2018年7月7日、千葉県で震度5弱を観測する地震があった。その1か月ほど前から「スロースリップ」という現象が同震源地周辺で活発化していたことはご存じだろうか。本記事では、プレート沈み込みモデル研究の第一人者である神戸大学 都市安全研究センター/大学院理学研究科惑星学専攻 吉岡祥一教授に、スロースリップをはじめとする「スロー地震」という現象についてお話を伺った。

——スロー地震とはどういう現象なのでしょうか。

そもそもなぜスロー地震と呼ぶかというと、「スロー(Slow)」という言葉のとおり、断層の滑る速度や破壊伝播速度が遅いからなんです。東北地方太平洋沖地震では約450kmの断層が2, 3分ほどで破壊しましたが、スロー地震の発生するような、たとえば四国と九州のあいだにある豊後水道では、6, 7年に1回、半年から1, 2年くらいかけて最大で15cmほどゆっくりと滑っていきます。豊後水道で発生するこのようなすべり現象は、数か月以上かけて滑る「長期的スロースリップイベント(SSE)」といわれます。

実はスロー地震にはいろいろな種類があって、ほかには長期的SSEに比べ短い時間で滑る「短期的SSE」、数十秒の周期をもつ「深部超低周波地震」や、さらに短い2Hz程度の周期が卓越する「深部低周波微動」、「深部低周波微動」のうち比較的振幅の大きい「深部低周波地震」などがあります。これらは西南日本ではプレート境界の巨大地震の震源域よりも深いところで発生しますが、それよりもっと浅い南海トラフなどの海溝付近でも「浅部超低周波地震・微動」が観測されています。これらの現象を総称して「スロー地震」と呼んでいます。

——スロー地震はいつごろから注目されるようになったのですか。

1995年の兵庫県南部地震以降、国策として地震観測網を増やそうという流れができました。国土地理院は全国約1300か所に電子基準点を設置し「GEONET」という観測システムを運用していますし、防災科学技術研究所は「Hi-net」という高感度地震観測網を全国に展開しました。Hi-netは「ボアホール」という深さ100m以上の観測井戸を掘り、その底に地震計を設置することで、地上にあった地震計ではとらえられないような精度の高いデータを得られるのが特徴です。これにより、2000年ごろになって、今まではノイズだと思われていた波形が隣接する観測点で似たような波形として確認されるということがわかり、よく調べてみると微動だったということが判明しました。これがスロー地震の発見です。

——地震観測網の充実によってたまたま発見された現象だったんですね。

日本で最初に見つかった現象ということもあり、我々が一層世界をリードするような研究をしていかねばならないと、2016年には科学研究費助成事業による新学術領域研究「スロー地震学」が立ち上がりました。さまざまな分野が融合することで、スロー地震を含めた地震現象の本質を見極めていくことを目指して研究を進めています。

——新学術領域研究ではさまざまな分野の研究者が集っているということですが、先生はスロー地震に対してどのようにアプローチされていますか。

3次元の箱型の中で太平洋プレートとフィリピン海プレートを時間変化させ沈み込ませていくという数値モデルを構築しています。このモデルの特徴は、プレートの回転や形状自体の変化、海溝の後退など、実際のプレートに生じる要素を取り入れているところです。このようなプレート沈み込み帯の数値モデリングによって得られた結果と実際の地震活動を比較するというアプローチで研究をしています。たとえば、温度が高くなったり深度が深くなったりすると、プレート中の含水鉱物から水が吐き出され脱水が起こります。数値モデリングによって温度と圧力、深さの情報は得られていますから、これらを鉱物と水の関係を表す相図と照合することでプレート中の含水量を推定することができます。

——これまでにどのようなことが明らかになってきていますか。

先の数値モデリングによってマントル中に沈み込んだプレートの深部まで水が持ち込まれ脱水していることが明らかになっています。この結果と地震活動を比較すると、両者の分布がうまく対応しているんです。ここから、どうやら脱水に伴って地震活動が起こっているらしいということがわかってきました。残念ながらすべての地震に当てはまるというわけではないのですが、関東下の数値モデリングでは、マグニチュード2程度の微小地震のうち約2/3については脱水との関係が確認できるという結果が得られています。スロー地震についても脱水の関係が指摘されているので、同様のアプローチで脱水分布を我々の数値モデルから明らかにし、実際の微動活動と比較しているところです。

