「オープンサイエンス」とは理論物理学者マイケル・ニールセン氏が書籍『オープンサイエンス革命(紀伊國屋書店)』にて提唱したものです。インターネットを活用し研究データを一般の人に公開することで、科学研究を効率的に発展させる動きのことを言います。

2016年1月8日オープンサイエンスを既に実践、これから実践しようとしている研究者、大学、民間企業が勢揃いし、それぞれの視点からその正体に迫るワークショップが京都にて開催されました。

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クラウドファンディングで160万円の研究費獲得に成功したことが開催のきっかけ

京都大学白眉センター理学研究科特定准教授の榎戸輝揚氏は昨夏カミナリ雲から発生するガンマ線を検出し、中性子星の謎の解明に役立てる研究の資金を、クラウドファンディングを通じて集めました。榎戸氏はこの成功から、近年話題になっているオープンサイエンスについてより多くの事例を知ってみたいとの思いを持ち、今回のワークショップ開催を思いついたとのことです。

榎戸氏と湯浅氏が進める雷雲プロジェウトのクラウドファンディング
榎戸氏と湯浅氏が進めた雷雲プロジェウトのクラウドファンディング

オープンサイエンスの4つの型

榎戸氏は近年多くの人が「オープンサイエンス」の重要性を説くようになってきている一方、実際のところよくわかっている人はそんなにいないのではないかと指摘します。

オープンサイエンスには多様な在り方があり、その全体像はほとんどの人が掴めていませんが「科学者がより広く研究を公開し、市民が様々な形でサポートをする」というのがオープンサイエンスの形と捉えると、「市民が科学者にデータを供給する」「市民が科学者とデータ解析をする」「市民が研究者に資金を供給する」「市民と研究者が一緒に研究を楽しむ」という4つの型があると榎戸氏は分析します。

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市民が科学者にデータを供給する

京都大学でナメクジの研究をしている宇高寛子氏は、新しい種の研究のためには一般の人と協力する必要があると語ります。宇高氏は近年日本への移入が確認された「マダラコウラナメクジ」に注目しています。このナメクジには、他の種類のナメクジと一緒に飼育すると他のナメクジの生存率が下がるという特徴があり、このまま繁殖が進むと日本のナメクジの全てが「マダラコウラナメクジ」に置き換わってしまう可能性があります。宇高氏はこのナメクジの生息分布を明らかにするためTwitterアカウント「ナメクジ捜査網」を開設し、ナメクジの写真をツイートし始めました。すると一部のツイートが600RTほどされたのをきっかけに、徐々に一般の人から目撃報告があがってくるようになったそうです。

マダラコウラナメクジ
マダラコウラナメクジ

また、インターネットの発展によりが情報共有が簡単になったが、依然課題はあると指摘するのは大阪市立自然史博物館の金沢至氏です。金沢氏はアサギマダラという蝶の渡りの実態解明のために蝶の羽にマーキングをし、渡り後に市民中心に再捕獲をしてもらったデータを照合して、どこからどこに渡りをしたのか調べています。研究開始当初は「新聞、情報誌」のような紙媒体が情報共有の中心でしたが、現在ではfacebookで再捕獲された蝶の写真が共有される時代になりました。共有そのものが簡単になった昨今は、人によりマーキングの形式が違ったり、標識情報、再捕獲情報が整理されていない等、別の課題が挙がってきていると言います。

このように市民と協力して研究を加速する流れの中にあって、京都大学で考古学研究を進める上峰篤史氏は、一般に門戸を開くために研究者が必死にアウトリーチ活動をするのは問題だと指摘します。考古学界では「岩宿遺跡の発見」等、元々アマチュアが常識にしばられない発想で研究を実施することによりアカデミアに非常に大きな貢献をしてきていて、今のままでも考古学は十分オープンであり、一般の人の関心を呼ぶために躍起になって、研究成果を用いて芸術活動をしたりするのは学問の本質から離れてしまっていると警鐘を鳴らします。

