オカダンゴムシがまるくなると?

オカダンゴムシ(以下、ダンゴムシ)は皆さんご存じでしょう。落ち葉や石の下でよく見つかり、つつくとまるくなるあれです。もとはヨーロッパ原産の外来生物で、現在はほぼ日本全国に生息しており、子どもたちの人気者でまるめて遊んだ人も多いでしょう。でもなぜダンゴムシはまるくなるのか? その理由には天敵から身を守る、乾燥に耐えるなどいくつかの説がありますが、実はまだよくわかっていません。

ダンゴムシ

ダンゴムシを含むワラジムシ目に共通する性質として、メスは胸部腹側に育児嚢または育房と呼ばれる袋をつくり、その中に産卵します。卵は育児嚢の中でふ化し、幼生は中でしばらく過ごしたあと育児嚢を破って出てきます。つまりダンゴムシは子育てをします。

子育てのコスト

ダンゴムシが子育てというと意外に思うかも知れませんが、我々人を含む脊椎動物だけでなく、無脊椎動物にも親が子を外敵から守ったり、餌を与えたりといった「親による子の保護」を示すものは多く、子の保護はこれまで無脊椎動物の20目以上で報告されています。進化的に大きく離れた種で同じような行動が見られることは進化条件を推定するうえで重要な材料となります。

たとえばダンゴムシとヒトが同じように子どもをお腹に抱えるということは、ダンゴムシとヒトに共通する進化要因を調べればヒトの子育ての進化に迫れるかも知れません。その意味もあって、親による子の保護は進化生態学の一大テーマとなっているのです。

親による子の保護が進化するにあたって、我々は親の行動がどのようにして子の生存や成長をもたらすか(保護の利益)に目を奪われがちです。しかし特定の性質が進化するためには、その性質の進化的利益が不利益を上回っている必要があります。実際、親が子の保護を行うと、親の側は次回以降の繁殖の成功率が低くなったり、保護中外敵に襲われやすくなるなどの原因で生存率が低下したり、ということがあります。これを「繁殖のコスト」といい、親による子の保護の進化要因を考えるうえで利益と一緒にコストも考えることは重要です。

子育てのコスト検証実験

ダンゴムシの育児嚢内の卵や幼生は母親の体重の10%を超えるとされます。このような重荷を持つことは母親の行動を阻害するでしょう。さらに、ダンゴムシはお腹を中心にまるくなるのですが、そのお腹には大きな育児嚢があるため、母親はまるくなりにくいのではないか? そしてまるくなる行動が外敵からの防衛に役立つとすれば、育児嚢で抱卵中のダンゴムシは身を守りにくいのではないか? もしそうだとするとダンゴムシのメスにとって、子育ては大きなコストとなるのではないか? 我々はこう考え、実際に検証してみることにしました。

ダンゴムシは光を当てると暗いほうへ移動する負の走行性を示します。そこで長さ1mのパイプを用意し、その片側からライトで照らします。ライトで照らした側の入り口に紙を漏斗状にしてさしこみ、その中にダンゴムシを1匹入れます。ダンゴムシがパイプに入ってから出るまでの時間を測定し、その時間を動きやすさの指標とします。実験はオス、未抱卵メス、抱卵メスの3種類で行いました。実験結果は明らかで、オスと未抱卵メスに比べ、抱卵メスは時間がかかっています。これは歩く・走る行動を阻害しているのは性別ではなく、抱卵だということを示します。

ダンゴムシの負の走行性を用いた走行速度測定。オスと未抱卵メスに比べ、抱卵メスは時間がかかっている。

次は抱卵とまるくなる行動の関係です。指でつまめば簡単にまるくなったダンゴムシを作れるので、それを2-3cmの高さから机の上に落とし、落ちてから体が90°以上開くまでの時間を計りました。落ちる前に空中で開いた場合は0秒と見なしました。こちらの結果もやはり、抱卵メスだけがまるくなる時間が短くなりました。

まるくなってから90°以上開くまでの時間。抱卵メスだけがまるくなる時間が短い。

走れない、まるまれないとなると、抱卵中のダンゴムシは捕食者から逃れる方法がないように思えます。では実際に捕食させてみることにしました。困ったことにダンゴムシは外来生物なので、日本には適切な捕食者がいません。飼育下でいろいろ試してみたところ、マルガタナガゴミムシが数日に1匹程度、ダンゴムシを捕食することがわかりましたのでこれを捕食者に用います。

抱卵中のメス2匹と未抱卵のメス2匹、計4匹とマルガタナガゴミムシ1匹を同じ容器に入れ、7日目に生き残っている個体を確認しました。こちらも、未抱卵メスの捕食は1割程度、抱卵メスは5割程度と、抱卵メスのほうが捕食されやすいことが示されました。捕食されやすさに体の大きさの影響は見られず、捕食者は抱卵メスを狙って食べているようです。

捕食者を同じ容器に入れて飼育した際の生存個体数。抱卵メスの方が捕食されやすいのがわかる

これらの結果をまとめると、ダンゴムシは抱卵することで、1) 走るのが遅くなる、2)まるまれる時間が短くなる、3)捕食されやすくなる、となり、ダンゴムシのメスにとって抱卵は大きなコストを払っていることは明らかです。

まるまれないダンゴムシ

これまでにもサソリやカメムシなどの研究例で、子の保護により親は動きが遅くなったり、敵に見つかりやすくなるというコストを払っていることがわかってきました。そのなかでもダンゴムシでおもしろいと思うのは、捕食者から身を守るためと考えられてきたまるくなる行動が、子育てのときに子によって邪魔されるということです。育児嚢での子育てにはまるまれないコスト以上の利益があるのでしょうか? それとも子育てより後にまるまる行動が進化したためうまく適応できなかったということなのでしょうか? 捕食されやすくなった母親ダンゴムシは身を守るためどのような行動を示すのでしょうか?

今回の研究はダンゴムシがまるまることが身を守ることにつながることを直接検証した実験ではありませんが、親による子の保護の進化とダンゴムシの身を守る手段、両方を考えることでおもしろいことがわかりそうな気がしています。

参考文献
Suzuki S, Futami, K. 2018. Predatory risk increased due to egg-brooding in Armadillidium vulgare (Isopoda: Oniscidea). Ethology, 124: 256–259.

この記事を書いた人

鈴木誠治
鈴木誠治
北海道大学農学研究院研究員。博士(理学)。専門は昆虫生態学、行動生態学。主に昆虫を対象に、繁殖行動、特に親による子の保護がいかにして進化したか、を調べています。研究対象はモンシデムシ類を中心に、最近はハサミムシやダンゴムシなどにも手を出しています。