——実際の地震活動と比較することで、今後そのモデルはどのようにアップデートされていくのでしょうか。

我々の数値モデルによって温度や圧力、脱水する場所を明らかにすることはできるのですが、実はその脱水した水の行方がほとんどわかっていないんです。脱水することは確かでも、その水が実際にどんな役割を果たしているのかを考えるうえでは、水の流れやネットワークを明らかにしていかなければならないと思っています。

そのためにはコンピュータプログラムに新しい式を取り入れ、さらに実際の観測データと比較しながら検討していく必要があるでしょう。今後は関東下だけでなく環太平洋地域にターゲットを広げてモデルを構築し、共通に見られる現象や、地域性として特異な点などを、その理由も含めて考えていくことで次のステップにつながっていくのだと思っています。

——スロー地震の研究が進んでいくと、いつか巨大地震の予測が可能になるのでしょうか。

あるモデルでは、スロー地震が繰り返し起こるとその発生間隔がどんどん短くなり、発生頻度が高まることで巨大地震発生域の下部に剪断歪みが蓄積されていき、大きな地震をトリガーするという結果が得られています。実際の観測で発生期間が短くなっていくことが確認されれば、巨大地震の発生が近づいているといえる——そういった研究に結びつくかもしれないと考えています。

また、スロー地震自体を小さなモデルケースのように考えることもできます。たとえば豊後水道のSSEが6, 7年に1回起こると言われているように、次にいつ地震が起こりそうかを予測できるわけですよね。その予測をもとに観測網を充実させ地震の前兆現象のようなものを捉えられれば、巨大地震の場合も同じようなアプローチで前兆現象を捉えることができるかもしれません。

——豊後水道のSSEはすでに予測できているのでしょうか。

実は、豊後水道の場合は周期的に1997年、2003年、2010年にSSEが起こっているので、次は2016年か2017年ごろだろうと考え、新学術領域研究のプロジェクトでも観測網を充実させてきたわけですが、実際にはまだ起こっていないんです……。個人的には2011年の東北地方太平洋沖地震という巨大地震によって西南日本の応力場が乱され、プレートの固着状態も変わってしまったためではないかと考えています。そういう意味で地震はさまざまな要素が絡み合い、単純に予測ができるようなものではないともいえます。人智を超えたものとして、地震を理解することは本当に難しいなぁ、と感じています。

——それでもなお、その”人智を超えた”現象、特にスロー地震を研究し続けるモチベーションは何でしょうか。

スロー地震の研究をするということは、地震の本質に迫るという意味で何らかの貢献ができると思っています。また、発生頻度が高いときに何が起こっているのか、その原因は何か……と、科学的にしっかり明らかにしていくと、巨大地震の発生予測を考えるヒントになるかもしれません。ただ、私は地震予知という立場からは一歩下がったところで、地震現象を地球のプレート運動のなかで起こるひとつのものとして大局的に掴むことで、地震の本質に迫っていきたいという思いで研究を続けています。

研究者プロフィール:吉岡祥一教授
神戸大学 都市安全研究センター/大学院理学研究科惑星学専攻 教授。専門は固体地球物理学(特に、地震学・測地学・マントルダイナミクスに関する数値シミュレーション・データ解析)。1990年、京都大学より理学博士号を取得。愛媛大学 理学部 助手、九州大学 大学院理学研究院 准教授を経て、2009年より現職。ユトレヒト大学(オランダ)、ミネソタ大学(USA)、太平洋地球科学センター(カナダ)、ポツダム大学(ドイツ)など海外の教育研究期間にも長期留学経験を持つ。

この記事を書いた人

増山春菜
増山春菜
筑波大学大学院在学、生命環境科学研究科地球科学専攻。お酒と温泉をこよなく愛する。趣味は年に数回のハーフマラソン。最近Instagramにはまっているらしい。