市民が科学者とデータ解析をする

理化学研究所にて中性子星の研究を進める湯浅孝行氏は、昨夏中性子星からのX線ビームとメカニズムが似ているカミナリ雲からのガンマ線ビームの研究でクラウドファンディングプロジェクトを実施し、160万円の研究費獲得に成功しました。このプロジェクトで得られたデータは「thdr.info」というWEBサイトにて一般公開しており、データの解析で一般の人とコラボレーションをはかろうとしています。一方、解析は自動化すれば市民の手を借りる必要はないのではという指摘もあります。しかし、湯浅氏は海外の事例として「galaxy zoo」というプロジェクトを紹介します。このプロジェクトは大量に撮影された銀河の写真を一般に公開し、市民に銀河の分類の協力を仰いだものですが、分類中に一人の人がどれにも当てはまらない違和感ある銀河に気付き、その結果新しい銀河の分類が生まれるという成果が得られています。こういった自動化や専門家だけではすくい上げられない部分で、市民とコラボレーションする意義があると言います。

galaxy zooのWebサイト
galaxy zooのWebサイト

また2012年、国立天文台の田中雅臣氏はアマチュア天文家と協力し、超新星を探すKISSプロジェクトを実施しました。これは東京大学木曽観測所の望遠鏡を用いて、毎晩空の広い領域を一晩に複数回撮影、監視することで爆発の瞬間の超新星を捉えることを目的としています。KISSプロジェクトでは瞬間を捉え、すぐに追加観測をするため爆発から1時間以内の対象天体の発見が求められます。結果として1時間以内の観測は叶いませんでしたが、合計で139個もの超新星を発見することができました。

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市民が研究者に資金を供給する

学術系クラウドファンディングサイト「アカデミスト」を運営する柴藤亮介氏は「既存の科研費システムには一つ欠陥がある」と指摘します。それはある研究にお金を出すか判断をするのが、市民ではなく政府だということから、間接的な支援システムになってしまっているということです。このことにより、誰が何のためにどれくらいの資金を研究に充てているのかわからないという状況を招いています。クラウドファンディングはその点市民が直接その研究を支援するかどうか決めるため、直接的な支援システムになっています。ここで、柴藤氏は次の目標を掲げました。「科研費:アカデミスト=99:1」(20億円程度)とし、研究者の資金獲得において一つのスタンダードな選択肢となることを目指しています。

京都大学再生医科学研究所の飯田敦夫氏は以前アカデミストにて、クラウドファンディングを実施しています。飯田氏はオープンサイエンスを考える上で、研究には「発案」→「構想」→「議論」→「データ収集・実験」→「議論」→「発表」→「広報・議論」というプロセスがあり、どの部分をオープンにするのかという視点があると指摘します。これまでは一般への公開というと、発表後のアウトリーチ活動のことを指していました。しかし、クラウドファンディングを例として発表前のプロセスから一般の人とコラボレーションをするというやり方に注目が集まってきています。こうした新しい研究の進め方に対して、飯田氏は研究分野によって向き不向きがあると指摘します。例えば、分子生物学の分野においては遺伝子組み換え生物を扱うため、高価で専門的な機器を使うことが多く、大学でしか実験できません。

2015年9月に実施した「お腹の中で子育てする魚「ハイランドカープ」の謎に迫る!」のクラウドファンディングでは支援総額69万円、サポーター92名の支援を集めました。

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飯田氏はこのプロジェクトを支援したサポーターに注目し、支援コメント59個の内容からサポーターの種類を3種類に分類しました。その結果、始めから個人的な繋がりがある友人、知人が20人、以前何らかのイベント等でファンになってくれた潜在的な知人が15人、全く繋がりがない人が25人、それぞれおよそ3割ずつになりました。

アウトリーチという観点から考えると、全く繋がりがなかった25人の新しいファンをどのように増やしていくのかが課題になります。そこで、飯田氏は実体験を元に3種類の方法に整理しました。2つ目は従来通りの研究室の一般公開や、サイエンスカフェ等のイベントによる地道なアウトリーチ活動です。この方法では、直接対話が可能なためコアなファン向けに深い広報活動を行うことができます。2つ目はインターネットを通じた広報活動です。

相手の顔も見えず、広報力としては浅いですが、興味を引くことができれば多く拡散され、きちんと読んでもらえます。3つ目がテレビのようなマスコミです。これは完全に一方通行で、誤解を生む可能性がありますが、関心のない人の目にも触れるので、極めて大きな拡散力があります。飯田氏はこれら3種類の方法を適切に使い分け、効果的なアウトリーチ活動に繋げていくことが重要と結論付けます。

