参加者が一日に受け取れる報酬金額は5ドルまでと制限されているため、この範囲内に金額を制限した上で、実際に金銭報酬を与えています)。

したがって、機会あり条件においては、コイントスの結果の予測が当たっていたかどうかは、参加者の自己報告に基づくため、極端な例では全てのコイントスの結果を正しく予測できたと嘘をつくことが可能です。つまり、機会あり条件におけるコイントスの予測結果が、偶然の確率である50%を有意に超えている参加者は、金銭報酬を得るために嘘をついていたとみなすことが可能という実験デザインです。当然ながら参加者には、この課題が嘘の神経基盤を調べるための実験であることは、前もっては知らされていません。あらかじめ参加者に伝えられるのは、ランダムなイベントを予測する能力に関する実験である、ということです。

コイントス課題における一試行の流れ(Abe et al., 2018より改変)

サイコパスが嘘をつくときの特徴

当初はサイコパス傾向が高いほど、嘘をつく頻度も高い可能性を想定していました。ところがデータ分析の結果、予想とは異なり、サイコパス傾向と嘘をつく頻度との関係はありませんでした。過去の先行研究におけるデータと比較すると、全体的に囚人の実験参加者は嘘をつく頻度は高かったものの、参加者の中でサイコパス傾向と嘘をつく頻度との間の相関は認められませんでした。

さらに分析を進めたところ、反応時間のデータから興味深い知見を得ることができました。嘘をつく頻度が高い「嘘つき」の参加者に絞ってデータを分析したところ、サイコパス傾向が高いほど、嘘をつくかどうかの意思決定の反応時間が早い傾向が認められました。また、こうした知見と対応するように、脳の中では前部帯状回と呼ばれる領域の活動が低いことも判明しました。前部帯状回は様々な機能に関わっているため、その解釈には慎重さが求められる領域ですが、重要な機能の一つとして、認知的な葛藤の検出に関わっているとする見解があります。つまり、サイコパス傾向が高い参加者では、嘘をつくか正直に振る舞うかという葛藤が低下しており、躊躇せずに素早い反応時間で嘘をついている、という解釈が可能です。

サイコパス傾向と反応時間および前部帯状回の活動との負の相関(ただし、反応時間の結果は両側検定で有意傾向)。横軸はサイコパス傾向を測定する代表的な手法であるPsychopathy Checklist-Revised (PCL-R)によるサイコパス傾向を、縦軸はそれぞれ嘘をつく行為に関わる反応時間と、左前部帯状回の活動を示している(Abe et al., 2018より改変)。

今後の展望

本研究からは、平然と嘘をつくとされるサイコパスが、実際に嘘をつく際の特徴を心理学および神経科学の観点から明らかにすることができました。本研究成果は、サイコパスにみられる嘘のメカニズムを、科学的に理解する一助になると考えられます。

なお、サイコパスにおける前部帯状回の活動の低下は、必ずしも機能の低下を反映しているとは限りません。今回の結果は、本研究で用いたコイントス課題特有の活動パターンである可能性があり、前部帯状回に器質性の脳損傷があるという結論を導くものではありません。また、本研究で焦点を当てている嘘については、金銭的な利得が参加者に対して発生するか否かといった点で、現実場面における嘘の行為に近い状況を模しているものの、嘘をつく相手に対して何らかの損害を与える、といった側面はありません。サイコパスにおいて、他者への共感性が欠如しているという知見を踏まえれば、嘘をつくことが相手に対して何らかマイナスの影響がある状況の方が、サイコパスにおける嘘を調べるための、より妥当な条件設定であると考えられます。

日本国内ではこうした囚人を対象とする研究を実施するのは困難であり、海外の研究者との共同研究によって初めて実現したものです。今後も多様なアプローチを駆使して、人間の正直さの本質に迫る研究を行いたいと思います。

参考文献
Abe N, Greene JD, Kiehl KA (2018), Reduced engagement of the anterior cingulate cortex in the dishonest decision-making of incarcerated psychopaths, Social Cognitive and Affective Neuroscience DOI:10.1093/scan/nsy050

この記事を書いた人

阿部修士
阿部修士
1981年北海道釧路市生まれ。東北大学大学院医学系研究科障害科学専攻博士後期課程修了。博士(障害科学)。専門は認知神経科学。東北大学大学院医学系研究科助教、ハーバード大学心理学科/日本学術振興会海外特別研究員、京都大学こころの未来研究センター特定助教を経て、同センター特定准教授。2015年、日本心理学会国際賞奨励賞受賞。主著に『意思決定の心理学 脳とこころの傾向と対策』(講談社)。