市民と研究者が一緒にサイエンスを楽しむ

スマホ顕微鏡を軸にした共創プラットフォーム「Life is Small」プロジェクトにて活動する早川昌志氏。スマホ顕微鏡というツールを使い、新しいサイエンスコミュニケーションの形に取り組んでいます。早川氏はサイエンスコミュニケーションには3つの段階「入り口をつくる」「理解を深める」「自宅で研究する」があると言います。まず入り口として、微生物のグッズやアートをつくり、触れてもらう機会の提供があります。中でも微生物トランプはこれまで1,000セットほど売れていて、ヒット商品となりました。最近では「なまけっと」「いきもにあ」「博物ふぇすてぃばる」等の博物系展示物販の場が増えてきており、そういった場で掴みとしてまずグッズに興味を持ってもらい、その場で実際の微生物を顕微鏡で観察してもらうという流れは、非常にスムーズだったといいます。

微生物展示は狭いスペースでも顕微鏡一つあれば観察ができるとはいえ、都度顕微鏡を持ち運ぶのは大変で、手軽に観察とは言いがたいものでした。そこで新しく開発されたのが「スマホ顕微鏡Leye」です。スマホと小さなキットがあれば手軽に観察ができ、スマホの画面を通じて見ている顕微鏡の視点を複数人で共有できるという利点があります。こちらは非常に好評で、小学生が20分くらいいじって遊んでいたこともあるそうです。合わせてこのスマホ顕微鏡から生まれたfacebookグループ「Life is Small」を運用し、理解を深められる場が提供されています。また、実はワインセラー等を使い、自宅で微生物を飼うことができます。観察に使うシャーレもプリンカップで代用できるため、早川氏は市民による微生物研究「DIY微生物研究」を広めていこうとしています。「Life is Small」ではインターネット上で微生物に関する質問に研究者が答える相談室を設けています。「お酒の肴にミドリムシ」のような気軽さで微生物に触れられる新しい顕微鏡文化の創出を目指しています。

何が科学かという視点

東京大学にて科学コミュニケーション分野の研究・教育を行っている横山広美氏は、つい先日から科学のクラウドファンディングについての研究を開始しました。まず横山氏はそもそも何が科学なのかという論点を提示します。ここで同じく東京大学にて科学技術社会論を研究する藤垣氏の「ジャーナル共同体が科学かどうかを決めている」という主張を取り上げます。横山氏は実際には予算獲得時点でピアレビューがなされていることに目をつけ、このレビューを行う共同体を「予算決定共同体」と名付け、この共同体が実質的にその研究が科学かどうかを決めていると指摘します。そのように考えると、クラウドファンディングは事前のピアレビューがないので、非常に興味深い現象が起きていると言えます。その支援者は商品を購入しているだけなのか、研究者を支援しているのか、純粋に科学を支援しているのかという疑問も湧いてきます。

クラウドファンディングも通常科学になっていくのかもしれない

海外に目を向けると海外の大手でexperimentというクラウドファンディングサイトがあり、このサイトではプロジェクト申請時にピアレビューをし、既に論文毎にDOI番号を振った独自のジャーナルを保有しています。横山氏はこのことからクラウドファンディングは質を保つために通常科学になりつつあるのかもしれない、と指摘します。

横山氏はクラウドファンディングにはやはり通常科学の枠にないことができるからこそ、政府予算では網羅できないニッチを攻めていって欲しいという期待と、研究の質の担保、また倫理的な問題を抱えた研究テーマをどのように扱うのかといった課題を挙げました。

国から配分される科学研究費が減少傾向にあるため、各研究機関では外部から資金を獲得することが切実な課題として挙がってきています。そのため外部から関心を呼ぶことで資金を獲得したり、研究を効率化したりするクラウドファンディングやオープンサイエンスといった流れは重要性を増しています。より多くの研究者が先進的な取り組みに挑戦できるよう、産学官が連携して応援していける仕組みづくりが早期に整備されることを切に願います。

この記事を書いた人

石亀一郎
主要な興味は宇宙開発ですが、人文科学、自然科学、学問領域問わず関心があります。我々はどこから来てどこへ向かっているのか、日々考えながら生きています。大学では機械工学とシステム工学を勉強していました。趣味は読書と音楽鑑賞。お寿司が好きです。